BATTLE ROYALE
仮面演舞


第75話

 空を見上げようとするが、厚い雲が未だに空を覆っていた。せっかく放送のあった頃に強くなった雪も今は止んでいるのに、と思う。
 
西大寺陣(男子8番)は、雲に覆われた空を眺めていた。F−4エリア……あのスタート地点の近く、初級ゲレンデの入り口と林の境。そこまでやってきたが、どうにも足取りは重くてこれ以上動くなと脳が指示しているかのようだ。
 仕方なく木陰にその身をもたれかけさせる。少し気分が良くなかった。せめて空を見れば、少しは気が紛れるかとさえ思ったのだが――どうにも変化はない。分厚い雲が腹立たしく思えてくる。
 目の焦点をそっと暈かす。何の気なしにやってみたことだったが、存外に気分は良かった。何だか自分を失ったような気分になる。本来なら自分を失うべきではないのだろうが……、今の自分など消えるにふさわしいと思える。
「くだらない人間だよ、俺なんかさ」
 一言呟く。もちろんただの独り言。誰かに聞いてもらおうなどとは思ってもいない。しかし――誰かに全てをぶちまけたくなることもある。

――貴子。

 恋人の、
粟倉貴子(女子1番)のことを思う。今、彼女はどうしているだろうか? 一人でどこかに隠れていたりするのだろうか?
 そう思うと、陣は無性に貴子に会いたくなる。会って、貴子に自分の思いをすべて伝えたい。自分の苦しみを受け止めてほしい。貴子の苦しみもきちんと受け止めてやりたい。お互いの苦しみを、お互いにぶつけられたら、どんなに良いだろう。
 しかし……陣は思い直した。今陣は、貴子と会ってはいけない。いつか必ず会わなければならないが――今はまだ許されない。
 貴子のことが好きだ。だからこそ会いたい。でもそれは駄目なのだ。何度そう思い直したか。だからあの時、
吉井萌(女子17番)と会った時、山荘から離れたのに。

――貴子に会いたくて仕方がなくなる。

「貴子……」
 その時、陣は微かに銃声のような音がしたのを聞いた。どうということのない、この状況下なら当たり前の音。しかし、陣は動いた。 その銃声のした方角へ。何かに駆り立てられるかの如く。


 西大寺陣が銃声のような音を聞いた少し前。G−1エリアの山の中。真っ白な新雪の上を
赤磐利明(男子1番)は歩いていた。
 雪を踏みしめる音が、新雪のせいでそこそこの音量で響く。それが嫌で仕方がなかったが、山を下るためには仕方がない(洞穴から東側に抜けるルートもあったが、そっちは斜面が比較的急で危険な感じがした)。
――出来る限り、慎重に動かないと。
 利明は、こうして洞穴を出てからも慎重に慎重を重ねて行動していた。しかし同時に、移動していてもこれだけ人数が少なくなっていれば他の生徒と出くわす可能性も下がると踏んでいた。

――それならば。

 利明は考える。
 さすがに移動の際に慎重になるのは仕方がない。しかし、殺すことに関してはある程度大胆に行ってもいいだろう。利明の支給武器であるVz61スコーピオン。これは戦う際に大きなアドバンテージとなるはずだ。
 ならばよほどのことがない限り、武器で勝る利明が有利なのは間違いない。他にクラスメイトを殺して武器を持っている者はいるだろうが、それでもマシンガンなどはそうそうあるはずもない。となれば、あとは自分と相手の能力差次第になる。
 そして利明は、身体能力にはある程度の自信があった。部活こそ生徒会長の仕事があってやっていなかったが、運動音痴ではない。運動部の奴から入部を誘われたことだってある。
 それは大きな武器とは言えないが、ある程度頼りにしていいはずだ。

 考えていると、ようやく山の終わりが見えてきた。
――やれやれ、この雪山さえ下りればあとは歩くのも楽に……。
 そう思いながら利明は山を下りた。その瞬間だった。
「――!」
 利明の眼に、何者かの姿が見えた。利明の目の前に立つ木の陰。そこにひっそりと背を向けて立っているのは……間違いなく
津高優美子(女子9番)だった。その右手には、自動式拳銃が一丁握られている。
 そして優美子は、利明に気がついている様子はない。
――チャンスだ。しかも、もう一つ銃が手に入る……。
 利明はすぐに、優美子にスコーピオンの銃口を向けた。その時、突然優美子が利明の方を向いた。

――気付かれた!? けど、まだ利はこっちに……。

 直後、優美子が言ってきた。
「撃てばいいわ。どうぞご自由に」
 そう言ったまま、優美子は全く動こうとしない。その右手に握られた銃――アストラM3000も構えられることがなかった。
「どういう、つもりだよ」
 利明は問いかけた。優美子が何を考えているのか、利明にはさっぱり理解できない。そして優美子が言った。
「もう、終わりみたいだから」


