BATTLE ROYALE
仮面演舞


第70話

 ふっ、と息をついた。
 このゲームが始まってからずっと動き続けていたが、たまには小休止するのも良いものだと思う。
 少しばかり疲れていたし、それに放送前のあの時――
児島真一郎(男子7番)御津早紀(女子15番)が起こしたガソリンスタンドの爆発。あれからどうにか逃れはしたものの、軽く火傷を負ってしまった。
 それ以来、ずっと火傷の治療も兼ねて休んでいたが……そろそろ休憩は終えて良い頃合いかも知れない。そう、
鯉山美久(女子18番)は比較的広い民家のリビングの中、テーブルの横に座り込んでメンソールを片手に持ち、鮮やかな金髪を撫でながら思った。

 正直な話、真一郎と早紀のあれは完全に美久のミスだったといっていい。手負いの標的を前に、気の緩みがあったのかもしれない。それが、手傷を負う原因になってしまった。
 それ故に今までずっと治療と休息を取る必要が出てしまい、少し前に銃声(
可知秀仁(男子4番)によるものだ)がした時もここ――I−3エリアにある民家のリビングにいたというのに、動けなかった。
 右手にあるメンソールを再び美久は口元へと持っていく。ゆっくりと煙を吸い込み、その風味を味わう。
 そもそもこの煙草は――
湯原利子(女子16番)に教わった。それ以来存外に役に立っているように思う。高ぶりすぎた興奮を鎮め、美久に平静を取り戻させてくれるように感じる。
 だが、その利子ももうこの世にはいない。いや、美久がこの手で殺した。
 けれど、別にそのことに対する感慨はない。
――ああ、そういえばこれは利子に教えてもらったんだな。
 その程度にしか思わない。
 よくよく考えてみると、美久は悲しみといった感情を感じた記憶がない。感情がないとかそういうものではないだろう。気付けばそうなっていたし、他の感情は少々希薄ではあるが存在する。
 それがいつ頃からだったかは知らない。覚えていない。しかしこれまでそうだったからといって別段困ったことはなかったし、それを怖いとも思わない。
 だが、一つだけ美久が心から興奮を味わえるものがある。それは『破壊』。
 何かを壊すことが、楽しくて楽しくて仕方がなかった。それは物でも、動物でも、人でも、何でも構わなかった。破壊することで美久は最高の感動と快感――まさしくエクスタシーに近いものを感じられた。
 だから気付けばそのために様々なものを破壊していたし、そのうちに不良扱いされ、利子とも知り合った。

 そしてこのゲームに参加することが決まった時、美久の心は躍った。思う存分破壊が――それも法律などには決して縛られない破壊――殺人が行える。そう思うと興奮してきて、興奮を鎮めるのにメンソール一箱分は必要だった。
 ゲームが始まって比較的すぐに、利子を見つけた。美久は何となく、利子が自分を利用していることも侮っていることも分かっていた。そして彼女は、銃を持っていた。
 銃があれば、美久に支給されたテトロドトキシン入りの注射器などよりも良い破壊が楽しめると思った。だからこそ、すぐに利子を殺した。
 それからというもの、美久は拳銃の威力に喜々としながら人を破壊して回った。殺すごとにその興奮は高まった。最高だった。しかし、まだ不足だと美久は思った。どうせならもっと壊し甲斐のある相手が良かった。それなら、きっともっと強い快感を得ることができる。
「楽しみ……」
 思わず美久はそれを想像して呟いていた。
 その時、すぐ外で足音が聞こえた。それを聞いた美久は、相手に気取られないよう慎重にリビングの窓に近づき、自分の姿が見えないように外を覗いた。
 窓のすぐ外を歩いているのは、
上斎原雪(女子3番)だった。その表情に緊張を浮かべながら歩いている。
 さらにその近くに、もう一人人影を見た。場合によっては戦闘になるかもしれない。
――とりあえずは、様子を見た方がいいわね。状況次第では外に出て……。
 美久は、いつでも外に出られるように準備を始めた。


 辺りには民家が立ち並ぶ中、上斎原雪は道路を西に歩いていた。正直な話、当てはなかった。貴子があれからどうなったのか、雪はまったく掴めてはいない。
「貴子……」
 雪はぽつりと呟く。少しばかり寂しさが募る。
 雪が想いを寄せる
庄周平(男子10番)多津美重宏(男子13番)もいない。幸島早苗(女子5番)玉島祥子(女子8番)吉井萌(女子17番)も、もうこの世にはいない。
 頼る相手も、仲間もいない。これからは、全て雪がやらなければならない。そう思うと挫けそうにさえなる。
 しかし、それでも雪は進まなければならなかった。貴子ともう一度会うのだ。もう一度会って、謝らなければならない。祥子が死ぬ前に言っていた。

――貴子、にあえ、たら……ごめん、って、伝え、て?

 それに、雪も謝らなければいけなかった。あの時雪は、貴子を守ることができなかった。守ろうと思えばどんな形でもできたはずだ。 なのに何も出来ずに……。そんな自分が不甲斐なくて仕方がなかった。
 もう一つ、雪は考えることがあった。あの『仮面』は……誰なのだろうか? 周平はあの渡場智花に近い人物――関係者だろうと言っていた。ということは、このクラス内に雪たちの知らない『チカ』の関係者がいることになる。
 一体、誰なのだろうか。雪は少しばかり自分なりに推理してみることにした。
『仮面』の元である人物――
シバタチワカ(転校生)は女だった。ということは、それに変装している『仮面』は女子生徒である可能性が高い。そのうち、既に死亡している生徒は除外。生存している女子のうち、雪が『仮面』を目撃した時に現場にいたのは早島光恵(女子11番)益野孝世(女子14番)。これも除外する(粟倉貴子(女子1番)は、残念ながら『仮面』でないという確証がまだないので除外できない。もちろん雪は除外したいのだが)。
 となると、あと生き残っている女子は雪を除くと貴子、
津高優美子(女子9番)美星優(女子12番)鯉山美久となる。可能性としては雪がまだ一度も見ていない優美子か美久、ということになりそうなのだが――断定はできない。確実な証拠などないからだ。
 あと気になるのは、
政田龍彦(男子17番)が言っていた『違和感』。
 龍彦は、『仮面』の服装に違和感があったと言っていた。それがひょっとしたら、『仮面』の正体に繋がるのだろうか……?
 雪はその後もしばらく考えていたが、もうそろそろやめることにした。完全に行き詰まっている以上、これ以上深く考えるのはプラスにはなりそうもなかった。ひとまず、今は貴子を探すことに集中したほうがよさそうだ。
 その時、雪は何者かの気配を感じた。道路の先……民家の脇の細道。そこに、誰かがいる。間違いなく、誰かがいる。

――まさか、『仮面』……? それとも、貴子……? それとも……?

 雪が様々な思考を廻らしている中、その細道から何かが出てきた。それは――銃口だった。

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