BATTLE ROYALE
仮面演舞


第81話

 ある程度均されてはいるが、新雪のせいか少し林道に轍を作りつつスノーモビルは走っている。
 その運転は
灘崎陽一(男子14番)が担当し、唯一の武器であるニューナンブを持って他の生徒の攻撃に備えるのは政田龍彦(男子17番)。その二人の間に座って大事な爆弾を守るのは早島光恵(女子11番)だった。
 エンジン音をたてながら、スノーモビルは進む。しかし新雪は若干深く、予想以上に足を取られる。思ったよりも時間がかかりそうだと、陽一は思った。
「早島さん、今大体どのあたりまできたかな?」
 陽一の言葉に、光恵が地図を用意して答える。
「C−7くらい。ちょっと政田君の予想ほど早くないけど、問題はないと思うわ」
 そう。龍彦の予想なら、きっと今頃は本部近くまでやってきているはずだった。しかし林道に積もった新雪は思いの外に深く、まずそれで足止めを食った。しかもこの後は若干上り坂になっているはず。そこが最大の難所になる。
 さらにこのスノーモビルのエンジン音。この音を聞いて、やる気の人間――『仮面』とか、
美星優(女子12番)がやってくる可能性もある。そうなるときつかった。
「でもやっぱり、スピード出すに越したことはないよな」
「それはそうだけど、振り落とされたりしたら困るぜ陽一」
 龍彦が茶々を入れてくる。この状況で結構張り詰めていた龍彦も、脱出が目の前に迫ってくるといつものペースを取り戻してきた様子だ。
「分かってるよ。全部終わりにして生きて帰るんだから、ここまできてヘマなんかするもんか」
「ああ、その調子で頼む」
「灘崎君」
 そこで、光恵が呟く。
「何?」
「私、今まで自分以外がどうなろうが知ったことじゃないって思ってた。でも、政田君や灘崎君、児島君や早紀と一緒にいて思ったことがあるの」
 光恵はそこまで言って、一旦止まる。そして一呼吸おいて、語気を先程より少し強くして言った。
「私は変われる。大事なものを知ることができた。そしてもう、これ以上大事な人を失いたくない。だから……絶対に成功させよう?」
「……分かったよ、早島さん。――さあ、上り坂に入るからしっかり捕まっててくれよ!」
 一気に上り坂を突っ切るために、陽一は少しずつスノーモビルのスピードを上げていく。そして上り坂があるエリア――D−7エリアに差し掛かった辺りだろうか。突然陽一の目の前に人影が飛び出してきた。その人影は手にショットガンを持っている。その姿に陽一は見覚えがあった。
 出発直後に
芳泉千佳(女子13番)を手にかけた要注意人物の一人……美星優だった。
「美星……!」
「まずい――」
 陽一の声と同時に、優の存在に気付いた龍彦が優に向けてニューナンブを構えた。しかし遅かった。龍彦がニューナンブを放つより先に、優のショットガンが火を噴いていた。放たれた銃弾が、陽一の左脇腹を撃ち抜く。
「があっ!」
 一声、陽一は悲鳴を上げた。しかしスノーモビルのハンドルは放さない。ここで放すわけにはいかなかった。しかし、限界だった。
「――っ」
 痛みに耐えかねて、陽一の身体が傾ぐ。ハンドルから手が離れて、陽一の身体が雪の上に叩きつけられた。スノーモビルがバランスを崩しそうになるが、慌てて光恵がブレーキをかけて転倒は免れた。こけたりしたら爆弾がここで爆発しかねない。
 同時に、龍彦が優に向かってニューナンブを撃つ。二度の銃声。しかし優は素早く木陰に移動していて、銃弾は当たることがなかった。
「早島、スノーモビルの陰に!」
 龍彦がそう言ってスノーモビルの陰に隠れる。その声に反応して、光恵も爆弾を抱えたままスノーモビルの陰に入る。
 陽一は、その光景を黙って見ていた。左の脇腹には大きな穴があき、ひょっとしたら内臓すら見えてしまうのではないかとも思える。そんな陽一に、優が銃口を向ける。
「やめろ、美星!」
 龍彦が叫ぶ。その声に、優は一旦陽一に構えた銃口を龍彦と光恵に向けた。
「……何?」
「もう、殺し合いはやめるんだ。俺たちはこれから、本部に攻撃を仕掛けるところだ。成功すれば、このゲームは終了。生きて帰れるんだ。脱出できるんだ」
 どうやら、龍彦は優を説得しようとしているようだ。だが、優は冷ややかな声で言う。
「それで? だから何だって言うの? 私はね、夢があるの。大女優になるっていう夢がね。そのためには生き残るだけじゃ駄目なのよ。犯罪者にならずに生きなきゃいけないの。脱出したらお尋ね者。そうしたら夢なんかもう叶いっこないじゃない」
 龍彦は、そんな優の言葉に何も言い返せなかった。優の言う事に、反論の余地がなかったから。それが、陽一には分かった。しかし、だからといって優のやっていることを正当化するわけにはいかない。
 その時、優が突如としてショットガンを撃ってきた。放たれた弾が、スノーモビルに当たる。狙って撃っているのは明らかだった。