 自分の背後に、誰かが立っていることに優美子はすぐに気付いた。そしてその相手が殺意を持っていることも、何となく理解できた。
 そして、終わりを悟った。

 優美子は、幼い頃から自己主張というものが苦手だった。人前で何かを話すのが苦手で、人の輪にも入れず――孤立したまま、中学生になった。気がつけばその頃には、周りをただ眺めているのが楽しくなっていた。これといった趣味も持たない優美子には、それが一番の趣味となった。
 誰かの一挙手一投足を、心身ともに少し離れた位置から黙って見守る。決してその中に自分は加わらないし、誘われてもやんわりと断る。もしくはほんの少し距離を狭めるだけ。
 理解できない人はきっと多いだろうとは思ったが、優美子にはそれが楽しかった。何よりも大事なものだった。
 3年になり、
伊部聡美(女子2番)木之子麗美(女子4番)。それに至道由(女子6番)と知り合った。彼女たちの話を近くで聞いていて、彼女たちを見守るのがとてつもなく楽しいと感じた。
 それからは、彼女たちの話には加わらずに話をただ黙って聞いた。それだけで楽しく、全く飽きがこなかった。
芳泉千佳(女子13番)も優美子と似たような位置にはいたが、千佳と優美子では絶対的なスタンスが違ったはずだ。
 聡美たち以外のクラスメイトの姿を見ているのも、また楽しかった。至福の時を過ごせた。優美子は今でもそう思っている。
 二か月前に起こった、渡場智花の自殺――あれは優美子にとっても、心苦しかった。彼女の姿も見ていて楽しかったし、幸福になれた。
 しかし、所詮自分は傍観者だと割り切った。あの頃智花に起こっていたこと……それに優美子は加担したりしていない。しかし、決してクラスメイトのほとんどが行っていたあの行為を止めたりもしなかった。自分は、傍観者だから。
 傍観者ゆえに、止めたりしなかった。だから、心苦しくなるのもやめた。そんな資格はきっとない。それが優美子にはよく分かった。
 それ以後も、優美子は傍観者として生きてきた。
 そしてこのゲームが始まった時、優美子ははっきりと確信した。自分は優勝などきっとできないことが。そして、自分の最大の楽しみももう終わりが近づいていることが。
 だから、最後まで自分らしく傍観し続けようと決めた。そして終わりが来たと分かったら、大人しくそれを受け入れようとも。
 死ぬのが怖くないというわけではない。怖いものは怖い。しかし、見たいものは十分に見れたとも思える。それならば、もう悔いはない。終わりになっていい。

――さあ、その時がきたみたいね。
 そう思って、優美子は自分に銃口を向けている相手――赤磐利明の方に向き直る。そして言った。
――撃てばいいわ。どうぞご自由に。
 優美子の意図が掴めなかったのだろう、利明の表情が一瞬怪訝そうに歪んだ。そして言う。
「どういう、つもりだよ」
――もう、終わりみたいだから。
 優美子がそう言う。そして、利明も優美子の言っていることの意味が理解できたのだろう。一度真剣な目つきをして、その手にあるマシンガンをきちんと優美子にポイントする。

――赤磐君。あなたも見ていて、楽しかったわ。浦安君や児島君といる時のあなたはとても楽しそうだった。
――頑張ってね。

 そして、利明が連続して放った銃弾が優美子の全身を貫き――優美子の知覚を途絶えさせた。


「訳、分かんない奴だな……津高。何だったんだよ、一体……」
 利明は、硝煙立ち上るスコーピオンの銃口を下げながらそう呟くと、仰向けに倒れて動かなくなった優美子の亡骸に近づいてその右手のアストラを手に取る。それを自分のデイパックにしまうと、傍らに転がる優美子のデイパックから予備の銃弾を取り出してそれもまたデイパックにしまった。
 同時に、優美子の顔を覗き込む。その表情は比較的穏やかで、目は閉じられていて……利明が以前に殺した
浦安広志(男子2番)のそれとは比べ物にならないほど綺麗だった。
 そのおかげか、今回は吐き気などもしない。
 だが、銃声がしたことでやる気の人間が寄ってくる可能性がある。そう利明は思った。
――一刻も早くここを離れなければ。
 そう利明が思った時、近くで雪を踏む音がした。その音に反応して利明が振り返るとそこには、驚愕した表情を浮かべた
庄周平(男子10番)多津美重宏(男子13番)が立っていた。

 <PM10:09> 女子9番 津高優美子 ゲーム退場

                           <残り11人?>


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