BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第66話
福浜の放送は、政田龍彦(男子17番)たちの耳にも届いていた。
龍彦たちは上斎原雪(女子3番)と別れた後、放送が始まるのとほぼ同時に最初にいたA−9エリアのロッジに戻ってきた。
放送の内容は早島光恵(女子11番)がすぐにメモをした。そこで改めて、龍彦は児島真一郎(男子7番)と御津早紀(女子15番)の死を明確に確信した。
このロッジを出発した時には、まだ生きていた真一郎と早紀。二人はもう、いない。
龍彦の脳裏に、二人の表情が過ぎる。短い期間でこそあったが、仲間だった。龍彦は少しの間、感傷に浸った。
そして他にも、以前に龍彦たちを襲ってきた大安寺真紀(女子7番)も死んでいた。龍彦は特に真紀とは交流はなかったが、あの時の真紀の行動は全く予想外というわけでもなかった。
バレー一筋に生きてきたタイプといってもいい真紀ならば、この状況下で信頼できる人間などほとんどいるはずもない。
確かに学校では光恵や早紀、成羽秀美(女子10番)とよく一緒にいたが、龍彦の眼には一緒にいるだけに見えた。それにその光恵と早紀がいるにもかかわらず襲ってきた時点で、それは間違いなかったはずだ。秀美は既に死んでいたのだし。
――人ってのは、大事だね。人でいるためには。
龍彦はつくづく、そう実感した。今龍彦には、信頼できる友人の灘崎陽一(男子14番)がいて、大切な仲間の光恵がいる。だからこそ自分は今までどおりでいられるのかもしれない。そう思える。
それはきっと、雪にも、真一郎や早紀にも言えることだと思う。
あの時、雪は粟倉貴子(女子1番)を探すために龍彦たちと別れた。真一郎と早紀は、死が迫る中で、お互いを庇いあった。そんなことは、この状況下で簡単にできることではない。
雪は貴子を信頼している。そして真一郎はおそらく早紀を愛していて、早紀はそんな真一郎を信じた。それはおそらく、信じることが成せるものなのだろう。
「偉大だな」
「? 何が偉大だって?」
傍にいた陽一が、龍彦の呟きを聞いて尋ねてくる。
「人ってやつのことだよ。大事なものなんだなって……」
「へえ」
陽一は龍彦の言葉の真意が分かったような、分からないような表情をして呟いた。
――よし。
龍彦は陽一と光恵の顔を見て、声をかけた。
「陽一、そして早島。そろそろ俺は、脱出作戦を始めたいと思う」
「いよいよ、なんだ……」
陽一が龍彦に問いかける。
「ああ。俺たちは絶対にこの作戦を成功させる。それが今までに死んでいった皆のためだと思ってる。貴や秀美ちゃん、児島に御津。それに玉島」
玉島祥子(女子8番)の名前が出たとたん、陽一の顔が神妙な面持ちになる。そして、陽一は言った。
「そうだよ……龍彦、早島さん。絶対に成功させなきゃいけないんだ。玉島のためにも、皆のためにもさ」
――ああ。
龍彦はさっきからの陽一の様子の変化について、今更ながら疑問が解けた。確か陽一は、以前から祥子のことが……。少し前に、陽一が龍彦や彼女持ちの水島貴(男子18番)に相談していたことがあった。
――陽一。絶対に決めてやろうぜ。
「まず、陽一は硝酸アンモニウムを持ってきてくれ。倉庫にあったやつだ。その後で外の見張りを頼む。俺の銃は持って行っていいから。見張りは俺との交代でやろう。早島はガソリンとの調合の準備を」
「分かった」
「すぐに始めるわ」
陽一と光恵が返事をする。陽一はロッジの外にあった倉庫に行くために玄関の外に飛び出していった。
「……」
早島光恵はそっとポンプでポリタンクの中のガソリンを、調合しやすいように別の容器に移し替えていく。その傍らでは龍彦が、陽一の持ってきた硝酸アンモニウムを光恵と同じように袋から出している。その場には沈黙が流れている。
――駄目……。
光恵は、じわりじわりとではあったが自らの懸念していたものがやってきているのを自覚していた。人の死に対する嫌悪。祥子の死体を見て、自分の中が変わっていないことをはっきりと感じた。
同時に光恵は、そんな自分をも嫌悪していた。
人間を物扱いしてしまうような、そんな人間なのが嫌で仕方なくなっていた。そんな自己嫌悪がますます加速していく。
――今にも、壊れてしまいそうなほどに。
最初はそれでも良かったはずだった。自分は他人なんかどうでもいい人間。それでよかった。けれど、あの時早紀に「一緒に行こう」と言われてから、その気持ちは揺らぎ始めていた。
そして龍彦たちが与えてくれた生還への希望。それも、たった一人での生還ではなく、複数人での脱出。そして鯉山美久(女子18番)に襲われた時の、真一郎と早紀の姿。
光恵の心は激しく揺らいだ。このままでいいのだろうか、と。そしてそれでも変わることのない自らの深層心理に怒りさえ覚える。
――私は、一体……。
「どうかしたか、早島」
ふいに、傍らの龍彦が声をかけてきた。
「な、何でもないけど……?」
光恵は龍彦の問いをごまかしながら答える。ごまかす必要はないとも思ったが、怖かった。今光恵が抱えている悩みを打ち明けて、龍彦は自分に不信感を持ちはしないか、と。
もちろん、彼がそんな狭量な人間でないのは光恵も重々承知しているつもりでいる。しかし、不安は隠しきれない。
「なあ、早島」
「な、何?」
「俺、何となく感じちゃいたんだ。お前が……何か悩んでるなっていうのは。玉島が死んでから、どこかおかしいとは思ってたからな。それでさ、こんなこと言うのもなんだけど……人って、変われると思うんだよ。大事なものがあれば、きっと。それが良い方に行くか悪い方に行くかは分らないけどな」
そう言うと、龍彦はまた作業に戻った。
光恵は、龍彦の言葉を心で反芻する。
――人って、変われると思うんだよ――。
――仲間……。
光恵の脳裏にその単語が浮かび上がる。
今、光恵には仲間がいた。龍彦、陽一。死んでしまったけれど、真一郎と早紀。
仲間が今、自分にいる。だから自分は変わり始めている。それを実感した。そして同時に、そんな彼らを思う気持ちも生まれているように感じられた。
――ありがとう、政田君。皆。私、今なら変わることができる――。
<残り15人?>