BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第82話
頭部を破壊されて、動かなくなる陽一の身体。その光景を龍彦は見ていた。隣では光恵が悲しみと恐怖の入り混じった眼で、龍彦と同じ光景を見ている。
――陽一――!
陽一が、死んだ。その事実を龍彦は冷静に受け止めていた……はずだった。そのはずだった。なのに今、激しく狼狽している自分がいる。その事実に龍彦は驚いていた。
もう、今までに何人も仲間を失ってきた。水島貴(男子18番)、成羽秀美(女子10番)、児島真一郎(男子7番)、御津早紀(女子15番)……。そして目の前で死んでいった玉島祥子。
そしてまた、龍彦の前から大事な仲間が一人消える。
「ちく、しょう……ちくしょうちくしょうちくしょう!」
龍彦に、もはや冷静でいられる術は残されていなかった。その手にあるニューナンブを両手でしっかりと構えて、美星優に向かって引き金を引く。そこに、躊躇はない。放たれた銃弾が二発、優の近くを通る。優が怯むのがはっきりと分かる。
「走れ、早島! 早く!」
龍彦はすぐに横にいる光恵に言う。スノーモビルを破壊されてしまった今、もはや走るしかない。しかしそうなると爆弾をぶつける方法がない。それでも走り出すしかなかった。雪道に足を取られながら走った。
爆弾を本部に喰らわせる方法は、ない。どうすればいいのか、本気で龍彦は思案していた。しかし必死で思考を回転させても、龍彦の脳は陽一を失ったショックからかまともに動いてはくれない。
どうすればいいのか、考えても考えても思いつかなくて――脳細胞がパンクしそうなほどに痛みを訴えているようにも感じる。
――もう、限界かもしれない。
そんな思いが過る。しかし必死でそんな気持ちを振り切ろうとした。
――あきらめるな! 俺には出来ないなんて、そんなふうに思うな! 限界かもしれないなんて、考えたりするな! そうじゃないと……死んでいった奴らに悪いじゃないか。
このゲームに参加させられてからの様々な記憶が蘇ってくる。
出発してすぐに話しかけた貴と秀美。二人には、合流を断られてしまった。そしてそのすぐ後に……二人は死んでしまった。何故、二人をもっと強く説得しなかったのだろう? 説得すれば、二人と合流することだって可能だったかもしれないのに。
そうしたら、二人は死なずに済んだのかもしれない。
ガソリンスタンドで死んでいっただろう真一郎と早紀。もっと作業を迅速に進めていれば、二人はあそこで死なずに済んだのかもしれない。何故助けてやれなかったのだろう?
祥子。龍彦は死にゆく祥子をただ見ているしかできなかった。祥子に呼びかける上斎原雪(女子3番)の声を聞きながら、ただ見ているだけ。そんな不甲斐ない自分。
そして陽一。陽一も目の前でその命を散らした。また、誰も助けられなかった。
――そう、だ。
――俺、皆を脱出させるって言ってるくせに……誰も助けられなかったじゃないか。救えなかったじゃないか。
ふとそう思う。自分は何も出来ていないのだと。大切な人を救うこともできない、小さな人間。ちっぽけな存在。自分がまさにそれなのだと、世界の全てが自分にそう言っているような気がして――龍彦は酷く苦しくなった。
それが、いけなかったのかもしれない。背後で聞こえた、雪を踏む音。振り返った先には、ショットガンの銃口を向けている優の姿があった。既に追いついていたのだ。
銃口が火を噴く。それとほぼ同時に龍彦は、自分の腹に熱い物が食い込む感触を受けた。鮮血がかすかに飛び散る。痛みに耐えかねて、雪の上に崩れ落ちた。腹に穴があいて、血が溢れ出してくる。大きな血管でも傷ついたのだろうか。相当な出血量だった。
「政田君!」
先を走っていた光恵が振り返って、龍彦の方へと向かってこようとする。そんな光恵に向かって、優がショットガンの銃口を向けた。光恵には、あの爆弾しかない。事実上の丸腰。あまりにも危険だった。
即座に、龍彦は動いていた。その右手の中にあるニューナンブ。それを痛みに耐えながら持ち上げて、優に向かって撃った。放たれた銃弾が優の右肩を捉える。優が肩を押さえるが、それでもショットガンを離したりはしない。
――もう、俺の前で人は死なせない。
すぐに龍彦は行動に移っていた。ニューナンブと、ウェアのポケットに入れていた予備の弾が入った箱を光恵に向かって投げる。野球部で鳴らした肩で放たれたニューナンブと箱は、光恵のすぐ近くに落ちた。
「それを持って、逃げろ。作戦は……中止しよう」
「で、でも……」
「早く。爆弾があれば、またできる。それに俺は……仲間が目の前で死ぬのなんか嫌なんだ。もう、な」
そう言って、龍彦は笑う。できるだけ、クールに。
その笑顔を見た光恵は頷くと、ニューナンブと予備の弾の箱を拾って走っていく。
――良かった。早島は……助けたかった。俺に残された、最後の仲間……。
「まだ、脱出を考えてるの?」
声がした。見ると、右肩を押さえた状態で優がこちらを見ていた。銃口はこちらを向いてはいない。しかし死ぬのは時間の問題だろう。龍彦は丸腰だし、何より相当な量の血液が抜けてしまったのか身体がもう動かない。
「まあ、な。でも何よりも……早島は助けたかったのさ」
「ふうん……、早島さんのことが好き、とか?」
どうやら、優はどこか誤解をしているようだ。確かに、龍彦は光恵が好きかもしれない。しかしそれは男女の愛情ではなく、きっと仲間としての感情だ。それが、将来男女の愛情になる可能性はあったかもしれない。もう、絶対にあり得ない可能性だけれど。
やがて意識が薄れ始める。ついにその時が来たのだと、龍彦は悟った。優は止めを刺そうとはしない。もうじき龍彦が死ぬことを理解しているのだろう。
これは罰だ。そう、龍彦は思う。誰も救えなかった龍彦に与えられた、自らの死という罰。
――なあ、皆。俺……早島だけでも助けられたぞ。早島のこの先を見ることはできないけど……、助けられた。自己満足かもしれないけど、それでもいいよな? もう俺――、疲れたよ――。
その思考を最後に、政田龍彦の生命は地上から消失した。静かに目を閉じ、雪の上に横たわった姿。それが彼の死に様だった。
<AM1:09> 男子17番 政田龍彦 ゲーム退場
<残り7人>