BATTLE ROYALE
仮面演舞


第8話

 芳泉千佳がその身にひんやりとした冷たさを感じ、覚醒し始めたのは、庄周平多津美重宏が立ち去ってからすぐのことだ。
―冷たい…何でだろう…。
 千佳はそこで、背中に走る痛みを感じた。そして、全て思い出した。
 レイピアで周平と重宏に襲い掛かり、そう、周平が拳銃を(そんなものを持っていると知っていたら、千佳も二人を襲ったりしなかったのだが)千佳に向けて撃ち、そして重宏に鞭で打たれた。その後の記憶がなかった。
―気絶、してたのか…。
 そっと千佳はその身を起こす。周囲には誰もいないようだ。
 早くレイピアを拾って、次に備えなくてはならない。だって…生き残らなければならないのだから。

 千佳の両親は、徹底した愛国主義者だった。
 特に父の愛国心は妄信的なもので、千佳は幼い頃から父に、プログラムの存在と、その意義について吹き込まれてきた。

―いいか、千佳。プログラムという制度は、この瑞穂の国を守るための優秀な少年少女を育成するための素晴らしい制度なんだ。お前もきっと優秀な子だ。だから、プログラムに参加するようなことがあれば、絶対に生きて帰れ。そして国を守るんだぞ。

 それが、父の教えだった。
 そんな父の影響で、純粋な愛国主義者として成長した千佳は、小学校、中学校と進学して愕然とした。
 クラスメイトには誰も、千佳のような愛国心に溢れた者がいなかったのである。それはおかしいと思った千佳は、クラスメイトたちに国について説いてまわろうと試みた。
 しかしその行為は千佳とクラスメイトの間の溝を深めるだけだった。
 そんな中でも、
伊部聡美(女子2番)たちは千佳と親しくしてくれた。そんな聡美たちに、千佳は多少なりとも恩義は感じていた。
 だが、それとこれとは話が別だ。
 千佳の夢、それは―政府の要職に就き、この国を動かすことに携わることだ。そのために、このプログラムに生き残る必要があった。
 生き残らなければ、その夢は叶わないのだ。
 そして何より、プログラムはこの国の守らねばならない重要な法律でありルール。愛国心ある者なら、この闘いには積極的に参加しなくてはならない。
 そんな義務感も、千佳を突き動かしていた。

 完全に覚醒した千佳は起き上がって、レイピアを探した。しかし、レイピアが見つからない。
ーレイピア、レイピアは何処に…?
 千佳は雪の上に這いつくばって、レイピアを探した。その時だった。
「芳泉さんの探してるのって、これ?」
 頭上からそんな声がして、振り返るとそこには、レイピアをその手に持った誰かが立っていた。
「あっ、それよ。返して」
 千佳は言う。
「うん。はい、どうぞ」
 そう言って相手はレイピアを差し出す。千佳はその姿を見ながら考えていた。
―返してもらったら、そのレイピアでこの人を殺そう。そしていい武器を持っていたらそれを手に入れて…。
 しかし、千佳のそれは皮算用に過ぎなかった。
 レイピアを持ったその相手は、返すふりをしてレイピアの柄を握り、千佳の首筋にその刃先を突き立てていたので。
 刃が抜かれると同時に、鮮血が吹き出す。そして、千佳の意識は、深い深い深淵へと沈んでいき、もう戻ってくることはなかった。

「…こうも簡単に騙されるなんて、やる気なら、目の前の人間を疑うことから始めなきゃ、ね? 芳泉さん」
 血に濡れたレイピアを握り締めた少女―美星優は、目の前でうつ伏せに倒れ、もう動かない千佳の死体を見下ろしながら、呟いた。
 全ては、芝居だった。
 千佳を気絶させた周平と重宏を追い払うために、優はまず、支給された武器のエアガン(こんなことで役に立つとは思っていなかった。捨てなくて正解だった)を二人に向けて叫び、気が立って今にも銃を撃ちそうな少女を演じた。
 距離もそれなりにあったし、エアガンだとばれることは考えていなかった。
 そして目論見どおり、二人はその場を去った。千佳とレイピアを置き去りにして。後は千佳からレイピアを奪って殺し、立ち去るだけだった。
 千佳が覚醒したのは予想外だったが、彼女にレイピアを渡すふりをすることでカバーできた。
―全ては、今や女優としても活躍する優だったからこそ可能な芸当だった。

「私…次の連ドラ出演が決まってるの。映画の話だって来てるし…、死ねないのよ。スターになるためには。それに、プログラム優勝なんて、芸能界でも箔がつきそうじゃない? だから私は、殺すわ」
 優はまた、物言わぬ千佳の身体に向かって呟く。
「うっ、うわあっ!」
 そんな声がして、優が声のした方向を向くと、坊主頭の少年―
灘崎陽一(男子14番)が、こちらを茫然とした様子で凝視していた。
 優が陽一のほうに少し歩くと、陽一は慌てて踵を返して走り去っていった。
 見つかってしまったが、でも構わない。彼が優がやる気だと知ったところで、それを教えて回れる人数など高が知れている。
「もっと強い武器が要るわね…、銃とか…」
 優は、そう呟くと千佳のデイパックを拾い上げて、その場を立ち去った。後には、新雪を赤く染めた少女の死体が残るばかりだった。

 (AM2:07)
女子13番 芳泉千佳 ゲーム退場 

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