BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第62話
秀仁が構えたショットガンの銃口は、雪の方を向いていた。秀仁が引き金にかけた指に力を込める。
「上斎原、危ない!」
周平はそう叫んで雪を突き飛ばそうとした。しかしそれより一瞬早く、重宏が雪を抱き抱えて横へと飛び退いた。同時に放たれた銃弾は、雪がさっきまで立っていた場所の先にあった木の幹にめり込んだ。
「大丈夫か、上斎原」
「う、うん…」
重宏と雪の無事を確認しながら、周平はすぐに手の中にあるベレッタを目の前の秀仁に向ける。秀仁は自分に向けられたベレッタの銃口を見ながら、周平に向かって言った。
「何だよ庄。そんな銃一つで俺を殺そうってのか? そんなの無理だぜ」
秀仁はにやにや笑っている。周平は自分が出発するときにした予想が当たっていたことに歯噛みした。自己中心的で我儘で…、他人のことなどお構いなしだった秀仁。彼はこのゲームにおいてかなり危険だろうとずっと思っていた。その予想は大当たりだったのだ。
そして今秀仁は、その手におそらくはこのゲームでの支給武器では最強クラスのはずのショットガンを持っている。それに秀仁の運動神経はかなりのものだ。
―まずい、やばすぎる!
とにかく、ここは一刻も早く秀仁を追い払うか逃げ切るかする必要がある。そう思った周平は、秀仁に向ってベレッタの引き金を絞った。
銃声と共に放たれた銃弾が、偶然にも秀仁の左肩を貫いた。秀仁がその痛みに耐えきれず、呻いて右手で左肩を押さえる。即座に周平は叫んだ。
「皆走れ! 早く逃げろ!」
その声に合わせて、まず雪と祥子が、続いて重宏が駆けだす。それを確認してから周平も、彼らの後を追って走り出した。
「待ちやがれ庄! ぶっ殺す!」
背後からは秀仁の声。同時に秀仁の持つショットガンから放たれた銃弾が周平や重宏の横を飛んでゆく。
―くそっ、来るな! 来るんじゃない!
周平は振り返って、もう一度背後からやってくる秀仁に向かってベレッタを撃つ。二度、三度。執拗に追ってくる秀仁目掛けて、何度も引き金を引いているうちに、弾倉の弾が切れてしまった。しかしその頃には、秀仁の姿はもうなかった。諦めたのか、弾が当たって負傷したのか…。無我夢中だった周平には、分からなかった。
「何とか、逃げ切れたみたい…だな」
周平は、重宏に向かって言った。
「それどころじゃない…」
「え?」
「いないんだ、上斎原と玉島がどこにも…逸れちまった! あの二人と!」
「―!?」
そう言われて周平は辺りを見渡してみる。周囲は森が広がるばかりで、雪と祥子らしき姿はどこにも見当たらない。どうやら二人は、恐怖からか先へと先へと逃げてしまったらしい。
「とにかく、早く二人を探さないと…!」
重宏が狼狽した様子で言う。
「まだ遠くには行ってないはずだ。早いとこ見つけよう」
二人はまた、駆け出した。
―逸れた…。
『私』は、駆け出していく庄周平と多津美重宏の姿を木陰から見ていた。
実に都合の良い展開になったものだと、『私』は心から思っていた。上斎原雪と玉島祥子を殺す上で都合の悪い、周平と重宏が上手い具合に二人から離れてくれたのだから。
―やはり『私』には神が憑いているらしい…。
『私』はそっと歩き出す。その手にはあの探知機。これさえあれば、周平たちより先に二人を発見することなど容易だ。
―君たちには悪いけれど…二人は『私』が殺させてもらう。
『私』がそんなことを考えながら歩いていると、探知機の液晶画面に反応があった。今いる場所―B−5エリアに、誰か…。『私』はその人物に気付かれないように周囲を見回す。そしてやがて、その正体に気付いた。
―なるほど、これはいい。二人を殺すのにちょうど良い彩りになりそうだ。
その人物は確実に、『私』の期待通りに移動していた。これならば、二人の殺し方にも先を見据えた工夫ができる。『私』は駆け出した。二人の行き先は『私』にも分かる。あとは探知機次第だった。
―さあ、始めよう。裁かれるべき者共への裁きの時間を。そして、魂の救済へのプロセスを。
『私』は仮面の下で、笑った。
私は俯いて歩いていた。終わりの時を得るためだけに今は生きている気分だ。もう何も残されてはいない気すらしている。心の中で浮かぶのは、愚かだったあの頃の私とそんな私の言葉。
―いくら悔いても、どうにもならなくて。
―報いを受けたくてしょうがなくって。
―心はもはや枯れ果てていて。愛するあの人の輪郭さえおぼろげになりつつある。愛する心はまだあるはずなのに。
―どうか、もう、終わりにしてください…。私だけでいいから…。
私―粟倉貴子(女子1番)は、俯きながらも歩き続ける。その手には祥子が落としたブローニング。懺悔の思いばかり頭に浮かぶけれど、まだ死にたいとは思えない。
―ここで死ぬ方がよっぽど楽だから、死なない。私はまだ報いを受けていない。
―ねえ、『仮面』…? もう、殺すのはやめようよ。私を『底』に落としてよ。そして殺してよ…。
―ねえ、殺してよ…?
<残り16人?>