BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第71話
脇道から覗いた銃口。それが、雪の方を向いていた。
――狙われてる――!
思わず雪は近くの民家の塀に張り付く。そこならば、相手は雪を狙えない。そんなポジションにつく。
直後に、相手の銃口がマズルフラッシュを放つ。それは連続した閃光となって、続けざまに銃弾を放った。放たれた銃弾が雪道を抉ったが、雪には当たることはなかった。
――相手は、やる気……。
――やるしか、ないのかな?
雪はその右手に握られたトマホークを強く握りしめる。ここで殺されるわけにはいかない。そうなれば、相手を殺す……そんな覚悟をしなければいけないのだろうか。雪はそれがたまらなく怖く感じる。
――でも、誰……?
その時、その相手が脇道から姿を現した。
少しばかり丸みのある体型に、大人しさを表したたれ目。間違いなく雪の友人の一人の益野孝世だった。
だがその風貌は、最後に会った時とは大きく様変わりしていた。髪は酷く振り乱されてボサボサになってしまっていたし、目は血走っている。まるで孝世とは思えない風貌だった。
「もう……もう嫌よ! もう嫌!」
孝世は、今まで出したこともないような大声を張り上げながら、雪に再びその手にあるマシンガン――プロジェクトP90を雪に向ける。
山荘で雪たちが『仮面』と出会った後……孝世は酷く取り乱して、ついに雪たちを襲った。精神があの惨状に耐えられなかったのだろう。それ以来だ。
説得は出来るだろうか……いや、無理だろう。あの後も孝世はさらに精神を追い込んだように見える。ここでヘタに説得などすれば、逆上しかねない。何とかこの状況から抜け出す必要がある。
「みんな死ね……死ね死ね死ねぇ――!」
孝世がプロジェクトの引き金を引く。それを見て、雪はそれから逃れようと駆け出す。しかし、慌ててしまって雪に滑って転んでしまう。
「あっ!」
放たれた銃弾の一つが、そんな雪の右足を掠める。痛みが走る。しかし動けないほどではない。孝世がその間に再びプロジェクトの銃口を雪に向ける。
――ここで死ぬわけには、いかないの。
咄嗟に彼女は、足元の雪を握りしめ、孝世に向かって投げた。その雪が孝世の眼の中に飛び込む。それに怯んだ孝世が、一瞬銃口を逸らした。
その瞬間に雪はその身を地面から起こして、走り出した。右足は少々痛むが、この程度なら全く問題はない。とにかく孝世から離れる必要があった。確かに孝世は雪にとって大事な友人だ。しかし、もう孝世は……。
――ごめんね、孝世。
雪は、ただひたすらに駆けながら思っていた。
雪が立ち去った直後、孝世は眼を必死でこすった。やがて視界は再び広がり、目の前に雪景色の住宅街が見えた。
――逃げられた! 逃げられた!
孝世は心の中で歯噛みした。悔しかった。今まさにあの上斎原雪を仕留めるチャンスだったというのに、それをあと一歩で逃してしまった。それが孝世には悔しくてならない。
孝世の心は、あの山荘を出て以来ポロポロと崩れ始めていた。それはまるで風に吹かれて飛ばされる砂のようだった。
周りは全部敵に見えた。あの粟倉貴子(女子1番)だって、友人であるはずの孝世たちを『仮面』となって狙ったのだ(もちろん、貴子は『仮面』ではないのだが、そんなことは孝世は知らない)。
もう、外を歩いているのも嫌だった。そこで、あちこちを彷徨っているうちに見つけた立体駐車場に逃げこもうとした。だが、そこでも大安寺真紀(女子7番)にいきなり襲われた。すぐに、真紀をマシンガンで撃ち殺した(しかし真紀はすぐには死なず、後からやってきた鯉山美久(女子18番)に止めを刺されたのだが)。
何もかもが嫌になる。すぐにそこからは出ていった。そして先程、雪と出会った。孝世は途端に雪に憎しみを募らせた。
あの時、雪は貴子を庇った。人殺しであるはずの貴子を。それはすなわち、人殺しも同じだ。
――雪も、人を殺す! 私もきっと……。
そして、雪に向かってプロジェクトの銃口を向けた――。
視界もはっきりした孝世は、すぐに歩きはじめた。もちろん、雪を殺すため。あんな危険人物を放っておいたら、いつ狙われるか分からない。それを想像すると、あまりにも恐ろしい。
ゆっくりな足取りが徐々に速まる。道路を東に歩いてゆく。そろそろI−4エリアに入るだろうか。目の前にあのスタート地点のロッジへとつながる長い坂道が見えてきた。
「殺す、絶対に殺す……雪……」
ぼそぼそと呟く。それはまさしく呪文の如く。
その時だった。背後から何か音がするのが分かった。孝世はすぐに後ろに振り返った。背後には、金髪の少女が立っていた。どこか妖艶な笑みを浮かべた、美しい――、そしてその右手には、回転式拳銃。
刹那、その銃口が孝世に向いた。
「あっ――」
声が漏れる。しかし、声は最後まで発せられることはなかった。金髪の少女が放った銃弾が何かを捉えて砕く音が聞こえた気がして、そこで孝世は知覚、視覚、聴覚……全てを失った。
未だ硝煙の立ち上る銃口と熱い銃身。それを持つ回転式拳銃、S&W357マグナムを握って金髪の少女――鯉山美久は微笑んだ。
また上手い具合に、一人の頭を撃ち抜いて破壊した。そして新たな破壊のための武器――マシンガンを手に入れたのだ。
――私は、まだまだ壊すことができそうね。
そして美久は、雪の上で眉間に穴を開けて事切れている孝世の手からプロジェクトを取る。さらに傍らに落ちていた孝世のデイパックから、プロジェクトの替えの弾を出して、自らのデイパックに入れた。
食料は奪わなかった。休憩のために入った民家で食料はある程度手に入れていたし、もう必要はなかった。
しかし……今回も壊し甲斐はあまりなかった。壊し甲斐のある相手とは、いつ巡り合えるのだろうか? 美久は期待に胸を膨らます。
「楽しみね……」
そう呟いて、美久はその場を離れた。
<PM8:21> 女子14番 益野孝世 ゲーム退場
<残り12人?>