BATTLE ROYALE
仮面演舞


第60話

 最初、御津早紀には目の前で起きた出来事が認識できていなかった。
「危ない!」という児島真一郎の声。その直後にした二発の銃声の後には、早紀の腕の中に虫の息の真一郎がいて…そしてその後にやってきた政田龍彦が構えた銃口の先には、鯉山美久がいる。その状況がだ。

―何が、あったの? 何で…児島君が倒れてるの? 何で政田君が銃を構えてるの? 何で鯉山さんが…いるの?

「…児島君?」
 早紀は、真一郎に声をかける。真一郎の腹部からは、真緋色の鮮血が溢れ出している。真一郎は、そんな状態にもかかわらず早紀の言葉に反応すると、言った。
「御津…逃げ、て…」
「え…?」
「御津、児島も言ってるように逃げろ! あいつは、鯉山はやる気なんだ!」
 龍彦も、ニューナンブを美久に構えながら叫ぶ。美久は徐々に近づいてくる。しかし、早紀は…動くことができなかった。
「御津…頼むから、に、げて」
 真一郎の声がする。口から血を吐きながら話し続ける真一郎。吐き出された血が、早紀の頬に跳ねる。それでも、動けない。

―児島君は、何で撃たれたの? 私を庇った? 私がいなければ児島君は撃たれずに…? 児島君…児島君…。

「あ…」
 その瞬間、早紀は崩壊の音を聞いた。
「嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「御津! 逃げろ!」
 龍彦が近づいてくる美久に向かって、ニューナンブを撃つ。しかしその銃弾は美久を捉えることはなく、美久は素早くS&W357マグナムの引き金を引いていた。放たれた一発の銃弾が、早紀の左腕を捉える。早紀はその場に倒れた。
「御津っ! …くそっ」
 龍彦はもう一度美久目掛けてニューナンブの引き金を引こうとした。その時だった。
「まさ、だ…行ってくれ」
 真一郎の声がした。思わず龍彦は真一郎の方に向き直った。真一郎はいつの間にかその身を起こしていて、息も絶え絶えになりながら必死で龍彦に向けての言葉を紡いでいた。
「俺、は…もう無理だ、から…。灘崎と、早島と、御津を連れ、て…行ってくれ。それで、だっしゅ、つを…」
「馬鹿言うなよ…、そんなこと、言わないでくれよ! 大事な仲間、死なせたくないんだよ! 貴や秀美ちゃんだって死んで…これ以上死なれたくなんかないんだよ!」
 龍彦は叫ぶ。その間にも、美久は三人まとめて殺そうと迫って来る。様子を見ていた陽一が言った。
「龍彦、早く! 早く児島君と御津さんを!」
 その後ろには早島光恵がいる。その身体は今にも美久目掛けて飛びかかりそうな体勢になっている。真一郎と早紀を助けようと考えているのだろうが、陽一がさりげなくそれを身体で止めている。これで光恵が乱入すれば、より事態は悪化する。そういう意味で、龍彦は陽一に感謝した。
「まさ、だ…」
「龍彦!」
 もう、考えている余裕など残されてはいなかった。既に美久が、真一郎に向かって357マグナムの引き金を引いていた。

 二度、銃声は響いた。


「う…っ」
 早紀は腹部、そして右足にに激しい痛みを感じていた。背後では、真一郎が信じられないといった表情で早紀を見ている。美久に狙われていたはずの真一郎。その前に早紀は立っていた。そして真一郎が呑み込むはずだった銃弾を代わりに呑み込んでいた。
 その身体が後ろに倒れる。

―ああ、もう走れないかもしれない。

 ふと、そんなことを思う。少しだけ、悲しかった。でもだからといって、後悔はしていない。
 さっき、真一郎は早紀を庇った。何故なのかは分からないけど、とにかく真一郎は早紀を守ろうとした。死なせまいとした。その命を賭してまでだ。しかし…早紀はそんなことを望んではいなかった。

「御津!」
 龍彦が叫ぶ。早紀は何も答えられなかった。もう、答える気力があるのかどうかが疑わしかった。
「まさ、だ…。もう、行ってくれ」
 その言葉と共に、早紀の身体が抱きとめられる感触があった。その声の主、真一郎はもう一度龍彦たちに言う。
「もう、良い。御津を…」

―違う! 違うよ、児島君!

