BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第73話
G−2エリア、山の麓。そこを覚束ない足取りで歩く影が一つ。黒い肩口までのセミロングヘア。右手にはもともと幸島早苗(女子5番)のものだったブローニングハイパワーが握られているが、その右腕の動きもどこか不安定だ。
その少女――粟倉貴子(女子1番)は、未だにふらふらとしていた。
自らを『底』に落としてくれるであろう存在、『仮面』。貴子は未だに『仮面』に出会えないでいる。
会えなければ会えないほど、貴子の心にある気持ちは強まる。『底』に落としてほしい。醜くくだらない嫉妬に塗れていた自分を、この世界から消し去ってほしいと。そう思うと、殺人者であるはずの『仮面』が、まるで恋人のようにも思えてくる。
――さすがにそれは、陣に悪いか……。
ふと、恋人である少年――西大寺陣(男子8番)のことを考えてみる。このゲームが始まってから、貴子はまだ陣とは出会っていない。ただ、上斎原雪(女子3番)と吉井萌(女子17番)は陣と会ったようだから、何の情報もないわけではない。
その情報から考えると、陣にはやることがあるということらしい。
――何があるんだろう……。
考えてはみるが、思いつくものはなかった。それどころか、こんな考えが浮かぶ。
――やることが済んでも、私とは会わない方がいいかもね、陣。私は――汚い女だから。
思考はますます自虐的になってゆく。きっともう、歯止めはかけられないだろう。こうなったら、一刻も早く『仮面』に『底』に落としてもらわなければ。そして、全てを終わらせなければ。
そんなことを考えていた、その時だった。
「……粟倉さん?」
誰かに声をかけられた。一体誰なのだろうか? 貴子は思う。
相手は何者だろうか。自分を殺そうとしている者だろうか? だとしたら……困る。自分を殺すのは『仮面』でなければ――。
貴子の脳が、急速に思考を続ける。その時、話しかけてきた相手が改めて貴子に声をかけた。
「粟倉さん、どうしたの? 私よ、津高。津高優美子」
そう言って近くの木の陰から姿を現したのは、間違いなく津高優美子(女子9番)だった。そしてその右手には自動式拳銃(貴子は知らなかったが、アストラM3000という拳銃だった)が握られていた。
「津高、さん」
貴子は、辛うじてその口から声を絞り出した。そして同時に、少し優美子について考えてみる。
優美子は、このクラスでは特別目立った人物ではなかった。比較的整った大人びた顔立ちでこそあったが、いつも伊部聡美(女子2番)、木之子麗美(女子4番)、至道由(女子6番)の話を芳泉千佳(女子13番)と一緒に聞いていた記憶がある。
一応、いつも聡美たちと一緒にはいたが、深い付き合いをしているようではなかった。自分から話をすることもほとんどない、いわゆる大人しい女の子だ。
そんな優美子は、今この状況下で今までと同じような物腰で貴子に接している。
雰囲気からはやる気だとは思えないが、どこか特異な印象を貴子は受けた。
「……何を、警戒してるの? 粟倉さん」
優美子が一言、呟く。貴子はぎょっとして優美子の方を見る。優美子はその整った顔に微笑みを浮かべている。しかし右手のアストラは動くことはなかった。敵意がないのは、もはや間違いがない。
「大丈夫。私はこのゲームに乗ったりしてないから」
また一言、優美子が言った。そして続ける。
「粟倉さん……何か今までと違わない? 私、そういうのを見抜くのには自信があるんだけど」
あまりにも急な優美子の一言に、貴子はまた驚く。先程から優美子に圧倒されっぱなしだと、貴子は思った。そして優美子は、貴子の表情をじっと見た後、言った。
「ねえ、ちょっと私の話を聞かない?」
そこでまた、貴子は疑問に思う。常に聞き役であったはずの優美子が自分から話を振るなど、珍しいことだった。貴子が頷くと、優美子は話し始めた。
「ちょっと私、分かったことがあるの。このいつ死ぬか分からない場所で……私はどうしたいかってこと。このゲームが始まってから、私はすぐに食料とかを揃えてこの場所まで来たの。それでずっとこの場所から見守ってたの、皆のこと」
「見守ってた……?」
「ええ」
優美子はさらに続けた。
「私、人の行動を見てるのが好きなの。皆はこの状況からどう動くかとか、そういうことね。それで私は、このゲームでもそうしようって決めたの。傍観者でいようってね」
貴子は優美子の話を黙って聞いていた。しかし、優美子の考えが貴子にはさっぱり分からなかった。
「最後まで、私らしく生きるって決めたの。それが私のこのゲームでのスタンス。殺したりはしないけど、脱出とかも考えない。もう少し皆を見守ってから、頃合いを見計らって消えるわ」
「……津高、さん」
貴子はそこで、唐突に優美子に声をかけた。聞きたいことがあった。それは、その考えは、『死にたい』と同意義ではないのか? と。
優美子の言う考え方と、貴子の気持ち……似ているようで似ていないような、そんな気分にさせられた。その気持ちへの答えが、貴子は欲しかった。
「津高さんのその考え方は――『死にたい』とは違うの?」
「違うわ」
優美子ははっきりと否定した。
「死にたいっていうのは単なる『死にたい』よ。でも……私の考え方は違う。はっきりと言えるわ。私は何も失うことなく、全てに満足して逝くためにこの道を選んだ。でも粟倉さんの言うその気持ちに、満足はないわ」
「……ありが、とう。参考になったわ」
「どういたしまして」
「それじゃ……」
そう言って、すぐに貴子はその場を立ち去った。優美子の言葉を、その心の中でゆっくりとかみしめながら。
「……粟倉さん、やっぱり変ね」
貴子が立ち去った後、優美子は一言そう呟いた。
今の貴子には、何か生気が感じられない。それはもう、一瞬抜け殻かと思えるほどの酷さだった。しかし、何があったのかまではさすがに優美子にも分からない。
「まあ、事情はよく分からないけど……頑張ってね」
そう呟いて、優美子は貴子が去っていった方角を見つめた。
<残り12人?>