BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第64話
「…」
雪は、まだ動けなかった。腕の中には、ついさっき魂がこの世を離れてしまった祥子の亡骸。その開かれた眼を、隣にいた龍彦がそっと閉じてやっている。
「…上斎原…」
龍彦が呟く。沈痛な面持ちだった。そんな龍彦の隣でも、陽一が黙ったまま、俯いている。それを光恵がじっと見つめている。
祥子のこと以降、陽一はひどくふさぎこんでいた。そのあまりの落ち込みようから、何となく雪は全てを察していた。おそらく陽一は、祥子に好意を持っていたのではないか―と。
そうでもなければ、ついさっき会ったばかりのクラスメイトの死に、あそこまで狼狽するはずがない。
―…祥子―。
雪は祥子のことを思う。最期に祥子は言った。貴子に、ごめんと伝えて、と。
祥子は、後悔していたのだろう。あの時、貴子を疑ったことを。友人を、信じてあげられなかったことを。
でも、それは自分も同じだと雪は思っていた。あの時雪は、確かに貴子を信じた。しかし、疑われる貴子を助けてやれなかった。一人山荘に取り残された貴子を、連れて来れなかった。それが、今も雪の心を苦しめる。
そして庄周平(男子10番)と多津美重宏(男子13番)が教えてくれたこと。
―『仮面』は、いやそれどころか…本部の人間も、渡場智花の関係者―。
『仮面』は、きっと雪たちを殺したがっていることだろう。『仮面』がチカとどういう関係にあったかは知らないが、おそらく。そしてその『仮面』は、今この会場にいるクラスメイトの誰か―。
雪は戦慄した。また、その事実の恐ろしさを思い出した。誰かがこのクラスに悪意を持っているかもしれないということに(と同時に、あの時『仮面』の前に現れた龍彦たちは除外していいだろうとも思った)。
雪は自分の行為をひどく呪った。
何故あの時私は、チカにあんな仕打ちをしてしまったんだろうか。何故チカの苦しみを理解してやれなかったんだろうか。何故チカのことを忘れようとしたんだろうか。
どんどん気が滅入りそうになっていく。そんな時に、龍彦が声をかけてきた。
「上斎原…これから、どうする? 俺たちは、最初いたロッジに戻ろうかと思ってるんだが…」
雪は、ぼそっと呟いた。
「私も、行きたい。けど…」
「けど?」
「貴子に会わないといけないの。会って、話さなきゃいけないことがあるの」
雪がそう言うと、龍彦は黙り、やがて言った。
「玉島のことか?」
「うん…、それに、もっと多くのこと」
そう言うと、いつの間にかこちらを向いていた光恵が尋ねてきた。
「ねえ、一体何があったの? さっきの玉島さんの話だけじゃ、何も見えないんだけど…」
「…実は…」
雪は、龍彦たちにこれまでに自分が見てきた全てのことを話した。
最初に貴子たちと山荘に集まる約束をしたこと。
途中で大元茂(男子3番)に襲われ、西大寺陣(男子8番)に助けてもらったこと。
陣と別れて、そのうち山荘に着いたこと。直後に至道由(女子6番)がやってきて、貴子に襲われたと示して事切れたこと。それがきっかけで仲間たちに貴子に対する不信感がわいてきたこと。
さらに『仮面』が現れ、吉井萌(女子17番)、幸島早苗(女子5番)と殺され、それが原因で貴子がさらに疑われたこと。
そしてついに益野孝世(女子14番)が発狂し、雪と祥子は逃げたが、貴子はついてこようとはしなかったこと。そのすぐ後に周平と重宏に出会ったこと。
周平と重宏に、『仮面』はこのクラスの誰かで、本部も渡場智花の関係者がいるに違いない、と言われたこと。
西大寺陣と美星優(女子12番)が戦っているところに出くわしたこと。その後で陣に合流を持ちかけて、断られたこと。
可知秀仁(男子4番)に襲われて逃げ出し…周平たちと逸れてしまったこと。そして、今。
「…」
話を聞いて、龍彦は黙りこんだ。光恵も、陽一も同じだった。やがて、龍彦が口を開いた。
「話は、分かった。上斎原たちに何があったのかも、『仮面』とやらのことも」
「…」
「俺も、庄や多津美には賛成だな。シバタチの首までは俺も見てないけど、確かに妙な部分はある。さっきいたあの『仮面』にも、違和感があったしな」
「違和感?」
光恵が口を挟む。
「ああ。もっとも、本人はそれに気付いていて隠そうとしてる感じだった。何ていうのか…服装に違和感があったんだよ」
「服装って…、俺たちと同じ、あの赤いスキーウェア?」
陽一が訝しげに言う。
「その同じっていうのがそもそもおかしくないか? シバタチは最初、スーツ姿で出てきたんだ。俺たちが着てる赤いウェアなんて着てなかった」
「でも、それは出発の時に着たとか…」
「それなら辻褄を合わせることはできる。けどな、さっきの『仮面』と、俺たちのウェアの着こなし方に、何か違う部分があったのは事実だ」
「着こなし?」
雪が呟く。龍彦はその呟きに答える。
「まあ、俺もあの時は必死だったから…はっきりと見てはいないんだけどな」
「…」
―違和感。
その言葉が、雪の脳裏に焼き付いていた。
「じゃあ、俺たちはそろそろ行くけど…上斎原。どうする?」
龍彦が言う。陽一と光恵も、ポリタンクを持ち直して、準備をしていた。
「…私は…、私は、いい」
「…いいのか? 上斎原」
龍彦が問いかける。雪はそれに、はっきりと答える。
「私、祥子に頼まれたの。貴子に謝っておいて、って。それに私も、貴子に会いたい。だから…貴子に会えたら、必ず、行くわ」
「分かった…じゃあ、またな」
そう言って、龍彦はゲレンデを登っていく。陽一と光恵もそれに続き、やがて見えなくなった。
「…そろそろ、行こうかな」
そう言うと、雪はそっと祥子の亡骸から離れて、歩きだした。絶対に貴子に会う。それだけを信じて、歩きだした。
中盤戦終了――――――――
<残り15人?>