BATTLE ROYALE
仮面演舞


第68話

「夢、だと?」
 秀仁が、苦痛に顔を歪めながらも言う。その表情には悔しさがにじみ出ている。武器では明らかに勝っていたはずの自分が傷を負わされたのが悔しいのかもしれない。
 そんな秀仁に、誠は言った。
「そうだ。俺と邦正の夢だ」
「ふざける、な。俺だって、夢がある。俺はサッカーが、好きだ。プロにだってなりたい。大観衆の前で、ピッチに立ちたい! 俺だって、夢を叶えたいんだよ!」
 言い終わると、秀仁は右手に持っていたショットガンを、どうにかコントロールして片手で構える。そして誠目掛けて、撃った。しかし片手で構えた銃身ではやはり安定しなかったのか、放たれた弾は見当違いの所に炸裂した。
 それを見て、誠はすぐに後ろに退く。誠の脳内はこの状況からの脱却のために何をすべきかを考えてフル回転していた。

――絶対に、生き残ってやる。

「……夢は、誰にだってあるよ。俺にも、お前にも」
 誠は言う。この状況で必要な行為とは思えなかったが、答えようと思った。さっきの、秀仁の言葉に。
「でも、生きるためには誰かの夢を砕かなきゃならない。お前だって分かってるんだろ? だから……ゲームに乗ったはずだ」
「じゃあ、お前は何なんだよ? ゲームに乗ったわけでもないくせによ!?」
「俺も、たった今乗った。このゲームにな」
 誠がそう言うと、秀仁は一瞬驚いたような表情を見せ、そして言った。
「面白い……なら、ここで俺を殺す気ってわけか。やれるもんならやってみやがれ!」
 しかし、誠は決して自分から攻撃は仕掛ける気はなかった。武器は、秀仁がショットガン。誠には自らの支給武器のフライパンと、邦正の形見となったサバイバルナイフ。これだけではどうにもならない。
 だからこそ、うまく秀仁を攪乱する必要があった。
 まず、誠は秀仁に背を向けて走りだす。即座に秀仁がショットガンを構えるのを誠は確認した。
 秀仁はまだ誠が傷つけた左腕が痛むのか、またしても片手でショットガンを構える。しかし、もともとショットガンというものは片手撃ちには適した銃とは言い難い。誠はそれをさっきの秀仁の銃撃から十分理解していた。
 そして秀仁が引き金を絞り、再びショットガンの銃口から銃弾が放たれた。だが、その銃弾はやはりおかしな方向へと飛んでいく。
「くそっ!」
 秀仁が毒づく。その間に誠は走る。この駐車場は、立体だけあって高低差があり、さらにレジャー客のものらしい車もかなりの数が残っている。

――これらをうまく使えば、秀仁にも勝てるかもしれない。

 誠はそう考えた。
 今誠がいる階――一階から、上に向かって走る。とにかく、秀仁の隙を見つける必要があった。

――生き残る。そう決めたんだ。邦正が叶えられなかった夢も……俺が邦正の分も一緒に、夢を叶えるんだ!

 もちろん、そのためにはクラスメイトを殺さねばならない。それは誠も重々承知している。なかなかその事実に納得することはできないけれど……しかし、夢のためには覚悟するしかないことも。
 きっと秀仁だって、同じ。誠はそう思っている。
 常日頃から自己中心的で、独善的で……、きっと秀仁はこのゲームに乗るのだろうとずっと思っていた。だから最初に見つけた時は声をかけるのを躊躇したし、事実彼はゲームに乗っていた。
 しかし、先程秀仁が言った言葉。あの時は普通に返したが、誠の心に秀仁の言葉は突き刺さった。

――俺だって、夢を叶えたいんだよ!

 彼にも夢はある。いや、きっともう死んでしまったクラスメイト達も生き残っている者も同じだ。
 誰にだって夢はあるのだ。誠も邦正も持っている夢を――内容や形は違えど誰だって。それは秀仁だって、例外ではない。
 生き残るということは、そんな彼らの夢を同時に奪うことになる。その事実が誠を未だに躊躇させる。

――俺に……可知をやることができるんだろうか……?

 そう思う。しかしその思考を、誠は二階への階段を駆け上がりながら必死で振り払う。
 違うのだ。「やることができるか」ではない。「やらなければならない」のだ。
 そうやって脳内で思考しながら、誠は二階へとたどり着いた。すぐに誠は、車の陰を探す。出来る限り、一階と二階をつなぐ階段が良く見える位置。そして同時に、そっち側からは死角にならなければならない。
 必死でそんな場所を探す。そして、階段脇の車の陰に素早く隠れた。
 やがて、階段の先で足音がするのが聞こえてきた。秀仁がやってきたのだ。誠は、力強くサバイバルナイフを握りしめた。そして左手にはフライパン。
 チャンスは、一瞬。誠はそう考えた。
 そして、秀仁が階段を上ってきたのを誠は確認した。秀仁は、まだ誠に気付いていない。やはり、誠が潜んだ場所は上手く死角になっていたようだ。
 秀仁は周囲を見回しながら、誠を探している。一瞬が勝負。その一瞬は、意外にすぐやってきた。

