BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第83話
美星優は、嘆息をついていた。
優の足元では、既にその生命を散らした政田龍彦(男子17番)が横たわっている。その少し先には灘崎陽一(男子14番)の死体があるはずだ。
結果的に優はその二人を屠った。しかし、戦果は上々とは言い難い。陽一はろくな武器を持っていないようだったし、龍彦が持っていた拳銃は早島光恵(女子11番)が持ち去ってしまった。
龍彦たちは脱出すると言っていたが、光恵が持っていた『爆弾』。あれがやはり、脱出のための道具だったのだろうか。
だとしたら何としても、その爆弾を使えないようにしてしまう必要がある。あれがある限り、優は安心などできないのだから。
そうとなれば、やはり一刻も早く光恵を追ったほうがいいのだろう。しかし、光恵は既に逃走している。もともと陸上部にいただけあって(種目は走るものじゃなかったようだが)なかなかの健脚で逃げていった光恵を探しだすのは困難なことになりそうだ。
けれども、脱出は何としても防がなければいけない。輝かしい未来を優がその手に掴むためにも。
その時、優は嫌な気配を感じた。そっと後ろを見てみる。ほんの少しだけ後ろを見て、その先――破壊されたスノーモビルの傍に立つ何者かの姿がある。その顔には、見覚えのある仮面。白の上に赤で化粧された顔。
間違いなく、以前旭東亮二(男子5番)と対峙した時に見たあの『仮面』だった。
その瞬間、優は駆け出していた。もはや、あの『仮面』と戦うとかそういう問題ではない。それ以前の問題だ。
――勝てない。
優にはそんな気がしていた。自分の信念も夢も、あの『仮面』に何もかも打ち砕かれそうで怖かった。
西大寺陣(男子8番)は、陣を見るなり慌てて逃げ出していった優の姿を見ていた。
どうやら、優は状況判断がかなりできるように感じる。今逃げ出していったのも、おそらくは陣に対抗できないと判断したからだろう。だとすると、勝てると判断した場合はどんな手を使ってでも陣を殺しにかかる可能性がある。
どの道、優も殺す必要があるのだ。警戒するにこしたことはないだろう。陣はそう思った。
そして辺りをよく見てみる。破壊されまだ若干火が燻っているスノーモビルと、その近くで頭部を破壊されて横たわった何者かの死体。そして少し先には比較的綺麗なまま死んでいる政田龍彦の身体がある。
龍彦の死体があることから、陣は頭部を破壊された死体は灘崎陽一のものだと判断した。そして同時に、脱出の可能性はほぼなくなったとも。
これで、残りは陣を含めて七人。陣、庄周平(男子10番)、粟倉貴子(女子1番)、上斎原雪(女子3番)、早島光恵、優、鯉山美久(女子18番)。
――もうすぐ、もうすぐ終わる……。ようやく終わるんだ。
そう思うと、心が落ち着く。もうすぐ堕ちきることができる。そして行く先は煉獄。苦しみしかない、他には何もない世界へと行く。その時は確実に近づいているのだ。
「貴子……、一緒に行こうな。お前を許せないけど、許したい。だったら……一緒に煉獄へ行こう」
独り呟いてみる。その声を聞く者はいない。けれど、これが陣の率直な気持ち。こうなったら何もかも、何もかも。全てを。
もう、ここに用はなかった。早く決着をつけてしまいたかった。陣がそんなことを思っていた時、目の前に何者かの人影が見えた。鮮やかな金髪が、微かな風になびいている。
その人物が誰なのか、陣には容易に分かった。このクラスで金髪なのは、今生き残っている中では一人しかいない。
……鯉山美久だ。
その美久は陣を見据える。同時にその顔に着けられた仮面を見て、驚きを隠せないといった表情を浮かべる。無理もない。美久とこの姿の陣が出会ったことはまだなかったのだから。
美久が呟く。
「あなたが、やったの?」
「……いや」
陣も答える。そういえば、こうして仮面を着けたまま誰かの言葉に応えたのは初めてのような気がする。
「……結構な数を殺してるみたいね」
この言葉には答えない。答えるべき内容ではない。今の美久から感じられる雰囲気からして、美久は陣がどういう行動をとってきたかある程度理解できている。それがよく分かった。
直後、美久が何かを陣に向けて構えた。
それはずいぶんと特徴的な形をしたマシンガン(益野孝世(女子14番)のものだったプロジェクトP90だ)だった。陣はそれを見て、動く。
すぐに響きわたった連続した銃声。しかし放たれた銃弾は陣に当たることはなく、陣は木の陰に飛び込む。赤磐利明(男子1番)の時のように少し距離が空いていれば、わざわざ避ける意味もなかっただろう。
しかし、今美久は陣とかなり近い位置にいる。この状況ではいくら防弾チョッキを着ているといっても危険性の方が高い。
とにかく、相手の優位性を奪う必要があった。陣は懐から素早くスコーピオンを取り出すと、木の陰からほんの少し身体を出して美久に向かって銃弾のシャワーを浴びせる。しかし美久もそれに感づいて先んじて動いていた。銃弾はまともに当たらなかった。
――鯉山は、危険だ。
そんなことを考える。きっと美久も、優と同じようにゲームに乗った人間なのだろう。それだけじゃなく、既にそこそこの数のクラスメイトを殺している――。
――ここで負けるわけにはいかない。
陣は思う。ここで負け――つまり死んだら、今までのことがすべて水の泡となってしまう。何のために殺してきたのか。全ては復讐のため。そして自分を罰するため。全て成し遂げるためには死ねない。
美久の側の銃撃が止む。おそらくは弾切れを起こしたのだろう。チャンスだった。
陣は美久に気付かれぬように木の陰を飛び出して美久の死角に回る。そして素早く、美久の背後に回り込んだ。美久がそれに気付き振り返る。同時に陣もコルト・ガバメントを構えた。
銃声が響く。と同時に、陣は驚きを隠せなかった。
陣のガバメントから放たれた銃弾は、確かに美久の左脇腹を撃ち抜いていた。しかし同時に、陣の左肩も銃弾によって貫かれていた。痛みを陣は必死で堪える。そして美久の手の中には、硝煙を銃口から昇らせるS&W357マグナムがあった。
ほんの一瞬の間に、美久はその銃を抜いて陣とほぼ同時に発砲したのだ。それはもはやとんでもないことだといえる。
だが陣は怯んだりはしなかった。美久は強敵だ。だからこそここで倒さなければいけない。そう判断した。
すぐにガバメントを構え直す。しかし美久も即座に駆け出していた。マシンガンが弾切れである以上、現時点では美久の不利だ。それを理解していたのだろう。
陣もすぐに再びスコーピオンを構え、撃った。しかし放たれた銃弾は当たることがなかった。左肩の痛みが若干の狂いを生んだのだろうか。やがて美久の姿は見えなくなり、陣も美久を追うのをあきらめた。
やがて、陣は移動することにした。さすがにこの左肩の傷は処置しておく必要がある。左腕を動かしてみるが、全く動かないというわけでもない。処置次第ではどうにかなるはずだ。
そして陣は集落に向かって歩き出した。
<残り7人>