BATTLE ROYALE
仮面演舞


第77話

 背後で、銃声がした。もう何度か聞いた連続した銃声。それを最後に、もう連続した銃声は聞こえない。
 それはすなわち、多津美重宏の死を表すものだった。その事実を強制的に受け止めさせられながら、庄周平は真っ白なゲレンデを駆けていた。
 雪を均していないせいか、走れば走るほど雪が空気中に舞う。しかしそんな些細なことを周平は気にも留めない。周平にはそんなことを考えているだけの精神的余裕などない。

 ただ、必死だった。

 走りつつ、重宏のことを思う。重宏はあの時言った。

――あの子を守ってやれるのは――周平。お前だけだよ。俺には分かる。お前にはその力があるはずだよ――。

 重宏が言う『あの子』。それはきっと、
上斎原雪(女子3番)のことだ。それは間違いない。長い間重宏と付き合ってきたのだ。分からないはずがない。しかし、雪を守れるのが自分だけと言った重宏の真意。それだけはどうしても分からなかった。
「分からないよ、分からないよ重宏……どうしてだよ――!」
 そんな聞く相手もいない呟きの途中で、突然周平はバランスを崩した。いつの間にか、ゲレンデを外れて林の中へと入っていた。そして周平がやってきた位置――D−4エリアは、ゲレンデより低い位置にある。
「あっ――」
 足を踏み外した周平は、一気に林へと向かう坂道を転がり落ちた。その途中で雪を全身に浴びたが、それを気にしている余裕はない。
 あっという間に、周平は下の地面に辿りついた。しかし雪のせいか痛みは特にはない。
 周平が立ち上がろうとした時、目の前に誰かが立っているのに気付いた。
「庄……君?」
 そこにいたのは、
粟倉貴子(女子1番)だった。
「粟倉……」
「何が、あったの?」
 貴子が、周平に問いかける。その眼は周平が見てもはっきり分かるほどに虚ろで、酷く疲れきった雰囲気が漂う。だが周平はそれには構わずに、何があったかを説明した。
 赤磐利明が津高優美子を殺したこと。利明が周平と重宏を殺そうとしてきたこと。重宏に逃がされたこと。そしておそらく重宏はもう……死んでいること。
 その話を、貴子は黙って聞いていた。聞き終わると、貴子は一言、言った。
「二人は、雪に会ったの?」
「――ああ。少しの間だったけど、上斎原と玉島が一緒にいたよ」
「そう……」
 貴子はそう呟いて、また黙り込んでしまう。周平は、貴子に言った。
「……政田たちが言ってたよ。上斎原は、粟倉を探してるって。俺も理由はよく知らないんだけどな。だから……俺と一緒に来ないか?」
「庄君、と?」
「ああ、俺は上斎原と陣を探してる。一人でいるよりも、二人の方がきっと探しやすいと思うんだよ。だから――」
「いいよ」
 そう言って、貴子が話の途中で遮った。
「私は、二人には会えないよ。私は汚い女だから……、最低の女だから」
「何言ってるんだよ、粟倉」
 周平は貴子の言葉を止めようとする。しかし貴子は言葉を止めない。訥々と、話し続ける。
「私、もう……脱出とかそういうのも考える気はないの。私は今、死ぬために生きてるんだもの。津高さんにも、会った。津高さんは言ったの。私の気持ちに満足はないって。でも……やっぱり私は駄目なのよ。全てを壊して、消える。そう、『仮面』にね」
「『仮面』? 『仮面』にって、どういう――」
 周平が言うと、貴子はこう呟いた。
「何だか私、『仮面』が誰なのか分かった気がするの。考える時間があって……分かったの。だから、余計に私は庄君と行動できない。庄君を悲しませたくないから」
 そして、また一言。
「さようなら」
 貴子は立ち上がると踵を返して歩いていく。周平は引き留めるために貴子の後を追おうとする。しかし貴子は途中から走り出してしまい、追いつくことはできなかった。

――『仮面』の正体って……何だ?

 貴子が最後に言った言葉の意味。まさか貴子は、『仮面』が誰だか分かったというのだろうか? だから周平を悲しませたくない……?
 そこで周平は、貴子の言葉の意味を悟った。
「ま、まさか――」
 しかし、その先の言葉を言うことはできなかった。そこまで言った周平の視界に飛び込んできたのは――周平が転がり落ちた斜面に立ち、こちらにマシンガンの銃口を向けている赤磐利明の姿だった。
 危険を察知して、すぐに周平は駆け出す。ベレッタを使っている余裕はない。それに、今周平がいる場所は林の中。高いところから攻撃すれば、木が邪魔になる。それは利明が下りてきても同様だ。
 事実、しばらくマシンガンの音はしたが一発も周平には当たることなく、やがて利明の姿も完全に見えなくなった。それでも周平は走り続けた。いつの間にか、さっきまで考えていたことも記憶の隅にやってしまっていた。


――逃がした……!
 赤磐利明は、庄周平を仕留められなかったことにその場で地団太を踏みたくなるほどの悔しさを覚えていた。
 もう今ならば、誰を殺そうが吐き気などは催さない。それがはっきりと分かった。このままもっともっと積極的にいける。そう確信していた。
「絶対に優勝してやる……。俺は……死にたくない」
 改めて、自らの決意を口にしてみる。死にたくない。その思いは強い。他のクラスメイトだって同じはずだ。しかしそれはそれ、これはこれだ。自分が死にたくない。これが最優先事項だ。
 その時だった。背後に、誰かの気配を感じる……。そんな気がして振り返る。
 利明の視線の先――、ゲレンデを悠然と歩く一人の人物がいた。長い黒髪。右手に日本刀。そしてその顔には真っ白な仮面。
「な、何で……何で生きてるんだよ……!?」
 利明は驚愕するほかなかった。無理もない。死んだと思っていた人物が生きているのを目の当たりにしたのだから。その人物は、
シバタチワカ(転校生)だった。

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