 秀仁が、一瞬だけ警戒を解いたのだ。武器の差を考えて少しばかり気を抜いたのか、はたまたすぐ近くにはいないと判断したのか――それは分からない。しかし、これは誠にとってもチャンスだった。
 すぐに誠は、車の陰から出た。秀仁に気付かれないように慎重に、秀仁の背後に近づく。しかしその直後、ふいに秀仁が後ろを向いた。
「――!」
 秀仁が素早くショットガンを誠に向ける。いくら銃身のコントロールができなくても、至近距離なら当てられるだろう。
 だが、誠は秀仁に撃たせなかった。左手に持っていたフライパンを思いっきり振るった。フライパンの底が秀仁の右腕を捉え、その衝撃で秀仁が苦悶の表情を浮かべてショットガンを取り落とした。
 その刹那、誠は右手の中にあるサバイバルナイフを突き出した。その血濡れの刃が、秀仁の脇腹を貫いた。
「う……ぐああああっ」
 どうやら肝臓を貫いたらしく、秀仁はナイフが刺さったままもがき苦しみ始めた。

――や、やった……のか?

 誠は、一瞬気を緩めた。

 それが、間違っていた。
 秀仁はまだ戦意を失っていなかった。おそらくは致命傷を受けながらも、まだ床に落ちていたショットガンを取ろうとしていた。気の緩んでいた誠は、それに反応できなかった。
 そして、秀仁がショットガンを取った。まだ痛みがあるらしい右腕で、どうにかこうにかショットガンを誠に向け構える。
「死にたく……ねえよ……」
 秀仁が漏らした、言葉。それが最後に誠が聞いた、言葉だった。

 銃声が、一つ響いた。

――ああ、俺……死ぬのか。
――ごめん、邦正。俺、駄目だった。生き残れなかった。邦正との夢、もう叶えられない。本当に、ごめん。
――可知も、ごめん。多分、可知も生きたかったんだ。でも、俺も生きたかった。もう、可知も死ぬかもしれないな。だとしたら、ごめん。本当に、ごめ、ん――。

 それっきり、だった。


 秀仁は、脇腹の痛みに苦しみながらも何とか仰向けに倒れこんだ誠を凝視する。
 誠はその胸部に穴を開け、そこから血液が溢れ出していた。眼は開かれていたが、その瞳孔は急速に散大し始めていた。間違いなく死んでいる。

――人を、俺は殺した。

「殺した……はは……」
 秀仁は、誠の命を奪ったショットガン――マッドマックスをじっと見る。
 遂に、殺人を犯した。

 ロッジから出発し、自らのデイパックからこのショットガンを見つけた時から秀仁は完全にやる気になっていた。死にたくなかった。 プロのサッカー選手になるのが夢だった。そのためにどんな努力だってしてきた。なのに……。
 殺し合いゲームなどに巻き込まれた。
 いくら自己中心的だといつも言われていた秀仁でも、まさか人を殺すなど――考えられなかった。
 しかし、死にたくなかった。叶えたい夢があった。だから、ゲームに乗った。人を殺す覚悟を決めた。
 恐怖に潰されまいと、必死で虚勢を張りながら行動していた。しかし、途中で見つけた
粟倉貴子(女子1番)を殺そうと必死で追いかけたが逃げられたのを皮切りに、うまく事は運ばなかった。
 そしてついには、命すら危ない状態になっている。
――いや、だ……死にたくないんだ、俺は……夢を叶えたかっただけなのに。ただ、それだけだったのに。

 なんで、こうなってしまったのだろう。なんで、一発で死ねた誠とは違って自分は、苦しみながら死を迎えようとしているのだろう。

 そんな思いが頭を巡る。そしてその時、かすみ始めた視界に映った誰かの姿。そして直後にやってきた、痛覚。
 それで、全てが終わったことを秀仁は感じた。
 最後に思ったことは、唯一つ。目の前の誰かへの感謝。
 ありがとう。苦しまずに死なせてくれて、ありがとう。
 そして、秀仁のすべては終わった。


 どうやら完全に事切れたらしい可知秀仁の亡骸を、
美星優(女子12番)はじっと見つめていた。
 一発の銃声を聞き、その方角へと優は走った。ひょっとしたら、銃を手に入れることができるかもしれない。そう思った。そしてそこにあったのは、胸を撃たれて死んだらしい平井誠の骸と、まさに死の淵に立たされた状態の秀仁の姿だった。
 それを見て、すぐに優は秀仁の胸部にレイピアを突き立てた。そして秀仁は、あっさりと逝った。
 しかし……優には意外なことがあった。現場の状況から見て、誠を殺したのは秀仁で間違いないだろう。では、秀仁を瀕死に追いやったのは誰なのか?
 誠がやったとは、優には思えなかった。最初に誠と会った時(つまり、福居邦正を殺した時)、優の眼に誠は誰も殺せない無害な人物にしか映らなかった。
 もし誠がやったとしたら、どういう心境の変化があったのだろうか? それが分からなかった。
――しかし、今となってはどうでもよいことだった。考えたところで、誠も邦正も秀仁ももうこの世にはいない。
 そう考えて優は、秀仁の傍らにあるマッドマックスを拾い上げた。ようやく銃を手に入れた。これで少しは楽になるだろう。
 すぐに優は秀仁のデイパックの中にあった残りのマッドマックスの弾を回収し、ついでに秀仁や誠のデイパックから食料も回収したうえで、その場を立ち去った。

 <PM7:12> 男子15番 平井誠 
 <PM7:16> 男子4番  可知秀仁 ゲーム退場

                           <残り13人?>


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