BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第69話
雪の坂道を歩く、二人の男子生徒がいた。その二人は、もう長いこと会話をしていない。否、する気になれなかったと言ったほうが正しい。
午後6時の放送で、少し前まで一緒に行動していた玉島祥子(女子8番)の死が告げられた。そしてつい先程二人が見たのは――その祥子の亡骸。
それでも彼らは止まれない。もう一人探さなければいけない人がいるのだ。上斎原雪(女子3番)――。祥子と共に、見失ってしまった少女。彼女はまだ、死んではいない。
彼女を探して二人――庄周平(男子10番)と多津美重宏(男子13番)は歩き続けていた。しかし祥子の死は、周平と重宏の口を完全に封じてしまっていた。
――もう、雪と祥子を見失ってから4時間ほどの時間が経ってしまっている。
周平は腕時計を見ながら考えた。隣では重宏が地図を見ながら歩いている。今の位置を確認しているのだろうか。しかし、少し前にE−9エリア辺りで祥子の骸を見つけた。そこから北の方角へと進んでいるのだから、大体の場所は周平にだって分かる。
それなのに、重宏はさっきからずっと地図とにらめっこを続けている。理由は……周平だって分かっていた。
重宏は、祥子の死を悔やんでいるのだ。もともと、二人を最初に見失ったのは重宏だった。そのことで、今重宏は激しい自責の念に駆られている。周平には分かるのだ。
そしてどこへ行ったかも分からない雪。放送で名前を呼ばれていないのは知っている。しかし、この会場にはやる気になったクラスメイトが確実にいるのだ。西大寺陣(男子8番)と戦っていた美星優(女子12番)のようなクラスメイトが。そして、あの『仮面』だってどこかにいる。
心配な人物は他にもいる。陣と、その恋人の粟倉貴子(女子1番)。
陣は出会ったあの時、共に行動するのを拒否した。陣は、吉井萌(女子17番)に「やらなきゃいけないことがある」と言ったそうだ。あの時周平は陣に、その言葉の真意を聞こうとした。しかし、陣はそれをはぐらかしてしまった。
周平は、あの時の陣の表情が気にかかっている。
陣は、あの時ひどく沈鬱そうな、辛そうな眼をしていた。一体陣に何があったのか? それは周平にも、重宏にも分からなかった。プログラムに参加させられる前から、陣はどことなく暗い表情を見せることが多かった。
そんな陣のことも、心配だった。それに、貴子だ。
雪の話だと、貴子はどうやら相当この状況下でキツイ目にあってきたらしい。
その状態で自分が『仮面』だと疑われた……。そして彼女は、雪の呼びかけに応じることはなかったという。
一体今、貴子はどうしているのだろうか? 陣は何をしようとしているのか? 周平には、分からないことだらけだ。
「……もうすぐ、A−9エリアに入るみたいだ」
その時、重宏がぼそっと呟くのが聞こえた。どうやら、知らず知らずのうちにかなりの距離を歩いていたらしい。
結局、その後もお互い全く言葉を発することもなくA−9エリア辺りまでやってきた。リフト降り場の横を通って、周平と重宏は雪道を歩いてゆく。
「……しょ……」
周平と重宏がさらに移動しようとした時、誰かの声が聞こえたような気がした。声をかけてきているのが事実であれば、それはやる気の人間ではない。周平はそう判断した。この状況下で、わざわざ殺す標的に声をかける奴がいるだろうか?
「庄、多津美」
間違いなかった。声は、今度こそはっきりと聞こえた。
声は、このエリアの奥まったところにあるロッジから聞こえてくるようだ。周平は、すぐにそのロッジのある方角を見た。
「庄、多津美」
また同じ言葉を繰り返して、ロッジの前に座り込んでいた人物――灘崎陽一(男子14番)が寄ってきた。その手には回転式拳銃が握られている。
「良かった、二人はやる気じゃなさそうだな」
陽一が言う。二人組で行動していて、なおかつゲームに乗っているなんていうことはそうそうないだろう。そう考えた上で、陽一は周平と重宏に声をかけてきたようだ。
「まあ、な」
周平は、陽一の言葉に答えた。
周平と重宏は、もともと陽一とはそこそこ話すことがあった。陽一の所属している野球部は雨の日に格技場で練習する時があり、その交渉のために陽一や政田龍彦(男子17番)、水島貴(男子18番)たちが周平や重宏のところにやってくることがあった。だから友人とまでいかなくても、それなりの面識はあった。
「でも、ちょうど良いところに来たよ、二人とも」
「ちょうど良いって、何がだ?」
重宏が、陽一の言葉に反応した。確かに、陽一の言葉は周平も気になった。何がちょうど良いのだろうか?
