BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
終盤戦
Now 15 students remaining.
第65話
『皆さん、こんばんは。担任の福浜です。ちゃんと元気にしているでしょうか? それでは午後6時になりましたので、今までどおりにこれまでに死んだクラスメイトの名前を発表します』
いつもと全く同じ調子で、福浜の声が会場中に響き渡る。その声は、先程からずっと俯いている粟倉貴子(女子1番)にも聞こえていた。
『女子17番、吉井萌さん。女子5番、幸島早苗さん。男子16番、福居邦正くん。女子7番、大安寺真紀さん。男子7番、児島真一郎くん。女子15番、御津早紀さん。女子8番、玉島祥子さん。以上7名です』
貴子は呆然としながら放送を聞いていた。萌と早苗だけでなく、祥子まで死んでしまったのだ。もう、貴子の友人は上斎原雪(女子3番)と益野孝世(女子14番)しか残っていない……。
放送はまだ続いている。
『続いて禁止エリアです。19時より、A−3。21時より、I−7。23時より、F−1。以上です。もう残り人数も半分を切りました。皆さん優勝目指して頑張ってください。それでは、さよなら』
最後にそう言って福浜の放送が終わると、貴子は俯きながらも地図とそれに付属の名簿に書き込んでいく。その表情はとにかく沈鬱なものだ。
もはや貴子には、今の状態から立ち直ることなど不可能に近かった。二か月前の、自己中心的で嫉妬深かった自分自身の行いが、一人の復讐者を生んで……それが友人たちの命を奪う結果になっている。
その現実は、貴子には重すぎた。
今貴子は、E−9エリア――中級ゲレンデのリフトの柱にもたれかかっていた。その位置は周囲が良く見渡せる位置だったのだが、ずっと俯いている貴子には意味がないことだった。
「……チカ……」
そっと、あの時自分が殺してしまった元クラスメイトの名を呟く。そして同時に、あのことを思い出す。貴子がチカに――渡場智花にした仕打ちを。
もともと貴子たちと、智花はよく一緒に教室で話をしていた友人だった。智花は優しい性格で、人を憎むということを知らない子だった。そして良く貴子たちにも見せた穏やかな笑顔が、可愛らしかった。
そう、二か月前のあの時まで。貴子たちと智花の友情に曇りはなかった。
ある雨の日のことだった。部活が終わって、家に帰ろうと学校を出た貴子の眼に映った光景は……、貴子にとっては辛いものだった。
智花と――貴子が思いを寄せていた西大寺陣(男子8番)が一つの傘に二人で入って、帰路についている光景。
ショックだった。貴子にとって、智花のしていることは裏切りにしか見えなかった。貴子は以前から陣に対する想いを仲間内には打ち明けていて、当然それを智花も知っていたはずだ。なのに今、智花は……。
翌日からすべては始まった。貴子が昨日のことを雪たちに話すと、雪たちは貴子に同情してきた。そして貴子たちは智花を裏切り者とみなして、卑劣な行為をするようになっていった。
それは、完全なる無視と、デマの流布。やがてその行為はクラスにも広がり始めていき、智花は教室内に居場所を失った。
今思えば、あんな些細なことで、自分はなんて馬鹿なことをしたのかと後悔できる。しかしあの時、貴子の頭の中は智花への嫉妬心と憎しみでいっぱいだったし、唯一これを止めることができた可能性のある陣もこの仕打ちがクラス中に広がる頃に、盲腸で入院してしまっていた。
止める者は、誰もいなかった。
しかしそれでも、智花は今までどおりに接してきた。卑劣な行為を続ける元友人たちのことを誰かに訴えるわけでもなく、今までどおりに。まるで、全てを許しているかのように。
その段階に来て、ようやく貴子の心に後悔の念がかすかに過ぎるようになった。自分は何をしているのだろうかと、自問自答するようになった。
その思いは膨らんでいき、もう、やめようと――そう思った矢先。貴子たちの行いが始まってから2週間ほど後のことだった。智花が自殺したのは。あとで、遺書には貴子たちのやったことについては何一つ触れられていなかったと知った。
貴子はようやく気付いた。自分のとった行動が、とんでもない過ちだったことに。
葬儀の日、葬儀が終わって家に帰った貴子は、部屋で布団にくるまって、泣いた。自らの過ちを心から後悔しながら。
しかし、今貴子はこうも考えている。本当に自分は、後悔して、心から智花に謝っていたのだろうかと。
あの日から、貴子は出来るだけ智花のことを引き摺らないように努力していた。葬儀のときから、ずっと人前ではそうしてきた。陣の告白を受けたのだって……その努力の一つだった。
けれど、今では思う。それで良かったのか、と。智花のことを引き摺らないと表では思いながら……裏では自らの愚行を忘れる口実にしていたのではないか? と。
そう考えるようになると、もうネガティブな思考はとどまることを知らなかった。
