BATTLE ROYALE
仮面演舞


第35話

「……」
 B−9エリア辺りだったはずだ。
早島光恵(女子11番)はじっと、足元に転がる二つの死体―水島貴(男子18番)成羽秀美(女子10番)の二人を見下ろしていた。
 これで、光恵は三人の死体を見たことになる。しかし相変わらず、光恵には嫌悪感しか感じられない。
 特に今回は、前に見た
湯原利子(女子16番)とは違って普段付き合っていたクラスメイトの秀美の死体が転がっている。だが放送で秀美の名前が呼ばれたときの感覚と変わりは無かった。

―だからどうしたっていうの?

…今回もそんな感覚だけ。相も変わらず、光恵の心はそんな気持ちで満たされていた。
 しかし、すぐに光恵は気持ちを切り替えた。そんなことを考えているときではなかった。今は殺し合い―プログラムの最中であり、自分の命が懸かっている。
 それに、ここは開けたゲレンデ。そんなところにいつまでもいたら、やる気の人間の標的になってしまう。
 そう思った光恵は、一刻も早く移動しようとした。その時だった。
「あっ、光恵?」
 突然、プログラム中にもかかわらずいつも通りの調子で光恵を呼ぶ声がした。
「―!」
 光恵が声のした方を振り返ると、そこにはいつものようにニコニコと光恵に話しかけてくる
御津早紀(女子15番)の姿があった。
「久しぶり、光恵。大丈夫だった?」
「う、うん…まあね」
 光恵は一応答えた。そして同時に、この状況でも早紀は相変わらずだと思った。


 光恵にとって、早紀は一番親しく話せるクラスメイトだった。
 よく一緒にいた
大安寺真紀(女子7番)や秀美とは、学校内での付き合いしかなかったが、早紀とは学校帰りでも話したり、プライベートでもよく会っていた。
 そもそも、光恵はあまり誰かと親しくする気は無かった。しかし、そんな光恵に1年の時、部活中に話し掛けてきたのが早紀だった。
―ねえ、早島さん。一緒に帰らない? 何か、帰る方向一緒みたいだし。
 それが、最初だった。

 もともと早紀は、とても人懐っこくて誰とでも気軽に話が出来るタイプの子だった(何せ初対面のはずの
児島真一郎(男子7番)に唐突に話しかけたというぐらいだ)。
 だからこそ、光恵にも気軽に話しかけてきたのだろう。
 正直その頃、光恵は友人など欲していなかった。その頃抱き始めた「死」への嫌悪―、その『異常』をもし知られたらと思うと、友人など作る気にもならなかった。
 だが、気がついたら光恵は早紀の友人になっていた。そして、『異常』を気にすることも減っていった。
 光恵は思った。早紀は、自分を癒していると―。


 だが、今はそんなことは問題ではなかった。プログラムなのだ。
 このプログラムがきっかけで、光恵の静まっていた『異常』が首をもたげ始めている。そんな状況で早紀と会うのは、正直憚られた。
 それでも早紀は、光恵に近づいてくる。
「光恵、今まで何やってたの?」
「あっ、私は、今まで色々と動き回ってたところ」
「そう…。そういえば、武器って何だった? 私は、このゴム手袋だったの」
 そう言って、早紀はその両手にはめられたピンク色のゴム手袋を見せた。おそらくは防寒用のつもりで着けているのだろう。
「そう、私はこれ」
 光恵はそう言って、デイパックの中にしまっていたリレー用のバトンを取り出して見せると、すぐにしまった。
「どっちも、ハズレか…。酷いよね、こんなのが武器だなんて」
「まあ、確かにね」
 光恵はそう対応しながらも、内心ではここを離れるための言葉を探していた。早紀は間違いなく、光恵との合流を望むだろう。しかし、今のところ光恵はそんなことを望んではいない。
―合流したところで、どうにもならないもの。
 そんなことを思っていた。
「ねえ光恵、一緒に行動しない? 光恵だったら信用できるし。この状況を何とかする方法、考えようよ」
―やっぱりね。早紀はそう言うと思った。
 大体、光恵の予想通りだった。光恵は、考えていた回答を返した。
「ごめん、私出来れば一人でいたいから…行くね?」
 すると早紀も言う。
「一人なんて、駄目だよ。淋しくなるよ? 一人なんて、辛いだけだよ」
「その孤独が、今の私には必要なの。だから、一人にさせて」
「何で…孤独が必要なの?」
 早紀が言う。光恵は一言、言った。早紀を遠ざけるために、自らの秘密を。
「私の心には『異常』があるわ。人の死に嫌悪感しか抱けない『異常』が。その『異常』が今、露わになろうとしている気がする。だから一人でいたいの。そうしないと、私にも、あなたにも良くないはずよ」
「…良くないなんて、勝手に決めないで」
 早紀が言った。さらに早紀は続ける。
「それが良くないかどうかは私が決める。私の出来る限りで、光恵の『異常』ぐらい受け止める。そんな『異常』、こんな状況じゃ些細なことじゃない?」
「早紀…」
「だから、一緒に行こう?」
「……」
 光恵は黙っていた。その時だった。
「仲直り、出来たか?」
 そんな声が聞こえた。
―誰か来た!?
 光恵は声のした方向に振り向き、持っていた鋏をその相手に向けた。
「おいおい、危ねぇな。俺を殺す気かよ?」
 少しおどけた口調でそう言ったのは、特徴的なオールバックにヘアバンドの、クラスにはまず一人しかいないヘアスタイルの人物、
政田龍彦(男子17番)だった。
「政田、君?」
 早紀がぽかんとした顔をしながら言った。無理も無い。早紀以上に相変わらずな雰囲気がある龍彦の姿には、光恵も呆気にとられていた。しかし、光恵は鋏を下ろさなかった。
 龍彦が安全かどうかはまだ分からないのだ。
「大丈夫だって、早島。俺はやる気じゃない」
 そう言って龍彦は、ニューナンブを持った手を宙に掲げてみせた。
「…信用、していいの?」
「ああ。俺は嘘は言わない。信用してくれ」
 そう言うと、龍彦は一旦置いて言った。
「二人に、話があるんだ。今から俺たちの隠れ家に来てくれるか?」

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