BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第5話
突然のことに、粟倉貴子(女子1番)は呆然とするしかなかった。
あまりにもあっさりとその生命を絶たれた、担任の幸町隆道と、その幸町を簡単に殺して見せた福浜の姿に。
―おかしい、おかしいんじゃないの!? 異常よ、こんなの!
貴子は心の中で叫んでいた。
そして福浜は、幸町の死体から離れて、こちらに向き直った。
「それでは、プログラムのルールの説明に入ろうかと思いますが、その前に…転校生を紹介します。どうぞ」
福浜がそう言ってドアの方を向くと、そのドアが静かに開いて、誰かが入ってきた。貴子はその人物の顔を一目見て、ぎょっとした。それは上斎原雪(女子3番)や幸島早苗(女子5番)たちも同じようで、仰天した、といった表情をしている。
黒いスーツに黒いネクタイとまるで喪服のようないでたち。
恐らくは女性であると思わせる、スレンダーで、モデルのようにすらっとした長身。
肩までのセミロングの、美しい黒髪。
しかし異様だったのは、その顔だ。何せその顔には…目以外に穴の開いていない、真っ白な仮面をつけていたのだ。
その女性は、福浜の横に立ち、こちらを向いた。そして、福浜は言う。
「彼女は、シバタチワカさんと言います。今回、このプログラムへの参加を志願してきました。じゃ、挨拶でも」
福浜に促されると、シバタチと呼ばれた女性は貴子たちに向かってお辞儀をして、口を仮面で塞がれているためか、少しこもった声で言った。
「…お久しぶりですね、皆さん。シバタチワカです」
そしてシバタチの仮面の奥の眼が笑った。
―? 久しぶり? 私たち、この人と会ったことがあるって言うの? 何処で?
貴子には、シバタチの言葉の真意は読み取れなかった。
「じゃあ、シバタチさんにも説明を聞いてもらいたいので、一番後ろの空いているテーブルに座っていてください」
そしてシバタチは、ごくごく静かにテーブルへと歩いていき、席についた。
「それではルールの説明に…」
福浜が言いかけたその時、一番前のテーブルががたんと動いた。
「おえっ…!」
そんな呻き声とともに、至道由(女子6番)が席から落ちていて、そんな由を伊部聡美(女子2番)と木之子麗美(女子4番)が介抱しているのが見える。
そんな由たちのテーブルの目の前には、今も放置されている幸町の死体があった。
どうやら由は、幸町の死体のグロテスクさと、血の臭いに耐えられなくなったようだった。
「…うーん、これじゃ説明が出来ないですね。作東君、これ、始末してきてくれるかな?」
福浜が幸町の死体を指して、入口のドアの傍に立っていた兵士に言った。その時だった。
「ふざけんな!」
大きな怒号がした。その声の方向を見ると、太伯高之(男子12番)が怒りに満ちた表情で福浜を見ていた。
「さっきまで幸町は生きてたんだぞ! それなのに…人を物のように言いやがって…ふざけんな! お前みたいな奴、許さねぇぞ!」
どうやら、高之は福浜の幸町の死体に対する扱いのために、怒りが限界を超えてしまったようだ。もともと、正義感が強く、悪が嫌いだという高之だから、それは仕方のないことだと、貴子は思っていた。
「…君は、太伯君かな? 君…正義感が強いんだね。君の考えていることは分かるよ? こうも簡単に人を殺せる私は悪だ…、そんなところだろう?」
「そうだ! お前は悪だ! 人を殺すのは悪だ! つまり、プログラムは悪だ! そうだろ、皆!?」
高之が叫ぶ。しかし、誰一人として反応しない。高之の友人のはずの赤磐利明(男子1番)も、浦安広志(男子2番)も、可知秀仁(男子4番)も、児島真一郎(男子7番)も…高之の熱弁に反応しなかった。
「太伯君…正義とは、人それぞれだ。君にとっての正義は、他人にとっての悪になり得る。君はそれが分かっていないようだ。そんなのはただの鬱陶しい奴に過ぎないよ」
「う、うるさい! どっちにしたって俺にとってお前は悪なんだ! 許すわけにはいかない!」
高之はなおも叫ぶ。そういうところが鬱陶しがられていることに高之は気付いていない。
正直、そんな高之は愚かな人間とこのクラスの大半は思っているのではないか? だから誰も彼の熱弁に反応しないのだ。そして福浜が言う。
「それに君…、そんなに正義を振りかざすのなら2ヶ月前のことを思い出してみると良い…」
その言葉を聞いた瞬間、高之が固まった。
―何で、2ヶ月前のことを知ってるの!?
貴子は驚いた。何故福浜が…。だがそんな貴子の思考の先で福浜は更に言う。
「君はその正義のために何かしたかな? きっとしなかっただろうね。初対面の私でも分かるよ。君のは口だけの正義だ。理想だけの正義で空論に過ぎない。それに気付いていない君は愚かだとしか言いようがない」
「な、何だと!」
「これ以上、君の声は聴きたくないよ。君の負けだ…」
そう言って福浜は、何かのリモコンを取り出し、高之に向ける。
「さよなら」
福浜がそう言ってリモコンのスイッチを押す。すると、高之の首から電子音が一定の間隔で流れ始めた。
「何だよ、これ…」
高之が狼狽した様子で言う。
高之の首にあるのは、福浜たちが来る前に貴子たちがその存在を確認した、銀色の首輪。それが電子音を発していた。
「何だよ…おい! 何なんだよ!」
高之は福浜に向かって叫ぶ。その声からは既に平常心が感じられない。
「それはルール説明のときに教えます。でも太伯君には特別に、どうなるかを教えましょう。君の首のその首輪はもうすぐ爆発して…、君は死にます」
福浜はあっさりと言ってのける。それを聞いて激しく狼狽するのは高之だ。
「そんな…嫌だよ、死にたくない、俺まだ死にたくないよ! 助けてくれよ利明!」
高之は同じテーブルの赤磐利明にしがみつく。
「無理だよ、俺にどうやって助けろって言うんだよ!」
「何とかしてくれよ、なあ!」
「…寄るな! 俺を爆発に巻き込む気か!」
利明は叫ぶと高之の身体を突き飛ばした。高之の身体が床に倒れこむ。
「広志、助けてくれ!」
立ち上がった高之は浦安広志に問いかける。
「く、来るな! 来るなぁぁぁァァァ!」
しかし広志も、高之からそう叫んで離れていく。貴子はその光景を見て戦慄していた。
―友人も何も、あったものじゃない…!
電子音の間隔が短くなっていく。
「そろそろだ。皆逃げた方が良いよ」
福浜が言った。
高之は可知秀仁にも寄るが、振り払われると、児島真一郎の方へと歩む。しかし、真一郎もじわりじわりと後ずさりしている。
やがて、そこにいた生徒全員が高之から遠ざかる。貴子も雪たちと一緒に高之から離れた。
「何だよ、何で…」
電子音の間隔が、無くなった。
「何でだよ―――!!」
それが、高之の最期の言葉だった。
どん、とくぐもった音と共に爆発した首輪は、高之の首と身体を引き離してしまった。そして首を失った高之の身体がその場に倒れこみ、一寸遅れて、首が床に落ちた。
誰も、声を発しなかった。沈黙が漂う。その時、福浜が言った。
「はい、とんだ邪魔が入りましたが、説明に入ります」
(AM1:35)男子12番 太伯高之 ゲーム退場
<残り35+1人>