BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第52話
―動け、なかった。
粟倉貴子は、他のメンバーが去った後も、山荘のリビングに留まっていた。
ただじっと座っているだけ。ただ、それだけ。上斎原雪の呼びかけに頷きこそしたが、動けなかった。ずっと、放心状態だった。きっと益野孝世が銃口を向けたあの時、雪が助けてくれなかったらきっと、貴子は今頃あの世行きだっただろう。
もう、貴子には状況をすべて理解するのも困難になっていた。
自分が気絶している間に、幸島早苗と吉井萌。その二人が―死んだ。既に死んでいるはずの『仮面』によって。そして、自分に『仮面』の嫌疑がかかっている―。
訳が分からなかった。何故、こんなことになってしまっているのか。
分からないことはもうひとつある。貴子を気絶させたのは十中八九、その『仮面』だと、貴子は思っている。ならば何故、『仮面』は貴子を殺さなかったのか。
それだけが分からない―。
「やっぱり…私は報いを受けるべき、ってことなのかな…? チカ…」
貴子はふと、『チカ』のことを思い出していた。貴子のほんの小さな嫉妬心が原因で、死んでしまったクラスメイト―いや、友達のことを。
忘れようと思ったことは何度かあった。だからこそ、西大寺陣(男子8番)の告白も受けた。だがしかし、忘れることはきっとできないのだ。それが、『チカ』を死なせた自分に一生ついて回る呪縛だから。
何せ、あの時『チカ』が受けた仕打ちの発端は、自分にあったのだから。だからこそ、報いを受けなければいけない。
そう考えながら貴子はふと思う。『仮面』は―貴子にさらなる報いを与えようとしているのではないか? と。
山荘に着く前に、少しだけ脳裏を過った。シバタチワカという名が、『チカ』からきているのではないか、ということ。その時は、そんなことはないだろうと思って、忘れてしまった。
しかし、そう思うと納得がいくような気もした。貴子を殺さなかった理由―それは、もっと苦痛を味あわせるため。友人たちに疑いの目を向けられ―絶望の淵へと追い込まれる―。そして事実今、貴子の周りには誰もいない。雪も、祥子も、孝世もいない。
―もし、その『仮面』の考えていることが私の考えと同じなら―、今の私の状況はまさに思い通りなんだろうな。
「もし」とは思ったが、間違いはないだろうと貴子は思っていた。『チカ』の死の真相を『仮面』が知っていたとしたら…真っ先に殺したいのは自分だと思っていた。
そしてこのクラスの生徒全員を―憎んでいるのかもしれない。
「だったら、今死ぬことはできないじゃない」
貴子は呟いた。さらに、もう一言。
「変なところで、私と意見が合っちゃってるね、『仮面』は」
―…ずっと、死にたいくらいに悩んできた。でも、今気がついたよ。ただの死じゃ甘すぎると思うくらいに、私の心は、報いを求めてる。
―あの時の私に、自分のことしか考えてなかった自分自身に言ってやりたい。今の私を見せたい。こんな結果になりたいの? …って、言ってやりたい。
―だから、『仮面』―。
―私をもっと『底』に突き落として。そして果てしない絶望の末に殺して。それが私の望む結末―。
―でも、やっぱりこんな望みは自分勝手かな? だったらこう願おうか、私を『底』に突き落として殺すだけで、終わりにしてって…。
思いながら、貴子は立ち上がる。祥子が床に落としたまま放置されていたブローニングを拾い上げる。予備の弾もきっと、ブローニングを支給された早苗のデイパックに入っているだろう。早苗のデイパックを探すと、それはすぐにリビングの隅から見つかった。
中から予備の弾を出すと、ポケットに入れた。願いが叶うまでは―『底』に落ちるまでは、死ねない。
「でもまあ、『仮面』は私の望む結末なんか与えてくれるはずないだろうけど…」
また一言、呟く。呟きながら貴子はまた、思う。自分は果てしない深淵まで壊れているのかもしれない、と。そしてそんな自分を雪たちが見たら、きっとおかしいと言うだろう、と。
だがしかし、この気持ちだけはいくら大親友の雪が相手でも、譲るわけにはいかない、とも。
『私』はまた、山を見上げた。
『私』が発端で惨劇が起きた山荘は、つい先程からまた降り始めてきた雪のせいか、どうもよく見えない。
―まだ、そんなに離れているはずはないのに―。
そんなことを考える。
山荘での惨劇のその後の結末は、ついさっき見ることができた。山荘から出てきた上斎原雪と玉島祥子が、初級ゲレンデの奥の林に身を潜めていた『私』の前に姿を現すのを。それを見て、すべてが上手くいっていることを確信した。
尤も、粟倉貴子が雪や祥子、もしくは益野孝世に殺されてしまった可能性も考えた。しかし、そうではないと思っていた。いや、そうであっては困る。
彼女には深い深い闇へ、『底』に沈んでもらわなくてはいけない。罪人である彼女や、このクラスの人間を滅するのが全てだった。
その最終目標として、粟倉貴子には一番残酷な結末を与えてやるのだ。
―分かってはいる。彼女は自分の罪を悔いていることは。それは理解しているつもりだ。しかし、こうしなければ救われないとも思う。 だからこそ、あらためて『私』に憑いた死神に誓う。
「粟倉貴子。あんたには果てしない絶望を味わってもらうよ」
奇しくも、貴子と『仮面』の望みは一致していた。あまりにも歪んだ、二人の望み。
きっと二人は、まともな出会い方をしていれば良好な関係を築けたはずだった。しかし…それは、ただの空想にすぎなかった。
<残り20人?>