BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第72話
「女子14番が死亡しました。女子18番による射殺です」
モニター係の兵士がそう呼びかけるのを、浅口薫、いや渡場薫三等陸曹は黙って聞いていた。隣では、婚約者の作東京平二等陸尉がじっとモニターに映る生徒たちの首輪の反応を見つめている。
今、福浜幸成(岡山県岡山市立央谷東中学校3年C組プログラム担当教官)と犬島繁晃三等陸佐は揃って仮眠中だった。そこで薫と京平が、次の放送までの間の管理を任された。そして今、こうしてモニタールームにいる。
「もう12人……早いわね、京平さん。それにしてもあの女子18番……強いわね。これで七人目よ」
薫は、隣の京平に呟く。京平は、テーブルに置かれたマグカップを手に取って中のミルクティーを啜った。職務中はいつもミルクティーを啜っている。相変わらずだ。
「……『仮面』って呼ばれてるみたいね。あの子」
「らしいな」
京平はそう返して、またミルクティーを一口啜る。音は決してたてない。薫がそういう行為を嫌うと知ってからは、常に気をつけているらしい。そんな心優しい京平。
――でも……彼をこんなにも卑劣な行いに関わらせてしまった……。
そう思うと、薫の心は今も苦しくなる。京平は自分で望んで参加したのだからと言うが、それでも――。
もう、止まらない。この幸福などどこにもない戦いは。自分は間違っているのかと自問自答し、心が痛みだす。クラスメイトたちから『仮面』と呼ばれるあの子に言いたい。
――ごめんなさい。こんなことに巻き込んで、ごめんなさい――。
涙は出ない。流せない。涙を流す価値などもう、ない。でも……心は――。
――少し疲れた……。
そんなことを思いながら、『私』は林道の中を歩く。目の前の林道は、南の集落の方角とスタート地点のロッジの方角の二手に分かれていた。そのことから、『私』はここがF−7エリア辺りだと理解した(事実、探知機もそう表示している)。
放送前に玉島祥子(女子8番)を殺して以降、まだ誰もこの手にかけてはいない。さすがに疲れが出てくる時間帯だ。これまでなら、もう疲れ果てて眠っていそうなものだが……生憎、疲れているからといって休むことはできない。
まだ、奪わねばならない命は残されている。結局あの時は祥子こそ仕留めたものの、政田龍彦(男子17番)の妨害もあって上斎原雪(女子3番)を仕留められなかった。
しかも、あの後こっそりと龍彦たちの近くに戻ってきて木の陰で聞き耳を立てて情報を得ようとしたのだが……まずい情報を得てしまった。龍彦はどうやら、違和感に気付いてしまったようなのだ。旭東亮二(男子5番)も気付いていたであろう、『あれ』に。
またしても、隠すのが疎かになってしまっていたのかもしれない。幸いにも、龍彦はまだ『私』の正体には気付いてはいない様子だったが……少しばかり不安材料になりそうだ。
だがしかし、上手くいっていないわけではない。全ての終焉は確実に近づいている。その時を、決して逃しはしないだろう。
そしてその終焉の時には――粟倉貴子(女子1番)。彼女を舞台に上げてみせる。そして舞台から、奈落の底へと確実に突き落とす。 その時には……。
『私』がそんなことを考えていると、突如として手に持っていた探知機に反応があった。その反応に記された番号を見て、愕然とする。
――駄目だ、これでは殺せない……。
仕方なく『私』は、仮面を外す。そして素早く戻らねばならない。ごく普通のC組の生徒へと――。
『私』が仮面を外したその頃、庄周平(男子10番)と多津美重宏(男子13番)はF−7エリアへと到達していた。
政田龍彦たちと別れた後、南へ向かってみようということになってここまでやってきてみたが、未だに上斎原雪も、西大寺陣(男子8番)も、粟倉貴子も見つけられない。二人は徐々に憔悴し始めていた。
「どこに、いるんだろうな……?」
周平が一言、呟いた。
「これだけ、動き回っても……誰一人見つからないなんて、アリかよ……?」
何を周平が言っても、重宏は反応しない。周平は同時に悟った。重宏も限界に近づいているのだ。何一つ言葉を発してくれない。龍彦たちと出会った時は少しは喋るようになったのに、また元に戻っている。
――一体、どうすればいいのか――。
周平は、何の答えも見つけ出せない。そんな時だった。
「おい、周平」
ようやく重宏が言葉を発した。
「どうしたんだよ」
「今、誰かいたぞ」
「何だって!?」
重宏の言葉は衝撃的だった。ついに、他のクラスメイトを発見したのだ。もしもやる気でなければ、仲間に出来る。優先順位は雪、陣、貴子より後ではあったがそれでも嬉しかった。
「あそこだよ」
重宏が指さした指の先、そこに誰かが背中を向けていた。後ろ姿だけでは男か女かは分からない。歩いているようだが、どうなのだろうか? 話しかけて仲間にすることは……出来るだろうか? そしてあれは一体、誰だろうか?
――誰だろう?
周平が相手の正体を考えていた、その時だった。
突然その誰かが駆けだした。どうやら周平たちに気付いたらしいが、それにしてもまさに脱兎の如くという言葉がふさわしいほどだ。 あっという間に、その誰かは見えなくなってしまった。
「何で……」
重宏が呟く。
そう、なぜあの人物は逃げだしたのだろうか? やる気の人間の行動とは思えないし、かといってやる気がない人間があんな逃げ方をするだろうか。
分からなかった。逃げていった人物の正体。結局、その後も周平と重宏にはそれが誰だったのか、よく分からなかった。
<残り12人?>