BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第53話
「…そんな、ことが…」
庄周平(男子10番)が、そう呟いたきり黙り込む。多津美重宏(男子13番)も、何も言葉が出てこない様子だった。
二人とも、さすがに上斎原雪(女子3番)たちがいた山荘で起きた出来事のあまりの凄惨さには驚きを隠せないのだろう。
雪と祥子が二人と出会ってすぐに、ゲレンデに雪が降り始めた。その雪は、このゲームが始まったときほどではなかったが結構な勢いで降っており、雪を避けるべきという周平の意見を汲んで、B−4エリアにある林の中に入っていた。
あれから、雪と祥子は周平と重宏に山荘での出来事を話した。
―雪、幸島早苗(女子5番)、祥子、益野孝世(女子14番)、吉井萌(女子17番)とC−1エリアの山荘に集合したこと。
―昼前に、粟倉貴子(女子1番)もやってきたこと。その後で萌が、見張り中に西大寺陣(男子8番)に会ったらしいこと。
―放送前に瀕死の至道由(女子6番)が現れ、その最期を看取ったこと。そして由が、貴子が犯人だと示して息絶えたこと。それが原因で山荘の中に険悪なムードが流れたこと。
―そして萌がいなくなり、見張りの貴子を除く全員で探していた時に、萌の死体と死んでいるはずのシバタチワカ(転校生)―『仮面』を見つけたこと。
―『仮面』が生きている理由が分からないうちに早苗が殺されたこと。『仮面』を追いかけていった先に、貴子が気を失って倒れていたこと。
―それが原因で貴子に『仮面』の疑いがかかり、ついに孝世が錯乱してしまったこと。孝世から逃げてくるのに夢中で、貴子を置いてきてしまったこと。
全て話し終えてから、大分時間がたってからだった。周平が口を開いた。
「…シバタチは、確かに死んだと放送されたはずなのに…おかしいな」
「うん、だから私は…貴子を疑ったの。違うようにも思ったけど…そんな風に考えてしまう」
祥子が呟く。やっぱり、祥子は貴子を信じたい気持ちは持っていた。それが分かっただけでも、雪は少しほっとした。
だが、その後で周平は言った。
「…だとすると、シバタチはこのクラスの誰かがなりすましているのかもしれないな」
「えっ!?」
雪は思わず声を上げた。祥子も驚きを隠せない様子だった。そこで今まで黙っていた重宏が、周平と同じ考えに至ったのか「なるほど」と呟いた。
「あれが本人なら、死んだなんて放送されているのがおかしいしな」
「…どういうこと?」
雪の質問に、周平が答える。
「つまり、本物のシバタチはこのクラスの誰かと接触したんだ。そしてその誰かは…シバタチを本当に殺してしまったか、シバタチと入れ替わったかしたんだ。普通は殺されたと考えるほうが自然なんだが…俺はそうは思わないんだ」
「な、何で?」
祥子が訊ねた。それに周平が答える。
「俺は、スタート前の食堂でシバタチに会ったとき、一つ気がついたことがあったんだ。シバタチは志願者。だから俺たちと同じ…」
周平がそこまで言って、自らの首にある銀色の首輪を示す。
「この首輪をつけているはずなんだ。しかし、あの時シバタチは、首輪をつけていなかった」
「え…」
「周平の言ってることは間違いない。俺もそれは見た」
重宏が付け加えた。
「と、なるとだ。シバタチはこのゲームに参加する気なんか最初からなかった、ってことになる。本物のシバタチは、今も生きている。おそらくは―」
そう言って、周平がスタート地点のロッジがある方向を指さした。
「あの本部にいるんだ。そして、偽シバタチ―『仮面』が殺人を行ってる。つまり、何かが仕組まれてるんだ」
「で、でも…だとしたら、何で放送でシバタチが死んだって…」
「俺たちに、恐怖を与えたいんだと思う」
重宏が言う。
「シバタチが死んだと思わせ、『仮面』に殺人を行わせる。これだけで十分効果はあるだろうな」
「それに…名前だ」
周平が後を接ぐ。
「上斎原と玉島は、気づいてるか? シバタチワカを並び替えたら、どうなるか」
雪は首を横に振った。それは祥子も同じようで、周平の言うような考えには至らなかったようだ。それを見て周平は続ける。
「いいか、シバタチワカっていうのは、単純なアナグラムなんだ。この名前を並び替えると…ワタシバチカになるんだ」
その名前を聞いた瞬間、雪も、祥子も、その体が硬直した。そして、心が恐怖に震えた。
「ま、まさか、『チカ』…」
「そんな、ことが…」
「間違いない。こいつは渡場智花…2か月前に自殺した『チカ』の名前を名乗ってるんだ」
―それじゃあ。
体の震えが、止まらない。恐怖で頭が真っ白になる。
「シバタチワカ…『仮面』…そしておそらくは本部の連中…皆、『チカ』の関係者だってことだ。少なくとも、今までの情報から俺が考えた限りじゃ、そういう結論が出る。『仮面』の目的は…俺たちを殺すこと。俺たちに、死の制裁を与えるつもりなんだろう」
―『チカ』…『チカ』…。
―私たちが、死なせた少女…。私たちが、裏切った少女…。ほんの些細な悪戯心が、悪意なき悪が、彼女の命の灯火を吹き消した…。
もう、思い出すことなどないと思っていた。思い出すだけで怖かった。壊れてしまいそうだった。『チカ』の死という事実が、重くのしかかってきた。
やがて私たちは自らを正当化しようとした。そして『チカ』の顔さえも思い出さなくなった。しかし…。
私たちはあまりにも残酷だった。卑劣で、冷酷で、矮小だった。
そんな私たちを許そうとする者は、この場に誰一人いないのだと、雪は今気がついた。
―因果応報…。
雪の耳に、そんな声が聞こえた。声は空から聞こえてくる。
雪の降る空に、『仮面』の怨念が、怒りが、憎しみが浮かんでいるような、その念が雪に叫んだような気がして、雪はまた、恐怖した。
雪は、思った。
―誰なのだろうか…『仮面』なのは…。憎しみで作られた仮面で顔を覆っているのは…。
<残り20人?>