BATTLE ROYALE
仮面演舞


第56話

 優はそっと、陣の背後に回るために動く。巧妙に近づく。
 陣相手には、芝居の必要性はないような気がした。優の知る西大寺陣は、
粟倉貴子(女子1番)と付き合っていて、ファンの多い異性人気のある男子。それでいて甘いところがあまりないような印象を受ける。この状況下でもそれは同じような気がする。
 となれば、優の演技をもってしても陣を騙すのは難しいはずだった。 

―だから、ここは不意打ちがベターのはず。本当は、ベストを探したいんだけど、ね。

 陣は気付いているようには見えない。優はそっと、陣の背後に回った。
―成功!
 優はそう思った。だがしかし、現実にそうはいかなかった。目の前で優に背を向けているはずの陣が、優の方を向いていた。
―そんな、まさか…。
「気づいてないとでも思ったか? 美星」
 陣が言った。
「少し前から、お前の姿は確認できてたよ。ただ、やる気かどうか判断がつかなかったからな…。しばらく放っておいたんだ。周囲に警戒しながら」
―やっぱり。西大寺君は…シビアね。
「じゃあ、私はやる気だと思うわけ? そうじゃないかもしれないじゃない」
「いや、わざわざ背後に回ったんだ。仲間になろうとか、そんなことは考えちゃいないんだろう」
「……」
 陣の言葉に、優は黙るしかなかった。陣はこの状況下でも、冷静に状況を把握していた。優に向かって陣が言う。
「悪いが俺は…まだ死ねない。終われないんだ。全ての目的を果たすまでは、終わるわけにはいかない」
「へえ…じゃあ、その目的とやらを果たしたらどうする気?」
「…その時は、お前相手だろうと何だろうと、何度だって殺されてやるよ」
 そう言って陣が、手に持ったトンファーを構えた。それを見て優は思った。まだ分からない、と。陣が銃を持っているというなら別だが、今の陣はトンファーしか持っていなさそうに見える。ならば、まだ勝算はあるはずだった。
―私だって死ねないのよ、西大寺君。未来を掴むためにはね。輝かしい未来のために、私は勝つ!
 優は素早く、レイピアを陣目掛けて突き出した。しかしそれを陣は、トンファーで払いながら退く。その動きは、かなり良いものだった。
「―!」
 今度は陣が、優に向かって素早い動きで向かってくる。それに優は何とか反応し、横に飛び退く。そこに陣がさらにトンファーでの一撃を見舞う。
「くっ」
 優がそれをレイピアで払う。そんな攻防が繰り返される。
 優は必死で、陣の動きの隙を探した。隙さえあれば、旭東亮二の時のように傷を与えることも可能だった。しかし陣の動きは、あまりにも優れていた。優の予想を上回るスピードで間合いを詰め、トンファーによる一撃を与えんとして振り回す。
 正直な話、優の方が押されていた。
―まずい、このままじゃ…。
 その時だった。東の方角からやってくる人影がいくつか、見えた。
 その人影の一つが叫んでいる。
「何やってるんだ、やめろ!」
 人が増えるのはまずかった。優にとって、武器が弱い現段階では複数相手の戦闘はほぼ不可能だった。しかしここで逃げれば、自分がやる気だという情報をみすみす陣を介して他人に与えることになってしまう。
―けど。
 優は思った。
―ここで敵が増えてやられるよりは、一旦退いた方が良いはず!
 そう思った直後、優は走り出した。必死で走る。
 走っている最中、優は一つのことが気になっていた。陣のことだ。
 陣の雰囲気が、いつもとは違っているような気がした。何か退廃的というか、刹那的というか…。
 しかし、そんなことは今の優にはどうでも良いことだ。そう思うと考えを打ち切る。今の自分が、雑念にとらわれすぎているような気がしてならない。
―そう、私が考えなければいけないのは優勝すること―。
 一旦振り返り、優は思った。

―けど、最後に笑うのは私よ、絶対に。そして、未来を掴んでみせるわ。


「やっと会えたな。しかし…何があったんだ、陣」
 美星優との戦いに割って入ってきた親友、
庄周平(男子10番)が言った。その横には同じく親友の多津美重宏(男子13番)がいるのを、西大寺陣は見た。
 そしてその時、陣はあることに気がついた。周平や重宏と共に、何故か山荘にいるはずの
上斎原雪(女子3番)玉島祥子(女子8番)がいることに。
―一体、何があったんだ?
「その前に、何で上斎原と玉島がここにいるんだ? 確か山荘にいたはずじゃ…」
「それが…」
 そう呟いた雪が話をしようとしたが、うまく言葉にできないようで、すぐに詰まってしまう。
 そんな雪に、隣にいた祥子が助け船を出した。
「私が代わりに、説明するわ」
 そして祥子は陣に全て話してくれた。山荘で起こった出来事の全てを。
 話を聞き終えて、陣はその話の内容が一瞬信じられなかった。恋人の貴子が、よりによって友人を殺したと疑われ、そして置き去りにされたということに。
「ふざけるなよ、玉島。貴子がそんなことするわけないじゃないか! 貴子はそんな奴じゃ、絶対に…」
 言葉にできなかった。貴子が人を、それも友人を殺したなどとは思いたくもなかった。
「そのことなんだが、陣」
 重宏が話に入ってきた。
「上斎原や玉島たちを襲った『仮面』…あれは、このクラスの誰かがなりすましているんじゃないか、と周平や俺は考えたんだが」
「このクラスの誰かが?」
 陣は聞き返した。重宏が答える。
「ああ。今のことろ、その可能性が高いと思う。そして目的は、渡場智花の復讐なんじゃないかと思う」
「『チカ』か…なら、是非とも俺を殺してほしいもんだな」
 陣は本心を言った。正直、そんな風に考えた。終わりを迎えさせてくれるのが渡場智花の復讐に来た人間なら、どんなにか素晴らしいだろうかと思ってしまった。
「何言ってるんだよ、陣」
 周平が割って入る。おそらく、冗談で言っているわけでないことを感じ取ったのだろう。
―さすがは、親友だ。
「そう思っても、いいじゃないか。なあ?」
「陣…」
 周平が呟いた。
「じゃあ、俺はそろそろ、行くよ」
 陣はそう言って周平や重宏たちに別れを告げて立ち去ろうとした。できれば、優が逃げた方向とは別の方向に行きたかった。しかし、背後から周平が呼びかけてきた。
「陣…お前、吉井に言ったんだって? やらなきゃいけないことがある…って? お前は何をやろうとしてるんだ? 俺たちに、何か手伝えないのか?」
 そう言う周平に、陣は振り返って答えた。
「無理だよ。俺自身の問題だし、周平たちに迷惑をかけるから」
 それだけ言って、陣は歩き出す。背後から周平の声がする。

―俺たち、また会おうな。そして、絶対にここから生きて帰ろう!

 陣はそれに手だけ振って応えた。周平たちがどんな反応をしたかは分からない。周平たちの姿が見えなくなるところまで歩いてから、呟いた。

「脱出なんか、無理だよ…。出来ないんだよ…」

 陣は思った。目的を果たすための最善の策は未だに取れていない。しかし、出来れば早くその策を見つけたい。
 このままだと、親友の周平や重宏を裏切ってしまいそうな気がしたから。最善の策を見つけて、周平たちを悲しませたくなかったから。

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