BATTLE ROYALE
仮面演舞


第49話

「早苗!」
 雪は、あまりにも目まぐるしく進む光景についていくのがやっとだった。
 萌の失跡、廊下の血痕、吊るされた萌の亡骸、そして死んだはずのシバタチ―『仮面』と、刺された早苗の姿。
「早苗っ!」
 祥子が早苗の元へ近づこうとする。しかし、そんな祥子より僅かに早く『仮面』が、一度早苗の胸に突き立てた日本刀を抜き、床の上に崩れ落ちた早苗の腹部に突き立てた。
「が…っ」
 そんな呻き声が聞こえると同時に早苗の恐怖と混乱に満ちた眼が見開かれ、その身体が動きを止めた。死んでいるのは明らかだった。
「あ…」
 祥子が、がくっと膝をついた。突然のことに、雪も動けなかった。その時、『仮面』が雪と祥子とは別の方向を向いた。
 その方向では、孝世がへたり込んでいた。近くの床の上には孝世の吐瀉物が撒き散らかされている。
「…三人目…」
『仮面』がそう呟くと孝世に刃を向けたのが、雪には見えた。
「孝世! 逃げて!」
 雪がそう叫んだ時だった。祥子が立ち上がり、おもむろにブローニングを『仮面』に向けた。
「―!」
「祥子!」
 祥子がブローニングの引き金を引く。放たれた銃弾が、『仮面』の右脇腹を捉えた。立て続けに祥子のブローニングが二度、銃声を鳴らした。
 放たれた二つの銃弾は、『仮面』の胸に連続して命中する。『仮面』の身体が後ろにふらつく。
―まさか、やった!?
 雪は思った。そして祥子もそう思ったのか、少しばかり安堵した表情をした。

―しかし、雪と祥子の思いは裏切られた。『仮面』は何事もなかったかのように体勢を立て直した。そして腰から一丁の拳銃―
旭東亮二(男子5番)が持っていたコルト・ガバメントを抜くのが、雪には見えた。
「―!」
『仮面』がその引き金を引く。
 一発の銃声が響き渡り、それと同時に、祥子が右脇腹を抑えて蹲った。
「祥子、祥子!」
 雪はすぐに祥子に近づく。祥子の右脇腹から、少し血が滲み出していた。祥子が言った。
「だ、大丈夫…」
「……」
 しかし、猶予はなかった。未だに『仮面』は目の前に立っている。これを何とかしなければならないのだ。何とかして、どんな手を使ってでも逃げ切らなければならない。
 雪が必死で打開策を考えようとしていた時だった。
「う、うわあああー!」
 そんな声と共に、孝世がプロジェクトを構えていた。その銃口の先には―『仮面』がいた。いつの間にか立ち上がっていたようだった。『仮面』の眼が、細まるのが雪には分かった。
 孝世がプロジェクトの引き金を引いた。連続した銃声。それと共に大量の銃弾が放たれる。
 だがしかし、『仮面』は孝世が引き金を引いたその瞬間、台所のドアから外に飛び出していた。まさに一瞬の出来事で、雪にはその光景が信じられなかった。
 ドアの外に飛び出した『仮面』が、驚愕のあまり動けなかった雪たちのほうを振り返った。そして聞こえた、篭った声。

「また来る」

 そう言って、駆け出す『仮面』。瞬時に雪は思った。
―逃がしちゃ駄目だ!
「孝世、貸して!」
 雪は孝世の持っていたプロジェクトを取ると、ドアの外に飛び出し、構えた。
 しかし、そこにもう『仮面』はいなかった。あったのは、雪に濡れた足跡だけ。そしてその足跡は、玄関へと向かっていた。その瞬間、雪は自分の大親友、粟倉貴子のことを思い出した。
 貴子は今、玄関前で見張りをしている。この騒ぎに気付いたようでないのが気にはなるが、とにかく彼女は今包丁一本しか持っていない。そんな貴子が『仮面』と遭遇したら…。

―血に濡れて雪の上に倒れた、貴子の死体―。

 想像した瞬間、雪は身を震わせた。
 それだけは嫌だった。貴子が―大親友が殺されるのだけは。
「貴子―!」
 雪は玄関へと走り出した。まだ『仮面』が近くにいる可能性があり、危険ではあったが関係なかった。雪が思うのは唯一つ、「貴子を死なせない」ことだけだった。
 玄関のドアが迫る。そして雪は勢いよく、扉を開けた。
 そこには『仮面』はいなかった。しかし足元に、貴子がうつ伏せになって倒れていた。
「―貴子!」
 雪はすぐに貴子の身体を起こし、揺すぶった。
「貴子、しっかりして! 貴子!」
 すると、閉じられていた貴子の眼が、ゆっくりと開いた。そして貴子が呟いた。
「ゆ、き…」
「貴子! 良かった…良かった…」
 雪は安堵していた。貴子が無事だったことに。萌や、早苗は死んでしまった。そのことが雪の心を打ちのめした。しかし、貴子が生きていたことは素直に嬉しかった。
 しかし、そんな雪の後ろで、彼女を追いかけてきた祥子と孝世が貴子のことをじっと見据えていた。
 その眼は、もう既に友人を見る眼ではなかった。


―焦ることはない、次の機会はきっとある。それまでに、罪人を多く片付けておかなければ…。
 山を下りながら、そう『彼女』は考えていた。
『あの時』得た情報をもとに山荘を狙ったのは正解だった。本当はもっと後でも良かったが、至道由のおかげで予定を早め、しかもより良い方法で山荘の奴らにダメージを与えられた。
 益野孝世の持っていたマシンガンは、さすがにきつかった、といっていい。いくら
大元茂(男子3番)のものだった防弾チョッキがあるとはいえ、あの距離でマシンガンの弾を喰らうのはまずい。ダメージは避けられなかったはずだ。

―次からはもう少し慎重に行くべきかもしれない…。

 しかしそれでも、『彼女』に負けるつもりはなかった。勝つ自信はあった。
 だがしかし、慎重になるにこしたことはないだろう―。そういう風にも思う。

―自信があるからこそ、慎重に行くべき―。

 それを教訓に次へ進もうと思いながら、『彼女』は山を下っていった。

 <PM1:37>女子5番 幸島早苗 ゲーム退場

                           <残り20人?>


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