BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第63話
雪と祥子は、長い距離を走って開けたゲレンデまでやってきて、その足を止めた。
「はあっ、はあっ…」
雪の隣で、祥子が激しく息を吐いていた。
「ど、何処まで、来たんだろう…?」
雪がそう呟くと、祥子がその言葉に反応して絶え絶えになっている息を整えながら、地図をチェックし始めた。
「えっ…と、ここは…E−9…あたり、かな」
―E−9…。ずいぶん遠くに来ちゃったみたい…。
「ねえ、雪…。どうしよう? 私たち、庄君たちと逸れちゃったみたい…!」
祥子が周囲を見回しながら言う。雪はそれも当たり前だろうなと思っていた。さっきは可知秀仁から逃げるのに一生懸命で、周平と重宏のことを考えるだけの精神的余裕が持てなかった。
「庄君…」
雪は周平のことを考えてみた。いつも朗らかで、責任感の強い周平。雪はそんな周平をいつも想っていた。
きっと周平は、雪たちを探しているだろう。自惚れなのかもしれないとさえ思う。しかし、それが庄周平という人物なのだ。雪はよく知っている。いつも想っていたから。
「何とか…庄君たちともう一度会わないとね」
雪は祥子に向かって言う。そう、雪はもう一度周平に会いたかった。周平に迷惑をかけたくなかったから。だから早く、周平の心配の種を減らしてあげたい。そう思った。
「うん。とにかく、もう一度来た方向に戻ってみればいいんじゃない?」
祥子が言う。それもそうだと雪は思った。
「じゃあ、戻ろうか」
そう言って、雪は祥子と共にゲレンデを登りはじめた。会場の西側にある初級ゲレンデとは違ってこちらのゲレンデの傾斜はきつく、雪たちにはきつい道のりだった。
長い距離を走った疲れもあって歩みはあまり早くなかったが、やがてゲレンデの先に何かが見えた。スタート地点となったあのロッジによく似た建物のように見える。
―そういえば…。
雪はあることを思い出した。
まだ雪たちが山荘にいた時、遅れてやってきた大親友の粟倉貴子(女子1番)が教えてくれた情報。脱出を計画しているという政田龍彦(男子17番)たちは確か、このあたりのロッジにいると言っていた。ひょっとしてあれがそうなのだろうか? 雪は思った。
あの後あの出来事のせいで、貴子とは別れてしまった。貴子こそ犯人ではないかと疑われて、そして情報も嘘ではないかと言われて…。
しかし、もしあそこに龍彦たちがいれば貴子の情報が真実だったことが証明できる。
そんなことを考えていた。しかし、それが良くなかった。一つの影が、雪に迫っていたのだ。
その気配に気付いて振り返る。その視線の先―そこにはあの『仮面』がいた。
赤い斑点で染まった仮面越しにこちらを見ながら、その右手に握られた拳銃を、雪に向けていた。
―え…―。
『仮面』が、その銃の引き金を絞るのが雪には何故かはっきりと見えた。その仮面の奥の眼が、憎しみに染まっていた―。
「雪っ!」
その刹那、すぐ後ろで祥子の叫び声がした。と同時に雪と『仮面』の間に、祥子が立っていた。そして『仮面』が構えていた銃から放たれた銃弾が、祥子の胸を捉えた。祥子の身体が、ゆっくりと傾ぐ。
「しょ、祥子!」
雪はすぐに祥子を抱き起こす。しかし銃弾に撃ち抜かれた祥子の胸からは静かにではあるが大量に血液が溢れ出していていた。
「ゆ、き…にげ、て…」
祥子の言葉に、雪は振り向く。その先にはまだ『仮面』がいる。この状況下で、確実に雪と祥子を仕留めるためならば日本刀を使うはずだと、雪は思っていた。そう、まるで幸島早苗(女子5番)を殺したように。しかしそうはしようとしない。なおも雪に拳銃を向けている。
「ゆ、き…」
―逃げきれない―?
雪はふと思った。今ここで祥子の言う通りに逃げても、逃げ切れる自信はなかった。『仮面』は、おそらく雪など簡単に殺すことができる。しかしそうしないのだ。
つまり、『仮面』にとって雪を殺すのはたやすいことなのだ。そして何よりも『仮面』は、雪たちを憎んでいる。それはつまり、雪たちが苦しんで死ぬことを望んでいるということ、だ。
そんな余裕を見せている者相手なら―、
―いっそここで、あいつを相手に戦って―。
思った。確かに雪たちは弁解のしようもないことをした。しかし…何もせずにただ殺されたくはない。
それはエゴなのかもしれない。けど…。
―やるしかない。
雪は力をこめてトマホークを握る。勝ち目はないと分かっている。しかし、やるしかない。
「ゆ、き…」
『仮面』が拳銃を向ける。その引き金にかかった人差し指が動く。その時だった。
『仮面』のそれとは違う、一発の銃声。それが聞こえると同時に、『仮面』が飛びのいていた。『仮面』の足元の雪が舞い、散った。
「大丈夫か、上斎原!」
そう叫んで雪と祥子の所へと走ってきたのは、政田龍彦だった。その手に握られた回転式拳銃を『仮面』に向かってもう一発撃つと、雪と祥子に駆け寄ってきた。それと同時に龍彦の後に続いて飛び出してくる人影たちもあった。
最初にポリタンクを抱えた灘崎陽一(男子14番)が。それに続いて早島光恵(女子11番)も飛び出してきた。二人の姿を見ると、『仮面』は何を思ったのか逃げ出していった。
「ま、政田君…」
「一体何があったんだ、銃声がしたから来てみたら…」
「祥子が、祥子が…」
雪は状況を説明しようとしたが、言葉にならない。龍彦はそんな雪の状態を察してか何も言わず、黙って祥子の様子を見始めた。陽一と光恵も龍彦を見守っている。
「ヤバいかもしれない…、ちょっと血が抜けすぎてる」
「ま、さだ、くん…」
その時、祥子が口を開いた。
「玉島さん、喋らないで!」
陽一が叫ぶ。その様子は少し取り乱しているようにも見える。一体どうしたのかと、雪は少し気になった。そして祥子は陽一の制止にも構わず話し続ける。
「もう、いいよ…わた、し、私…もう、無理、だか、ら…」
「そんなこと…!」
なおも叫ぶ陽一。それを龍彦が止める。
「しっかりしろ陽一! 陽一、落ち着け!」
「まさ、だくん…、脱出する、ってほんと?」
祥子が言う。その声が弱々しくなってくる。今失われようとしている友人の命に、雪はひどく悲しくなる。もう失いたくなかったのに…こうして失われようとしている友人の命に。
「ああ、本当だ。粟倉に、聞かなかったのか?」
「…私、たか、こを信じて、あげら、れなかった。貴子が、みんな、を、殺した、とうたが、った。貴子、にあえ、たら…ごめん、って、伝え、て?」
「…分かった」
龍彦がそう答えると、今度は雪の方を向いた。
「雪…ごめ、ん、ね…」
それで、最後だった。祥子は最後にそう言ったきり、二度と動かなかった。
「祥子…? 祥子? ねえ、嘘よね? 祥子! 死んじゃ駄目! 死んじゃ…」
雪は必死に祥子を身体を揺らす。しかしそれを龍彦が制する。
「上斎原…」
「嫌ぁぁぁぁぁっ!」
<AM4:27> 女子8番 玉島祥子 ゲーム退場
<残り15人?>