「今、龍彦と早島さんと俺で脱出のための作戦をやってるんだ」
そこで、周平は思い出した。確か、合流した時に雪と祥子が言っていた。貴子が最初の放送前に龍彦に会って、龍彦は陽一と共に脱出の作戦を立てていることを聞いたらしい、と。
貴子の言葉は事実だったのだ。
「二人ならきっと大丈夫だよ、何なら、今からロッジに来なよ」
「……でも、俺たちは上斎原を探さないと……」
そう重宏が言うと、陽一は驚いたような顔をして言った。
「そうか、そういえば上斎原さんと玉島さんは二人と一緒にいたんだっけ……」
その言葉を、重宏は聞き逃してはいなかった。
「灘崎、まさかお前……二人に会ったのか? いつだ、いつ会った!?」
「……玉島さんが、死んだ時だよ。俺たち、移動中に二人が仮面を着けた奴に襲われてるのを見て……龍彦が助けに入ったんだけど、結局玉島さんは……」
「で、上斎原はどこに行った?」
重宏がなおも詰め寄ると、詰め寄られる側の陽一が言う。
「なあ、ひとまずロッジに入らないか? 龍彦や早島さんにも話を聞いた方が良いんじゃない?」
「――」
――どうするべきか。
周平は少し悩んだ。一刻も早く雪を探しに動き出した方がいいのだろうか。それとも、ここは陽一の言うとおりに龍彦や早島光恵(女子11番)からも話を聞いた方がいいのか。
しばし悩んだ後、周平は結論を出した。
「分かった。とりあえずロッジに入れてくれ」
「ああ、分かったよ」
そう言って、陽一は周平と重宏にロッジの中に入るよう促す。陽一は中に入る様子は見せない。どうやら、まだ外で見張りを続けるようだ。そして二人は、ロッジの中に入る。
中では、食堂のテーブルについている二人の男女――おそらく龍彦と光恵だろう――が何かの作業をしている。
「おお、庄に多津美か」
そして作業をしていた男――龍彦が、二人が入ってきたのに気付くと立ち上がって二人の方へやってきた。光恵も作業を止め、周平たちの方を見た。
「さっき、灘崎に会ってな」
重宏が言った。
「そうか、陽一か……こうやって入ってきたってことは、やる気じゃないってことだな」
「ああ、俺たちはこのゲームには乗ってない」
今度は周平が答えた。そしてそれを聞いた龍彦は頷くと、陽一が言っていた作戦について話し始めた。
「多分、陽一から聞いているとは思うが……俺たちは今、このゲームから脱出するためにある作戦を実行しようとしている。今は俺と早島がその作戦のためのアイテムを作っているところだ」
「アイテムって……?」
周平は尋ねる。
「爆弾だ、俺たち特製のな」
「爆弾――!」
「これを、あの本部にぶち込む。上手くいけば、本部の機能は全てストップさせられるはずだ。そして俺たちをこのゲームに縛り付けている首輪も、外せるはずなんだ」
そう言って、龍彦は自らの首にある銀色の首輪を示す。そしてさらに続ける。
「そこで二人に頼みがあるんだ」
「頼み?」
重宏が言う。
「出来たら、他に俺たちの計画に乗る奴を探してきてほしいんだ。爆弾の方はどうにか出来上がりそうだから、あとはこれに乗る奴だけなんだ。今のところ、粟倉と上斎原は乗る」
「やっぱり、会ったのか。上斎原と」
重宏が少し興奮した様子で言う。龍彦は一つ頷くと、言った。
「二人は、上斎原を探してるんだろ? なら、そのついででも構わない。計画に乗ってくれる奴を探してくれ。このゲームに、乗っていない奴を。もちろん、二人が俺たちの計画に乗ってくれればありがたい」
しばらく、その場に沈黙が流れた。やがて、周平が口を開いた。
「いいだろう、それ以外に脱出する方法がないっていうのなら乗ってやる。ただし、まずは上斎原や陣、あと粟倉を探すのが先決になりそうだがな」
「ああ、もちろんそれで構わない。多津美は、どうだ?」
龍彦に尋ねられた重宏は、周平よりも早く結論を出した。
「俺も乗る。その代わり、成功させてくれよな」
「もちろんだ」
「ありがとう、二人とも」
横から、光恵が言う。光恵は言いながら少し深くお辞儀をした。
「じゃあ、行くよ。頼むぜ、政田」
椅子から立ち上がって、周平が言った。
「任せろって」
「それじゃあ……」
そう言って周平が食堂のドアを開け、外に出た時のことだ。
「待って、二人とも」
突然、光恵がドアの外までやってきて二人を呼び止めた。
「どうした、早島」
重宏が言う。
「二人とも、西大寺君も探してるんでしょ? ……なら、言っておいた方がいいかもしれないと思ったことがあって」
「……何だよ?」
「私、最初の放送のすぐ後に、西大寺君に会ったの」
「陣に? 一体、どこで?」
周平は食いついた。結構古い情報ではあるが、陣の足取りを知ることは重要な気がしたのだ。陣が何をしようとしているのか、そして陣が抱えている何かを知ることが。
そして光恵は、話し始めた。
「場所は……I−7辺りだったかしら? そこにあった美容院で会ったの。探し物をしていたって言ってた。すぐに別れたんだけど、何か様子がおかしかったような気がするの。今考えてみると」
「様子が?」
「そもそも、美容院の店舗で何かを探してたみたいなんだけど……、店舗側に役に立つものってそんなにないと思うの。武器か何かを集めてたようには見えなかったし……本当に些細なことなんだけど、話しておいた方がいいかなって思ったから……」
「……いや、ありがたいよ。どうも、ありがとう。それじゃ」
周平はそう言って、重宏と共にロッジを出た。その時に、見張り中の陽一にも挨拶しておいた。
周平は、気になっていた。光恵が話した、陣のこと。
本当に些細な話だったが、正直気になる部分が周平にはあった。重宏も何か考え事をしているようだ。
陣は、一体何を探していたのだろうか? 武器になりそうな鋏とかを回収したのかとも思ったが、以前会った時に陣は鋏よりも役に立ちそうなトンファーを使っていた。あれが陣に支給されたと考えるなら、わざわざ鋏を武器として持ち出す意味はない。それに光恵にそのことを言わない理由もない。光恵がやる気と疑っていたなら分からないが……。
しかし、周平はそこまでで考えるのをやめた。もう、これ以上そのことを考えていても先には進めそうになかった。
今は、雪や陣、貴子を探しだす方が重要なのだ。
「よし、行くか重宏」
「おう」
二人は、また雪道を駆け出していった。
<残り13人?>