――一体、何を……?

 陽一にはその意図が掴めていなかったが、どうやらその意図を察したらしい龍彦が光恵の手を掴んで走り出す。同時に陽一に向かって言う。
「陽一、スノーモビルから離れろ!」
 そこで陽一にも優の意図が分かった。優の目論見は、陽一たちの移動手段の破壊。しかもそのスノーモビルの中にはガソリン。もし爆発したら……。
 だが、陽一は動けなかった。必死で立ち上がり動こうとしたが、脇腹の傷が堪えて思うように動けそうもない。

――ちく、しょう……。

 そして、その時スノーモビルのエンジンに銃弾が当たったのか轟音を上げて爆発した。その爆風はかなりのもので、近くにいた陽一はその男子にしては比較的小柄な体を思いきり吹き飛ばされた。
 身体が浮き上がり、地面に叩きつけられる。痛みはもはやそれほどでもない。しかし、動けなかった。
「よう……ち!」
「な……さき……ん!」
 いち早く木の陰に逃げ込めた龍彦と光恵が叫んでいる。だが、爆音に耳をやられたのかはっきりとは聞きとれていない。そして、徐々に優が陽一に近づいてくる。
「美星、陽一から離れろ!」
 龍彦がニューナンブを優に構える。しかし、優は動じていない。少し龍彦たちから距離を取り、陽一にショットガンの銃口を向ける。
 陽一は、自分に死が迫っていることを感じた。しかし、何故かあまり恐怖感がない。何故だろうか? 自分でも理解できない。しかし、恐怖を感じていないのはある意味で幸せなのかもしれないと思った。
「なあ、龍彦……」
 陽一の口から、声が漏れた。声を出そうと思ったわけではないのに、言葉を発していた。
「俺、ここで終わるみたいだ。……ゴメン。早島……ゴメン。俺、早島の前から消えなきゃいけないのかなぁ……」
「おい、陽一何言って……」
「ちょっと、灘崎君!?」
 二人の言葉には耳を貸さず、陽一はそっと目を閉じる。眼は閉じているのに、映像が浮かぶ。見えるのは
玉島祥子(女子8番)。祥子が微笑んでいる。

――俺に、笑ってくれてるのか? 玉島……。変な幻覚見てるなぁ、俺……。俺、向こうで言うよ、玉島。……君に、好きだ、って……。

 その直後、優が放ったショットガンの銃弾が陽一の頭部を破壊し、陽一の意識は完全に途切れた。それはすなわち、灘崎陽一の死を意味していた。

 <AM0:58> 男子14番 灘崎陽一 ゲーム退場

                           <残り8人>


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