「わた、しは、良いよ。こじ、ま、君…」
 何とか声を絞り出した。自らの思いを、真一郎に伝えるために。
「わたし、は…こじ、ま君と、いっしょに…いるよ?」
「何で、何でだよ…」
 真一郎が呟く。その表情は、早紀の真意を読み取れないでいる困惑の表情だった。
「だって、そしたらこじまく、んは…ひとりじゃないで、しょ? ひとりで死ぬのって、さみしい、よ?」
「御津…」
 ようやく真一郎は、早紀の言いたいことを理解したらしい。もう、何も言おうとはしなかった

 早紀は、不幸や悲しみが大嫌いだった。そんなものは、あってはならないものだと思っていた。そんな考えは甘い考えなのかもしれないとも思う。けれど、可能な限り、早紀は理想を追い求めていたかった。
 一人で寂しく死んでいくのは、不幸だと思った。これから一人で死んでいく真一郎が、不幸だと思った。だから、最期まで傍にいてあげようと思った。そうすれば、少しは不幸じゃなくなると信じていたから―。


「政田…」
「…分かった。陽一、早島」
 龍彦はそう言うと、ポリタンクを抱えて陽一や光恵と共に走り去っていった。美久はそれを無視して真一郎たちの方へと再び銃口を向ける。しかしその足が止まる。彼女の足元にはガソリン。
「―!」
そこで真一郎は気付いた。真一郎や早紀が撃たれた時、二人で用意していたガソリン。それが入ったポリタンクは今―地面にぶちまけられていた。
真一郎はそっと、ポケットにしまっておいたジッポライターを取り出す。周囲にはガソリン。おそらく大分気化してしまっただろう。
―やってやる。やってやろうじゃないか。でも、その前に…。
「御津…最後に、言いたいことが、あるんだ」
 真一郎は早紀の方を見た。早紀も真一郎と同じで、息も絶え絶えになっていたが、意識はあった。こちらを早紀が見る。
「俺…」

―最後に、後悔だけはしたくない。だから、この気持ちを―。

「俺、御津のこと…ずっと好きだった。守りたかった。これからもずっと、守りたかった。一緒にいたかった。どんな形でもいい、一緒に、いたかったんだ」
 早紀は、突然の愛の告白に驚きを隠せないといった表情で真一郎を見る。
「こじま、君…よかった…」
「御津?」
「最後に一緒にいる人が、児島君で…私のことを好きって言ってくれる人で、よかった」
 そう言って、早紀が微笑む。
「…俺も、御津と一緒でよかった。でも、御津が生きていけないのは…」
―嫌だ。御津には生きていてほしかった。
 本当は、そう言いたかった。ずっとそう考えていたから。でも、今はこうも思う。早紀がそういう形で生きたとして、どうなるか。彼女は悲しむだけだ。自分のために人が一人死んだのだと悲しみ、そして自分を追い詰める。早紀が真一郎と一緒にいると言い出したとき、そんなことを思い、そして確信へと変わった。
「御津…やるよ?」
「…うん」
 そして真一郎はジッポライターに火をつけ、ガソリンの零れている辺りに落とした。美久が咄嗟に逃げようとした。
 同時に、ライターの火は気化したガソリンや地面のガソリン、そして空気中の酸素と混じりあった。刹那に、周囲は大爆発を起こした。
 轟音が響きわたり、周囲のものが吹き飛ぶ。真一郎と早紀も、その爆風に吹き飛ばされた。

―御津…御津と会えて、よかった…。

 ガソリンスタンドでは爆発の後、火災も発生した。本部の兵士たちによってその火災はどうにか消火された。焼け跡の中からは、寄り添って死んでいる児島真一郎と御津早紀の死体が発見されたが、鯉山美久の姿はなかった。

 <AM3:19>男子7番  児島真一郎
 <AM3:20>女子15番 御津早紀  ゲーム退場
          

                           <残り16人?>


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