BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第67話
平井誠(男子15番)は、ただじっと沈黙していた。
目の前に転がっているのは、後頭部が弾け飛んだまま冷たい雪混じりのアスファルトの上に倒れこんでいる大安寺真紀(女子7番)の物言わぬ骸。
誠がその姿を見て最初に抱いたのは戦慄で、その次に抱いたのは恐怖だった。
――大安寺……。
親友、福居邦正(男子16番)の死から、既に五時間ほどの時間が経過していた。その間、誠はひたすら自問自答を繰り返しながら過ごしていた。
――何故、あの時俺は美星を殺さなかった? 殺そうと思えば、いつだって殺せたのに。殺したいほどに、あいつを憎んだはずなのに?
その答えが見いだせず、自らを薄情者と心の奥で罵った。親友の仇――美星優(女子12番)の命も取ろうとせずに逃げた臆病者だとも。自分を追い込む以外に道が見つからなかった。そうやって彷徨ううちに放送の時間を迎え、やがて辿り着いた立体駐車場――最初はここに邦正と隠れていたことをその時になって誠は思い出した――J−4エリアで誠が出会ったのは、真紀の亡骸だった。
その亡骸のあまりの惨さに、誠は最初逃げ出したくなった。しかし、そうはしなかった。
ここで耐えきれずに逃げだすことを選びたくはなかった。臆病になりたくはなかった。せめて、真紀の弔いくらいはしてやりたい。
そんな思いだった。
そう思って誠は、そっと真紀の亡骸を抱えると仰向けに寝かせる。壮絶な死に様だけに思わず顔を背けたくなるが、そこは我慢した。 いくらなんでもそれは真紀に失礼な気がした。そして仰向けになった真紀の亡骸を見る。
その眼は恐怖と、無念に満ち溢れていた。
「死にたく、なかったんだもんな? 当たり前だよな、そんなの……」
――そう、当たり前のこと。そう、誠は思う。
真紀は死にたくなかったはずだ。狂気に満ちた目で誠と邦正を見ていた妹尾純太(男子11番)だって、邦正だって、優だって。そして……誠自身も。
――死にたくは、ない。
そんな思いがある。誠はその思いを嫌悪しきれない。
こんな思い、誰だって抱く思いだと思っていた。それに、誠には夢があった。邦正と一緒に、映画を作る。そして見る者全てを感動させることのできる素晴らしい作品を作ること。だから死にたくなかった。しかし、邦正が死んだ今、もうその夢は永遠に叶わない。
なのに、何故なおも死にたくないと思うのか?
――一体何のために、俺は死ぬのを拒んでいるんだ?
考えても答えが出なかった。
仕方なく、誠は作業の続きをする。真紀の眼を閉じさせてやろうと、真紀の瞼に手をやる。しかし真紀の身体はすでに死後硬直が進んでいたのか、瞼を閉じさせることはできなかった。
「……ごめんな、大安寺」
真紀に申し訳ない気持ちになりながら、誠はその場を離れようとする。その時真紀の亡骸を見た瞬間、誠の脳裏に蘇ってくる光景があった。
『誠、お前は生きろよ? 生きて……映画……』
邦正が死ぬ前に残した言葉。今の今まで、この状況下に呑まれて忘れていた言葉だ。邦正は、誠に夢を託したのだ。誠と邦正、二人で映画が作れなくても誠が生き残れば――。
もののみごとに、邦正は誠を死ぬ前に夢に繋ぎとめて逝ったのだ。そう思うと、涙が溢れてきた。
「あいつ……全部俺に任せっきりにしやがって……。完全に俺好みの映画にしちまうぞ……?」
泣きながら、誠は覚悟を決めた。一人ででも、映画を作ることを。生き残って映画を作る。そう決めた。生き残ってみせる。そう、決めた。
その時、雪を踏みしめる音が近くでした。何者かが、この駐車場内に入ってきたらしい。
――一体、誰が……。
誠が、緊張から強く邦正の形見のサバイバルナイフを握りしめたその時、その何者かは姿を現わした。
肩にショットガンを担ぎながら堂々とこの状況を理解していないかのように入って来たその姿――、間違いなく可知秀仁(男子4番)だった。そう、あの時誠を庇った邦正を撃ったあの男。
誠が秀仁に気付いた直後に、どうやら秀仁も誠に気付いたようだった。
「おお、平井じゃねぇか。何やってんだよ、こんなところで」
「別に……? お前こそ、どうしたんだよ?」
誠がそう言うと、秀仁は口元を歪めてにやけた笑いを浮かべながら言う。
「決まってるだろ? 生き残ろうと思って殺しにきたんだよ」
瞬間、秀仁が肩に担いでいたショットガンを下ろして誠に向けて構えた。
――来る!
誠は咄嗟に近くにあった車の陰に入りこむ。一寸遅れて、秀仁のショットガンがマズルフラッシュとともに銃弾を放ったが、幸い誠に当たることはなかった。
「死にたくないんだよ、俺はよ。誰だって、最初に考えるのは自分の命だ。他の奴のために死ぬのは馬鹿らしいじゃねぇか。人の命は大切だよ。でもだからって、俺が死んでいいってことはねぇ」
秀仁はそう言って、また笑う。そして続けた。
「そういや福居、死んだんだな。あいつも馬鹿だよ。お前庇って死ぬなんて、俺から見たら間抜けだよ。俺はあんな死に方するのはごめんだね」
「……邦正はお前に殺されたわけじゃない」
「へえ、じゃああの後で誰かにやられたんだな?」
「まあ、な」
誠がそう呟くと、秀仁が言う。
「ま、もう過去のことだしどうでもいいか。とりあえず、死んでくれよ」
その時誠は見た。誠に大した武器はないと思っているのだろうか、わざわざ近づいてくる秀仁の姿を。その姿を捉えた直後、誠はサバイバルナイフを強く握って車の陰から飛び出すと、秀仁のガラ空きの左腕に斬りつけた
「ぐあっ」
一声、秀仁が呻く。秀仁の左腕から、鮮血が滴る。よく見るとその左腕は肩にも包帯が巻かれていた(その傷は、庄周平(男子10番)によってつけられたものだった)。
誠は、一言呟く。
「生憎、俺は死ぬわけにはいかない。二人の夢を叶えるために、な」
<残り15人?>