BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第78話
――何で、何でこいつがここにいる!? だってこいつは、最初の放送で名前を……!
利明は、全身が竦む感覚を覚えた。まったく理解ができない。最初の放送で確かに、あのシバタチワカは名前を呼ばれた――死んだはずだったのだ。それが何故、ここにいるのか。
恐怖で身体が動かなくなる。しかし何とか身体を動かさなければならない。シバタチらしき人物は今確かに、利明に対する殺意をむき出しにしている。
その眼が……氷のように冷たい。
「あ、あ……」
口から勝手に声が漏れるのが分かる。怖い。あまりにも危険だった。あいつは――危険すぎる!
「あああああー!」
利明は、自分でもよく分からない奇声を上げながらスコーピオンをシバタチらしき人物目掛けて撃ちまくる。続けざまに放たれる銃弾のシャワー。しかしシバタチらしき人物はそれを意に介さぬかのように左に走り出す。
――何のつもりだ!?
利明も相手が走った方角へ向く。シバタチは右手の日本刀を左手に持ち替えると、右手で懐から拳銃(それは旭東亮二(男子5番)から奪ったコルト・ガバメントだった)を抜き、利明に向けて二発撃った。それはあまりにも滑らかで、素早い動作だった。
その早い動きに、利明は対応しきれなかった。動く間もなく、銃弾の一つが利明の腹を貫く。腹にできた穴から、緋色が溢れ出す。
「あ、あう……あ、ぐ」
変な声が漏れる。集中が乱れる。初めて味わう、自らの痛みが利明を苦しめる。結構な急所にあたったらしく、視界がかすかにぼんやりしている。
――痛い、痛い! 痛い! こんなにも痛いのかよ!?
そして、その一瞬の集中の途切れがいけなかった。痛みに耐えかねて下を向いていた利明が顔を上げると、目の前にあの真っ白な仮面があった。こちらがマシンガンを撃てないと判断して、突っ込んできたのだ。そしてぼんやりした視界に見える、日本刀。
――おい。俺はここで死ぬのか? 嫌だ。死にたくない。俺はまだ死にたくないよ。
――まだやりたいことだってあるんだよ。まだ人生全然楽しめてないよ。恋だってしたいよ。仕事だってやってみたいよ。高校にも、大学にも行ってみたいよ。
――楽しいこと、まだいっぱい俺を待ってるんだよ。まだ十五なのに……こんなところで惨めに死にたくないよ。
――俺は、生きたいんだよ。俺はもっともっと生きたかったんだよ。どうせなら、百まで生きてみたかったんだよ。
――……俺、本当に人を殺したくなんかなかったんだよ。友達とかも捨てて、生き残りたかったけど……それでもあいつらといると楽しかったんだよ。
――高之にスプラッター見せられて卒倒してた広志に会いたいよ。自分勝手だけど、サッカーしてる時は本当に輝いてた秀仁に会いたいよ。いつも無口だけど、御津を見るときだけ表情が変わってた真一郎に会いたいよ。無駄に暑苦しいけど、悪い奴じゃなかった高之に会いたいよ。
――俺、そいつら皆捨てたよ。でも、捨てたくなかったよ。馬鹿ばっかりだったけど、親友ってほど濃い付き合いしてなかったけど、楽しかったんだよ。
――あいつらともう少しだけでいいから、平和に呑気にしてたかったよ。
――何で、こんなことになっちゃったんだよ。
――何で――。
一瞬のうちに様々なことを思う。しかしその思いはあまりにも虚しくて――。
視界が一瞬にして真っ暗になる。一体自分がどうなったのか。全く分からなかった。覚えているのは、左手に残った何かの感触だけだった。
足下に、血に濡れた骸が一つ。腹部からは血を流し額に真一文字に裂傷を作ったまま、その骸――赤磐利明の骸は仰向けに横たわっていた。その顔は無念そうな表情に歪み、その眼は強く閉じられていて……目じりには涙が伝っていた。
その血液に濡れた手元には、雪に白を溶け込ませながらも赤のアクセントを利かせている仮面。死の瞬間、利明が剥ぎ取ったのだ。その、最後の力で。別に利明自身が狙ってやったわけではないけれども。そして彼自身はその下の顔を見ずに逝ってしまったけれど。
眼の下の部分を赤く染めて、まるで血の涙のような模様ができた仮面をそっと拾い上げる。
拾い上げたのは、あまりにも冷たく凍りついた悲しい眼を持った一人の少年――西大寺陣(男子8番)。その眼の下にも、まるで仮面と同じように涙の痕が残っている。
陣はそっと、利明に仮面を剥がれた時にずれてしまった黒いロングヘアーのウィッグを取ってデイパックにしまう。拾い上げた仮面もその中に一緒にしまいこむ。次に陣は、利明の所持品を漁る。
まずは手に持っているスコーピオン。これを拾い上げるとデイパックにしまう。これだけでもギリギリの量だ。スキーウェアを着ているおかげで、他の物は懐にしまっても目立たないから助かっている。
デイパックの中も漁る。中には津高優美子のものだったアストラとその予備の弾、そしてスコーピオンの予備の弾がある。それらを全てデイパックにしまおうとするが、入りそうにない。
結局スコーピオンを懐に入れることでどうにかした。これで懐にはコルト・ガバメントとルガー、そしてスコーピオンが入ることになる。ポケットには探知機が入れてある。
陣はすべての作業を終えると、デイパックから本来の支給武器であるトンファーを出して日本刀をしまう。これを持ち歩いていると『仮面』だとすぐにばれてしまう。
そして、完全に西大寺陣に戻った。
眼はずっと冷たく凍りついたまま。ただ、少しだけ融けそうなそんな気配を感じさせる眼。
そのまま、陣は立ち去る。目的は、殺すこと。
<PM10:46> 男子1番 赤磐利明 ゲーム退場
<残り9人?>