BATTLE ROYALE
仮面演舞


第80話

 B−4エリア。木々に囲まれた雪の中、西大寺陣(男子8番)は佇んでいた。
 ポケットの中にある探知機を出して、反応を確かめる。しかし反応は陣の近くにはなさそうだ。あの時
赤磐利明(男子1番)は何者かを襲っているようにも見えたが、その相手はもうこの近くにはいないようだ。
 陣は探知機を再びポケットにしまい直してから考える。先程の放送で名前を呼ばれていた親友、
多津美重宏(男子13番)
 重宏と
庄周平(男子10番)、それと上斎原雪(女子3番)と陣は一度会っている。あれは確か、今いる場所から近かったはずだ。そして少し前に、F−7エリアでも出会った。
 あの時は正直な話、陣も相当焦った。仮面を着けている姿を間近で見られたりするのは危険だった。ただでさえ、二人のことを殺すつもりはなかったのだから。すぐに仮面を外して逃げ出したが……どうだったのだろうか? あの後に重宏は死んだのだろうか?
 重宏の死は辛い。しかし……殺したくない者が最良の形でいなくなったともいえる。あまりにも危険な思考だが、そう考えなければいけない。そう陣は思っていた。


 最初、陣にはこんなことをするつもりなどはなかった。渡場智花の死だって、自分に救えなかった自責の念こそあれ誰かを恨む気持ちなどなかった。
粟倉貴子(女子1番)に告白し、これまで付き合ってきたのだって自分の本心からのものだった。
 しかし、それでも智花を失ったことは心に深く残っていた。そして始まったプログラム。
 自分が出発する順番が来るまでの間、陣はずっと同じことを考えていた。智花の死に対する贖罪。

――これはきっと、智花を救えなかった自分への断罪であり、自分はそれに逆らってはいけないのだ。

 そう思った。だから出発してすぐに、やることは決まっていた。貴子を探すこと。貴子を探して、自分のこの考えを聞いてもらおう。そう考えた。それはきっと、他人が聞いたら訳のわからないことだと思うだろう。しかし、陣にはそれしか考え付かなかった。
 だがスタート地点に貴子はいなかった。仕方なく陣は自力で貴子を探すことにしたが、その途中、G−7エリアであの仮面の女――
シバタチワカ(転校生)に出会った。
 シバタチに出会った瞬間、陣は自分の死を覚悟した。ここで自分は終わりなのだ。そう思っていた。だが待っていてもシバタチに陣を殺そうとする素振りはなく、何故か陣に話しかけてきた。
「陣君?」
 その言葉は、衝撃だった。何故シバタチは、陣にこうも馴れ馴れしく話しかけてくるのか。全く分からなかった。
「……俺を知ってるのか?」
「そうよ、私はあなたを知ってる。けど、良かったわ。私は、あなたに会う必要があったから……あなたのすぐ後に出発する必要があったの」
「会う必要?」
「ええ。あなたは……渡場智花の死の理由は知ってる?」
 いきなりシバタチが智花のことを聞いてきたという事実に、陣は戸惑いを隠せなかったが答えた。
「いや、知らない。でも……俺のせいかもしれない。智花が死ぬ前に俺は、あいつに会っていたのに……何も聞けなかった。何も出来なかったんだ」
 シバタチは、沈黙したまま何も語ろうとはしない。陣は、自分の思いを迷わず吐露していた。相手が何者かも分からなかったのに、何か安心できるようなそんな気がしていた。
「俺は罪深いんだ……。だからこのゲームで、俺がやることは決まってる。すぐに死ぬことだ。それが贖罪になるのかどうかなんて分からないけど、断罪に逆らっちゃいけない。そう思ってる」
「……あなたが罪を感じる必要はないわ」
 そう言って、シバタチは突然その顔に着けられた仮面を取った。そこには智花に似た顔があった。陣はその顔に見覚えがある。確か智花の姉の――。
「薫よ。陣君とは、何度か会ったことがあるわね」
「ええ……」
「今回は、智花と仲良くしてくれてた陣君に話したいことがあるの」
 そして薫は、今回のプログラムのことを話した。本部の主だった人間は全て、智花や渡場家に関わりのある者だということ。智花の自殺に疑問を持った親族が独自に調べた結果、このクラスの一部の生徒たちによる苛烈なまでの無視が智花の自殺の理由であるということ。そして首謀者は粟倉貴子であること――。
 首謀者は、貴子。その言葉を聞いた時、陣の中で時が一瞬止まった。まさか貴子が。そんな気持ちがあった。
 薫は続けた。
「それで、陣君にお願いがあるの。これを、受け取ってほしいのよ」
 そう言って薫が渡してきたのは、シバタチの仮面と日本刀。それが示す意味を陣は即座に理解した。

