BATTLE ROYALE
仮面演舞


第51話

「た、孝世! 何やってるの!」
 山荘のリビング。
上斎原雪(女子3番)は、目の前の益野孝世(女子14番)に向かって言った。
 こちらを睨みつける孝世の眼からは、雪は狂気しか感じられない。先程までとは違う、血走った眼で雪の隣にいる
粟倉貴子(女子1番)を睨み、自らの支給武器のプロジェクトP90を構えている。
 そしてその銃口からは、硝煙が立ち昇っていた。


 
庄周平(男子10番)多津美重宏(男子13番)が山荘へと駆け出す少し前のこと。
 雪は、貴子が無事だったことに喜びを隠せなかった。しかし、その態度がどうも
玉島祥子(女子8番)の怒りに触れたようだった。祥子は、雪に向かって、こう言った。
―雪。雪は…貴子が無事ならそれでいいの? 萌や早苗は、どうでもいいの?
 もちろん、そんなことはない。
吉井萌(女子17番)の死も、幸島早苗(女子5番)の死も、悲しくないわけがなかった。だからこそ、雪は反論した。

―悲しくないわけない。萌も、早苗も、大事な友達だから。でも…だからって生きている貴子を放っておくことはできないの。

 そう言って、雪が祥子の表情を見たとき、雪は確信したことがあった。
―祥子は、まだ貴子に疑いをかけている。それだけでなく、萌と早苗を殺した『仮面』が貴子なのではないかとすら思っている、と。そう確信した雪は、言った。

―祥子は、まだ…貴子を疑ってるの?―と。

 祥子は答えた。当たり前だと。『仮面』が逃げる時に、貴子を殺していかなかったのは、貴子が他ならぬ『仮面』だからなのだと。その瞬間、雪がどんな表情をしたのかは自分でも分からない。しかし、その時の祥子の表情は、悲痛だった。
 祥子もきっと気付いている。貴子を疑うのは、おかしいのでは? と。貴子が犯人なら、なぜ山荘に残ったのか? と。しかし、疑わずにはおれないのだ。そうでもしないと、心が押し潰されそうなのだ。雪もそうなりそうになっている。

 そして、望まれない疑念が膨らみ―、友情は壊れていく。望んでなど、いなかったのに。脆く、儚く。

 雪の眼に涙が浮かぶ。祥子の眼にも、涙がある。隣の、貴子にも。三人とも、友情が終わろうとしているのを感じていたのだ。そう思うと、雪はまた哀しくなる。

―こんなに、まだ通じ合っているのに。何で―私たちの友情は、終わってしまうの?

 その直後、今まで黙ってプロジェクトを抱えて座り込んでいた孝世が立ち上がった。そこからの孝世の動きはすさまじいものだった。 素早い動きで、プロジェクトの銃口を貴子に向けた。
 瞬間に、雪は貴子を抱き抱えて横に跳んだ。連続した銃声と共に放たれたプロジェクトの弾が、リビングの壁に突き刺さった。

―そして、今―。


「孝世、何で貴子を―!」
 雪は叫んだ。孝世は何も答えない。じっと、プロジェクトの銃口を貴子にポイントしたままだ。祥子が近づこうとするが、孝世は銃口を祥子にも向け、誰も近寄らせようとはしない。
「答えなさい、孝世!」
 雪がもう一度叫ぶと、孝世はようやく、口を開いた。
「…犯人だからよ」
「え?」
「犯人だからよ! 貴子が至道さんを殺して、萌や早苗も殺したからよ! きっと、きっとそうよ、そうに決まってる! 私は死にたくない! 殺されるのなんか嫌! だから、だから…貴子を殺して生き延びる!」
 孝世は、普段の態度とはまるで違う、イライラした口調で叫ぶ。理性を失い、壊れたミニディスクのように「殺す」と呟く。そしてこう続けた。

「だから、殺す。貴子を殺す邪魔をした、雪! 雪も殺す!」

 孝世のプロジェクトの銃口が、貴子から雪へと動いた。
―殺される!
 雪は思った。もう終わってしまった。守らねばならないもの―それが崩壊した音を聞いた。

 しかし、プロジェクトは雪に銃弾を放ちはしなかった。代わりに、その手を血で滲ませた孝世が蹲っている。そして、祥子がブローニングを孝世に向けて構えていた。
 撃ったのだ、祥子は。友人の孝世を。友人を助けるために、友人を。
 だが、孝世は痛みを堪えて立ち上がる。そして銃口が今度は、祥子に向く。
「殺す! 邪魔をする人は皆殺す!」
 直後、雪は祥子に駆け寄り、祥子と共に横に跳んだ。ブローニングが床に転がる。その一瞬後、プロジェクトが火を噴いて、また壁に銃弾を突き刺した。
「祥子、とにかくここは脱出しよう!」
 雪の言葉に、祥子が頷いた。
「貴子、貴子も来て! 早く!」
 雪は貴子に呼びかける。貴子は言われて頷く。しかし、動こうとはしない。
「貴子ぉっ!」
 しかし、孝世が叫ぶ雪にプロジェクトの銃口を向ける。瞬間、雪は祥子の手を掴んで山荘の外へと走り出していた。必死だった。他に、何も考えられないくらいに。
 振り返ると孝世がそれを追いかけてくるのが見えた。それを見てまたさらに走る。もともと孝世は運動神経は良くない。すぐに孝世の姿は見えなくなった。
 山荘の東北東方向、初級ゲレンデの一部のB−3エリアあたりまで走って、ようやく雪と祥子は立ち止った。
「ふう…逃げ切れたみたい…!」
 そこまで呟いて、雪はとんでもないことに気がついた。
 貴子のことである。貴子を山荘に置いてきてしまったのだ。よりにもよって、大親友であるはずの、貴子を。雪の心に、激しい後悔が襲ってきた。
「私、戻る! 貴子を連れてこなきゃ!」
 雪は祥子にそう言って、戻ろうとした。しかし、祥子が言う。
「何言ってるの雪! まだ孝世が近くにいるかもしれないんだよ!? 危ないからそれだけは駄目!」
「でも、貴子が…貴子が…!」
 そんなことを言い合っている時だった。山荘の方角の森林から、二つの人影が現れた。人影は、徐々にこちらに近づいてくる。雪たちに気付いているらしかった。
―誰か、来た!
「祥子、隠れよう!」
 雪はそう言って、祥子を連れて走ろうとしたときだった。二つの人影のうちの一人が、声をかけてきた。
「上斎原、一体何があった?」
 そう呼びかけられて雪はその声の主を見た。そこに立っていたのは、以前祥子が会ったと言っていた庄周平と多津美重宏だった。

                           <残り20人?>


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