BATTLE ROYALE
仮面演舞


第43話

 山道を少し下りたところで、ふと西大寺陣は山荘のあるC−1エリアのほうを振り返った。少し山を下っただけで、山荘は見えなくなっていた。

―まだ、貴子と会うわけにはいかないな。

 陣はそんなことを考えた。
 ついさっき、吉井萌に話した『やらなきゃいけないこと』。それを果たすまで陣は、粟倉貴子と―恋人と会うわけにはいかなかった。 いや、仮に会ったとしても、合流するなどもってのほかだった。
 だが、目的を果たしたとき…果たして自分が貴子に会えるかは分からない。
 もう、会うことさえ許されないことになっているのかもしれない。それほどに苦しむことになる。いや、既に苦しいのかもしれない。 この極限状況で感覚は麻痺してしまっていたから、よく分からないのだ。
 立ち止まって俯く。萌はきっと上斎原雪から、陣が雪を大元茂から助けたことを聞いているだろう。
 しかし、雪を助けたからといって自分が立派な人間でないことはよく分かっている。

―俺は、人殺しだからな…。

 陣が人を殺したといっても、おそらくは誰も信用しないだろう。それくらいに陣は普段から学校内の人気があり、信頼されていた。
 だが、元クラスメイト―渡場智花を死に追いやった要因は、彼女のことを傍観しているだけだった、そして何も気付けなかった自分にもある。陣はそう思っていた。

―俺は彼女を殺したんだ…、罪人なんだ…。

 だから、あの騒動の後で貴子と交際し始めても、陣は立ち直りきれなかった。自分から告白したのに、貴子には悪いと思っている。
 けれども、心は晴れない。そして、罪を購う方法が分からない。誰にもその苦しみを言えない…。
 陣はどんどん追い込まれていった。そして、色を失いかけた。

―何も分からなくなった。食べ物の味、テレビ番組、日々のニュース、クラスメイトや、親友の
庄周平(男子10番)多津美重宏(男子13番)の話…。
 もちろん、誰にも分からないように必死で隠した。しかし、問題は解決しそうになかった。
 その矢先の、プログラムだった。
 陣にとってこれは好機だったのかもしれない。陣は、全ての苦しみから解放されるための方法を考え続けた。そしてそれを達成しようとしている。
 でも、そこに行き着くまでにまた苦しむ。
 分かっている、やり方が悪く、狂っていることなどは。所詮、陣のやろうとしていることは自傷行為にすぎないのだ。しかし、陣にはこの状況下でやることはこれしか思いつかなかった。それほどに陣は不器用だった…。

―行き着きたくはない。苦しみから解放される前にまた苦しむから。
―だから、出来れば俺が自分で自分を殺す前に、誰か俺の命脈を断ち切ってほくれ。
―ただのエゴでしかないと思うが…、頼む。この苦しみから逃れたいんだ。終わりにしたい、終わりにしたいんだ。お願いだ。

 天を仰ぐ。何度も繰り返した気持ちを反芻する。
 これで何度目だっただろうか。その度に陣は、自分が狂っていくのが分かった。

―いっそ、このまま壊れてしまえればいいのに、何故…俺の心は壊れないんだろう?壊れたら、楽なのに。

 好きな漫画のキャラクターが、似たようなことを言っていたことを思い出す。もっともそのキャラクターは女子高生だったが。
 もう一度、山荘のほうを見る。そして、そこにいるであろう貴子に心の中で言う。

―ごめんな、俺…貴子には会えないかもしれない。俺はもう、壊れそうだから。その心も身体も、命も、消えてなくなると思うから…。

 涙は出なかった。泣けない。涙は嫌いだったから。
 そして陣が山道を再び下り始めたその時、陣の眼に『何か』が飛び込んできた。
 その瞬間、陣の心が叫んだ。

―やめろ、やめてくれ。もう、いいんだ。俺は…俺は…楽に、なりたい…!


 直後、陣の頭に衝撃が走った。
「ぐあ…ああっ」
 陣の思考は凍りついたかのように停止し、その場に崩れ落ちた。雪の上に点々と滴った血痕と、意識を失った陣だけが残されていた。

                           <残り23人?>


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