――憎きこのクラスの者たちを、殺してくれ。

「……何故、俺に? 俺も殺して、あなたが全員殺せばいいじゃないですか」
 陣は当然といってもいい疑問を口にした。わざわざ陣に殺人を依頼する理由。それがあまりにも見えなくて混乱していた。
「最初は、私も反対したわ。でも……福浜――父はもう、止まらないわ。もう、この動きは変えられないの。父はあなたすら恨んでいる。あなたが考えているのと、同じ理由でね」
「そう、ですか。……分かりました。俺が殺しますよ。皆も、そして貴子も」
「そう――ありがとう、陣君」
「でも、条件があります」
 その言葉に、その場を去ろうとしていた薫が立ち止まり、聞く。
「何かしら?」
「一つ。貴子を殺すのに時間がかかっても文句は言わないこと。もう一つは――もし俺が優勝したら、俺を殺してください。次は殺されてもいい。いや、殺してほしいです」
 薫の表情が驚愕に歪んだ。そして言った。
「何を馬鹿な――」
「本気ですよ、俺は。人を殺した以上、俺に生きる権利などありませんし……それに、好きな人を手にかけるんです。そのくらいされて当然でしょう? それじゃあ、いずれまた。今度は、必ず俺を裁いてくださいね」
 そう言って、陣は薫のもとを去った。それが、『仮面』の誕生の時だった。

 割り切る自信はあった。西大寺陣の人格すらも消して……新たなシバタチワカとして殺人を行うことに。しかしあの仮面を初めて着けて以降、自らの心が――肉体と乖離していくような、そんな感覚を覚えた。そして仮面を外した時その心がまた肉体に戻って、でも殺人の記憶はおぼろではっきりしなくて――。
――拒んでいる。
 陣は悟った。深層心理で、自分自身は殺人を嫌がっている。それでも智花の復讐をしたい気持ちがあって……それが、『仮面』としての新たな感情を生む。
 おそらくは、
吉井萌(女子17番)と別れた後の意識の喪失もそのせいだろう。
 あの時、陣の目の前に現れたのは傷ついた身体を引き摺って山荘へと向かう
至道由(女子6番)の姿だった。その姿を見た瞬間、今までおぼろげになっていた殺人の光景が全てフラッシュバックして――陣は抗った。その光景と『仮面』に抗った。
 もう、嫌になり始めていた。決意して始めたはずの復讐は、自分自身の乖離を確信した瞬間からやる気は失せ始めていたから。でも、抗いきれなかった。
 陣は意識を失い――やがて『仮面』として覚醒した。西大寺陣と『仮面』が、完全に融合した瞬間だった。
 陣にはもう、凶行を止める気はなくなっていた。罪の意識に耐えがたい苦痛を感じはするけれど、もう止めようとは思わなかった。こうなったらとことんまで堕ちてやろう。そう思った。
 問題は貴子のことだった。貴子のことは、好きだった。智花の件を薫から聞かされても、嫌いになどなれそうもなかった。でも、憎い。

――貴子のことが好き。そしてそれと同じくらいに憎い。貴子と同じくらいに大事だった智花を奪った貴子が憎い。

 陣は悩んだ。貴子を殺したくないけれど殺したい。訳の分からない、まさしく狂人じみた目茶苦茶な思考が堂々巡りを続ける。その中で陣は必ず、薫に言った条件を思い出す。

――貴子を殺すのに時間がかかっても文句は言わないこと――。

 貴子は最後に殺そう。そう決めた。自分の罪の集大成として、断罪と贖罪を同時に。それから、死刑台へと行こう。貴子に謝ってもきっと許してはくれないだろう。でも、もう他に思いつかなかった。


「やっぱり狂ってるな、俺って」
 自嘲気味に呟く。吐き出された白い息が、虚しく空気中に四散する。
 その時、陣の耳に何かの音が聞こえてきた。それはこのゲームが始まって以来初めて聞く、エンジン音らしき音。
――エンジン音? 何でそんな音が……。
 陣の頭に、一つの仮定が浮かんだ。エンジン――乗り物――スノーモビル。この状況でのスノーモビル。それが示しているのは……?
「脱出、か?」
 根拠はなかった。けれど、可能性はあるだろうと思った。生き残った中にはあの
政田龍彦(男子17番)がいる。まだその姿は見ていないが、龍彦は脱出を考えている可能性が高い。ならば、そんなことはさせられない。
「脱出などさせない。邪魔は、させない」
 陣は仮面をその顔に着けると、音のした方角へと駆け出していった。

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