BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第58話
「殺さなきゃ、殺さなきゃ…」
J−4エリアに位置する三階建ての立体駐車場。その中でも高く積もった雪に隠れて見えにくい一階の、残されたRV車の陰で、大安寺真紀(女子7番)は座り込んでいた。
「殺してやる。殺せば家に帰れるんだ…!」
真紀はさっきからずっと、そんな言葉を繰り返し呟いていた。そこにはもう、女子バレー部のエースアタッカーとして活躍していた時の面影はない。真紀はこの半日ほどで、完全にプログラムの恐怖に押し潰されていた。
少し前、真紀はグループを組んで歩く政田龍彦(男子17番)を見つけた。その瞬間に真紀の中でスイッチが入った。
―あれだけいっぱい、人がいる…。たくさん殺せば、そのぶん早く家に帰れる!
真紀はそう思って龍彦たちに襲いかかった。彼らが自分の武器よりも強い武器を持っている可能性すら考えられないほどに、彼女の精神は追い詰められていた。
その結果、真紀の攻撃は児島真一郎(男子7番)と龍彦によって阻止されてしまったうえに、左肩に銃弾を撃ち込まれてしまった。その場は何とか逃げられたが、真紀の心はさらに危険な状態に陥ろうとしていた。
左肩の傷はまだ痛む。その痛みが、真紀からさらに正常な判断力を奪っていく。
―何よ、私は何も悪いことことなんかしてないじゃない! このゲームのルールを守っただけじゃない! 何で私が撃たれなきゃいけないのよ!
全てを知らず知らずのうちに龍彦たちに転嫁していく。そんな自分が狂い始めていることに真紀は気付けない。
―ああ、左肩が痛い。もうこれじゃ生きて帰ってもレシーブもトスもできやしない。一番肝心なスパイクも、ひょっとしたらサーブももう撃てないかもしれない。そんなの、そんなの嫌よ! 生きて帰ってバレーがしたい! 部活の仲間の、ミチコやナギサたちともう一度バレーが…バレーがしたい!
―そうよ。生きて帰るんだ。皆皆殺してやる。それで生きて帰れるならいくらだってやってやるわ!
そう思うと、少しだけ気分が楽になったような気がする。真紀は立ち上がった。そしてその眼に狂気を滾らせて歩き出す。
殺す。もう一度平穏な日々を手に入れる。そのために真紀は殺す決意をもう一度固めた。もう狂気に走った彼女は戻ることはできないというのに、何という皮肉であろうか。
まずはこの立体駐車場を出よう。そう思って真紀は出入り口へと歩き出す。そして出入り口付近にやってきたとき、真紀の眼に何者かの姿が飛び込んできた。
忙しなく周囲に目をやりながら、立体駐車場へと入って来る少しぽっちゃりした感じの女子生徒。それは間違いなく益野孝世(女子14番)だった。
―益野さん…益野さんなら、簡単に殺せるわね。
そう思った真紀は、そっと孝世から見た死角に隠れた。あとは、何も知らない孝世がこちらに来たその時に斬りかかるだけ。
「やってやる、やってやるわ…」
真紀はそっと支給武器のフリッサを握りしめた。そして孝世が少しずつ真紀のいる方へと近づく。
―もう少し、もう少し…。
―…! 今だ!
「あああーっ!」
真紀は一声上げると、孝世の前に飛び出した。突然のことに、孝世は呆然としている。
―さあ、死ね!
真紀は孝世目掛けて、フリッサを振り下ろす―はずだった。しかしその時、孝世の右手に何かが見えた。それは奇妙な形のマシンガン…プロジェクトP90。その銃口が、真紀の方に向いた。
―…え―。
刹那、孝世のプロジェクトがマズルフラッシュを放つ。そして連続した銃声と共に放たれた無数の銃弾が真紀の全身を貫く。体が真紀の意図しない方向へと動き、うつ伏せに崩れ落ちた。
「やっぱり…皆やる気なんだ…。貴子だって萌や早苗を殺したんだ…。やられる前に、やってやるんだ…」
孝世はそう呟きながら、一度入りかけた立体駐車場を後にした。
あれだけの数の銃弾を全身に撃ち込まれたにもかかわらず、大安寺真紀はまだ生きていた。もっとも、もう幾ばくももちそうにはなかったのだが。やはり、バレーで鍛えた身体が為せるものだったのだろうか。
とにかく真紀は生きていた。全身を襲う痛みに苦しみながらも、必死で生きようともがいていた。
―そんな、マシンガンだなんて…。そんなの反則じゃない! 痛い…嫌だ…死にたくないよ!
その時、真紀の耳に何者かの足音が聞こえた。その足音の主の声がする。
「なんだ…これじゃ壊し甲斐がないじゃない…」
―壊す? 何よ、何言ってるのよこの人は…。
「つまらないけど、壊そう」
―え? え? ちょっと、ちょっと! 何よ、何なのよ! 私まだ死にたくない、死にたくないのよ!
それが最後の、真紀の知覚だった。
―やっぱり、つまらない。銃声がしたから来てみたのに、面白くない。
鯉山美久(女子18番)はそう思いながら、真紀に向けていたS&W357マグナムを下ろした。うつ伏せに倒れていた真紀の後頭部は完全に弾け飛び、ピンク色をした脳の欠片や骨片が辺りに散らばっていた。
やはり、あっさりと壊せてしまうのは美久にとってはつまらなかった。もっと歯ごたえが欲しかった。
―まあ、この飛び散った色んな物だけでも快感は多少感じれるから良いか。
「次こそはもっと快感を感じたいわね」
美久はそう呟くと、立体駐車場を後にした。
<PM2:52>女子7番 大安寺真紀 ゲーム退場
<残り18人?>