BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第76話
庄周平は、目の前に広がる光景を信じられずにいた。
銃声を聞きつけて、やってきたその先にあったもの――雪を赤く染め上げて、その中心で仰向けに倒れ動かない津高優美子と、その傍らでマシンガンを持って立っている赤磐利明。状況から見ても、利明が優美子を殺したのは明白だった。
それでも、周平にはその現実は受け入れがたかった。未だ一度も、ついさっき人が死んだという場に居合わせたことのなかった周平には。
利明の表情が、歪んだ。そして、その手にあるスコーピオンの銃口が周平と多津美重宏に向く。
――赤磐は、やる気になっている――!
ようやく周平が悟ったその時、スコーピオンの銃口が連続してマズルフラッシュを放った。咄嗟に周平と重宏は横に動いた。放たれた銃弾が二人を貫くことはなかった。
「周平、そこの木の陰まで走るぞ!」
重宏が叫び、近くにある木の陰へと走り出す。周平もそれに続く。それを見て利明が、再びスコーピオンを撃ってくる。狙いは、間違いなく周平だ。
「くそ……っ」
周平も素早く、ベレッタの銃口を利明に向けて撃つ。一発、二発。走りながらだったせいで狙いが定まらず、銃弾は利明に当たることはなかった。しかし、利明が一瞬怯んだ。その間に周平は重宏が先に隠れた木の陰へと入った。
そして再び利明がスコーピオンを周平たちに向けて撃ってくる。木の陰にいる周平たちにはなかなか当たらないが、それが分かっているのか、利明も周平たちを仕留めるために移動を始めた。
向こうはマシンガンを持っている。一方で周平たちに銃はベレッタしかない。重宏の武器、鞭もマシンガン相手では役に立たないだろう。
戦況は、酷く不利だ。利明の移動を阻止しようとベレッタを撃って牽制するが、利明にはこちらの武器がそれしかないと分かってしまったらしい。先程と違って強気に移動してくる。
――どうしたら、いいんだ……。
その時、横にいた重宏が言った。
「なあ、周平。お前もう、行けよ」
「……え?」
周平には、重宏の言っていることの意味が分からなかった。思わず問い返す。
「行けって言ってるんだよ。その銃も持ってな」
重宏がそう言った時、周平にも重宏の言いたいことが分かった。重宏は、自分を置いて行けと言っているのだ。しかも、唯一の武器といっていいベレッタも周平に持たせて。
「ば、馬鹿なこと言うなよ! そんなこと出来るわけ……」
「ならこのままここで死ぬか? ほっといたら他にやる気になってる奴が来るかもしれない。いや、このまま赤磐に二人揃って殺されるかもしれない。それじゃ駄目だろうが」
「で、でもそんなこと――」
なおも抗議しようとする周平の言葉を、重宏が遮った。そして言った。
「なあ、周平。俺……命を賭けて守りたい子がいるんだ。ずっと前から好きだった子だよ。でも俺は知っちまった。俺にはその子を守ってやれないってことが。可知に襲われた時に、はっきりとそれが分かったんだ」
「……もしかして、上斎原、か?」
「――さあな」
周平の問いを、重宏ははぐらかす。周平も重宏が守りたかった者が誰かは分かる。――上斎原雪(女子3番)だ。間違いなく。
「とにかく、俺には好きな子を守る力もないのさ。しょうのない男だよなぁ、俺ってさ」
「重宏……」
「その子を守ってやれるのは――周平。お前だけだよ。俺には分かる。お前にはその力があるはずだよ」
重宏がそう言う。その瞳に、強い力がこもっている。周平は、重宏に言い返す。
「重宏、お前……俺に上斎原と親友を天秤にかけさせる気か? ふざけるなよ! 俺がそんな真似出来る奴だと思ってんのかよ……、出来るわけないだろうが!」
「出来る出来ないじゃない、必ずするんだ。生きてても、いつかそういう時が来ていたはずだ。それがちょっと早くなっただけのことだ」
「……そんな――」
周平がなおも言い返そうとした時、利明が周平たちの裏へと回ってくるのが見えた。このままでは、確実に二人ともやられる。
「さあ、行け。周平……」
そう言って、重宏が突然周平の身体を突き飛ばした。その身体が木の陰から出て、利明の前に出た。利明が周平の方を向く。
――やられた――!
走らざるを得なかった。重宏のいる木の陰とは逆の方向――ゲレンデ方向へと。利明がスコーピオンを撃ってくる気配はなかった。走る周平よりも、動いていない重宏の方が楽だと判断したのだろう。しかしそれは同時に重宏の……。
「馬鹿野郎……」
重宏は、それが分かっていて周平を突き飛ばしたのだ。あの状態では、周平は重宏から離れざるを得ない。無理にでも、周平を行かそうととした――。
「重宏の馬鹿野郎!」
思わず叫んだ。その叫びは、重宏にも届いたのだろうか。それは、周平には分からなかった。
利明が、重宏に向かって撃ってくる。重宏は木の陰から移動しながら考えていた。
重宏が守りたかった少女――上斎原雪。周平が言っていたことは当たっていた。重宏は、雪のことがずっと前から好きだった。どこがどう好きになったかなどは、正直分からない。でも、この気持ちは間違いがない。
しかし、同時に気付いたこともあった。雪の眼に映っているのは、重宏ではなく周平だということ。でも別に、それでも構わない。そう思おうと決めた。
――周平に、そのことを教えてやろうかとも思った。しかし、出来なかった。
やはり、どこかで割り切れない思いを抱いていたのかもしれない。何故自分ではなく周平なのか。何故周平は雪の好意に気付かないのか。それが悔しいのだと、分かった。
そして巻き込まれたプログラム。雪と出会えた時、本当に嬉しく思った。でもその気持ちは心の奥に隠すことにした。この状況で言ったところで、どうなるのか。そう思った。
だが、可知秀仁(男子4番)に襲われた時重宏は――雪、そして玉島祥子(女子8番)を見失ってしまった。そして祥子は死んでしまい、一人残された雪も危険に晒されることとなった。
――俺のせいだ。
思った。自分が二人を見失ったせいだと。そして自分に、雪を守る力も資格もないと。そう思えた。そう言われているような気がした。
もし、周平が自分の立場ならどうだったのだろう? そんなことも考えた。周平なら、二人を見失ったりせずに守り通せたかもしれない。弱気になる自分がいる。
でも、それでいい。このくらいが、ちょうど良い。最後に、雪に一人ぼっちにさせたお詫びがしたかった。そして親友を死なせたくなかった。
利明がまた撃ってくる。放たれた多くの銃弾が重宏の全身を背中から貫く。激しい痛みが重宏の身体を襲う。力の入らなくなった身体が雪の上にうつ伏せに崩れ落ちた。
雪が傷口に入って、どこかむず痒いような奇妙な感覚がある。そして薄れ始める意識。徐々に視野が狭窄し始めて……身体も動かなくなる。知覚も、聴覚も――。
――周平、上斎原を、守ってやってくれ。それで、上斎原や、陣や、政田たちと……生きて、帰って――。
そこで全ての感覚がなくなり、完全に意識が途絶えた。
こうして、多津美重宏はその生涯を閉じた。
<PM10:28> 男子13番 多津美重宏 ゲーム退場
<残り10人?>