あの山荘での出来事からずっと、貴子は『仮面』を探している。自らを殺させるため、深い深い『底』に落としてもらうため。
一度はB−4エリアで見つけたのだが、やがてまた見失ってしまった。そして銃声が響き、銃声が聞こえてからかなり遅れて貴子はそこにやってきた。『仮面』がきっといると、確信に近いものを持っていた。
しかし、そこにはもう『仮面』はいなかった。祥子の死体しかそこにはなかった。貴子はまたひとつ、苦しみを味わった――。
祥子の死体は、供養のためだろうか、手を組ませて目が閉じられていた。きっと、雪もここにいたのだと貴子は思った。
――雪……。
貴子は自分の大親友のことを考えつつ俯いた。そんな彼女の少し遠くで一人の少年が歩いていたが、彼女はそれを知ることはなかった。
「雪が……また強く……」
雪によって隠された空を見ながら、西大寺陣(男子8番)は一人ごちた。
ゲレンデを少し離れた林の中――、ちょうどD−10エリアの辺りを陣は歩いている。もう少し南へ行くと禁止エリアがあるため、そのことに注意しながら南へと進んでいた。
陣はずっと、奇妙な感覚にとらわれていた。
少し前から記憶がはっきりしなくなってきた。時間的には、吉井萌と別れたあたりからだと思う。
それ以降、いやひょっとしたらそれ以前かもしれない。そう思うほど不安になる。とにかく記憶が不鮮明になっている。覚えているのは美星優(女子12番)と戦ったことと、庄周平(男子10番)、多津美重宏(女子13番)、上斎原雪に会ったことぐらいだ。
――やっぱり、俺は罪深い……。
陣は改めてそう思った。自分の不甲斐なさ、愚かさを改めて呪っていた。
2か月前に自殺した――渡場智花。彼女のことを思い出して。
陣は、幼い頃から智花と一緒だった。彼女とは家が近く、いわゆる幼馴染の関係だった。しかし成長するにつれて疎遠となり、やがて陣は同じクラスの粟倉貴子に好意を持った。疎遠だったせいもあって、クラスの誰も、陣と智花の関係は知らなかった。
そしてある日のことだった。その日は夕方から急に雨が降り出して、傘を持ってきていなかった陣は部活帰りに校舎の玄関前で立ち往生していた。
そんな時だった。智花がそっと陣の横に立ち、傘を差し出したのは。
――はい。陣君はこれ使って帰って。私は大丈夫だから。
もちろんそんなことはできない。陣は断った。すると智花は困った顔をしていたが、しばらくして言った。
――じゃあ、二人で入ろうか。この傘。
――え?
――それなら二人とも濡れないしね。いいでしょ?
結局、陣はその申し出を受けて智花と一緒に帰宅した。
それから数日後、陣は急に盲腸で入院することになってしまった。両親の他に周平と重宏も、そしてもうすぐ退院という日に、智花がやってきた。
その日の智花の様子は、いつもと変わりなかったように思う。しかし、今思えばあの時の自分はあまりにも馬鹿だったと思えてくる。 結局智花は、陣に当たり障りのないことを話して帰った。
次の日に陣は退院し、その日から連休に入ったためにしばらく学校を休んだ。その間、陣の周辺に変わったことはなかった。
学校が始まって、登校して……初めて陣は智花の自殺を知った。自宅の近くの林が現場。そう聞いた陣は、調子が悪くなったと言って、早退して家に帰った。
林には、枯れ葉混じりの土の上に残った焼け焦げた痕。そして献花。さらには週刊誌か何かの報道陣。陣は家に向かって走った。そして家に着くなり母親を問い詰めた。
何故自分が智花の自殺を知らないのか。何故今まで報道陣が家に来たりしていないのか。全てを教えるよう問い詰めた。
母は、泣きながら全てを語った。陣が退院したその日の夜に智花が自殺したこと、陣には落ち着いてから全てを話すつもりだったこと……。
下半身の力が抜けた。膝をついて、立てなくなった。悲しみを感じているのかさえも、分からなくなった――。
葬儀には一応出席した。クラスの全員が出席していた。陣は呆然としていて何も出来ず、出棺の手伝いなどは何一つすることができなかった。
やがて、何とか陣は智花の死から立ち直ろうと努力した。だからこそ、ずっと想いを寄せていた貴子にも告白した。しかし……どこかで、感じていたように思う。
自分はどこかで間違えていないか、と。あの時、智花が見舞いに来た日、自分には智花を救ってやれたのではないか、智花を自殺に追い込む止めをいつの間にか自分で刺していたのではないかという自責の念だ。それに始終心のどこかがとらわれていた。
そんな折の、プログラムだった。
雪を踏み踏み、陣は歩く。
『やらなきゃいけないこと』はまだできていない。それまでは死ねないが、死にたくない、というわけでもない。
行き着く先がたとえ地獄だろうとも、陣にはやらなければいけないことがあった。
「壊れてしまえばいいのに……俺なんか」
また呟く。もう、何度目だろうか。似たようなことをもう何度も言っているはずだった。
……
「もう、耐えられない……、早く、俺を壊してくれ」
陣の心は、少しずつポロポロと崩れ始めていた。
<残り15人?>