BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第84話
林道から林に入り、林を抜けてようやく上斎原雪(女子3番)はゲレンデに出た。
大体の位置は、G−8エリア辺りといったところだろうか。中級ゲレンデ、リフト降り場の近く。玉島祥子(女子8番)の亡骸もこのもう少し先にきっとあることだろう。
そんなことを考えつつも、雪はゲレンデへと向かっていた。
益野孝世(女子14番)の突然の攻撃から逃れた後、雪はずっと会場の南東の方角を中心に移動して粟倉貴子(女子1番)を探していた。その方向にはこのゲームが始まってから一度も行ったことがなかったし、貴子がそこにいる可能性もあった。
しかし貴子の姿はどこにもなく、時間だけが過ぎていった。そして放送の時間を迎えた。
あの時の、雪の受けた衝撃は凄まじいものだった。友人の一人で、雪を襲った孝世。そして一度は雪や祥子と行動を共にしていた多津美重宏(男子13番)が死んだ。もう、彼らはこの世に生きて存在しない。その事実が雪の心に突き刺さった。
もう、残ったクラスメイトは雪を含めてわずか九人。このゲームの終わりは確実に近づいていた。そんな時に雪は、銃声を聞いた。
雪のいる場所からだいたい北の方角といったところ。その方角から銃声がした。爆発音もする。一体何が起こっているのか、雪には想像もつかない。しかし、やがて雪はその方角を目指して移動を始めた。
危険があることは間違いがない。でも、行ってみる価値は十分にあった。そこに貴子がいる可能性は高い。そう雪は判断した。
だがやがて銃声は止み、会場には静寂が残った。そこで起こっていた何かはもう終わってしまったことを示していた。そして音を頼りに進んでいた雪は、はっきりした進路を定められないまま移動を続けた。そして今、この場所にいる。
――貴子……。
貴子に会う。それが今の雪の行動基準になっていた。貴子に伝えたいことがある。祥子の最期の言葉。そして雪自身の懺悔の気持ち。あの時貴子を守ってあげられなかった自分を責める思い。その全てを伝えたい。
全てはそのため。それだけのために雪は動いていた。
だが今、もう一つ考えることがある。『チカ』……渡場智花へ行った仕打ちのことだ。
最初に庄周平(男子10番)と重宏が言っていたこと。
――シバタチは、このクラスの誰かがなりすましている――。
最初にそれを聞いた時、雪の心には戦慄と恐怖があった。貴子や雪たちに対する憎しみを持つ者がこのクラス内にいること。そしてその人物が『仮面』であるということ。そしてその後から後悔と懺悔が心の奥から湧いてくる。
あの時、智花と西大寺陣(男子8番)が一緒に帰るところを目撃したという貴子の話を、何故曲解してしまったのだろう? 本当はそんなことなんでもない話のはずなのに。
何故、短絡的に智花への無視や、デマの流布などといった卑劣なことをしたのだろう? 本人と直接話をすれば良いだけの話だったのに。
何故、それらの行為をいつまでも続けたのだろう? あまりにも卑劣で不毛な行為なのは明白だったのに。
今頃になって、雪は自らの愚かさを身に沁みて感じ始めていた。
また、雪は同時に『仮面』の正体への推測をある程度たて始めていた。
そもそもの始まりは、智花と陣が共に帰るシーン。そこから最初は、智花と陣が付き合っているのだと思った。しかし、そうでなかったとしたら? 二人の間に、何もなかったとしたら? そして陣がもし、智花に好意を寄せていたとしたら? 陣が智花の死の原因を知っていたとしたら?
そう考えた時、雪の中である可能性が提示されていた。
『仮面』の正体は、陣……。
ひどく嫌な推論だともいえる。しかし、その可能性は十分にあるともいえる。
そしてもうひとつの想像。
貴子はひょっとしたら、『仮面』の正体に気付いているのではないか? ということ。
あの山荘以降、雪はまだ一度も貴子と会うことはできていない。しかし、何となく感じる。あの時の貴子は、いくら自分が『仮面』と疑われたとはいえ落ち込みようがあまりにも極端だった。
もちろん、殺人を犯したと疑われることは雪が想像するよりも辛いものなのかもしれない。しかし、貴子は疑いが自分に向いても抗弁は一切なかった。その態度に、雪は今になって違和感を覚えた。
その想像が脳裏に過った時、雪はますます貴子を探す必要を感じた。
このまま貴子を一人にしておくのはよくない。そう感じる。はっきりとしたことは分からないがひどく不安になってくる。
だからこそ、貴子を一刻も早く探し出さなければ。そう思った。
考えをまとめながら歩いていると、雪の目の前にリフト降り場が見えてきた。どうやらいつの間にか中級ゲレンデのリフト降り場――F−8エリアまでやってきていたようだ。
雪は注意深く周囲を見渡す。さっきまで頼りにしていた銃声は、この近くでしたような気がした。その勘に頼って辺りを観察しているうちに、雪によって少し身体が隠れた誰かの身体を見つけた。
――まさか、貴子――?
そんな思いと共に、慌てて身体の上の雪を払いのける。そこから出てきたのは……柵原泰幸(男子9番)の亡骸だった。そのすぐ横には桑田健介(男子6番)の亡骸も同じようにある。大分前に死に、その間に降った雪を被っていた泰幸の死体の顔は悔しさに満ちていて、健介の顔は困惑に満ちていた。
――貴子じゃなかった……。
雪は少しほっとしたが、やがて思い直した。健介も泰幸も、雪はあまりいい印象を持ってはいなかった。しかし、だからといって死んだ後ないがしろにするのは気が引けた。
せめて、冥福だけでも祈ってあげた方がいいのかもしれない。そう思って、雪は二人の亡骸に手を合わせた。その時だった。
背後で雪を踏む音が聞こえる。それに反応して振り返る。そこには少し息を切らしている美星優(女子12番)の姿があった。その手には、以前出会った時にはなかったショットガンが握られている。そのショットガンにはどこか見覚えがあった。前に雪たちを攻撃してきた可知秀仁(男子4番)が持っていた……マッドマックス。
ということは、秀仁を優が殺したのだろうか? 雪はそんなことを考える。しかし、優は雪にさほどの猶予は与えなかった。
優が素早くマッドマックスを雪に向ける。その銃口が雪の胸元にポイントされる。雪に残された選択肢はほとんどないといっていい。
――逃げる。これしかなかった。
すぐに雪は走り出した。しかし、向かった方角がまずかった。その方角はゲレンデ。つまり――上り坂。いくら優の装備の方が重いと考えても、相手はショットガンを持っている。危険なのは間違いがなかった。
優のマッドマックスが火を噴く。放たれる銃弾。しかし優の方も移動しながらの射撃は初めてなのだろうか、上手く狙いが定まっていない。そのために銃弾は雪に当たることなく逸れた。そのまま雪はすぐ北のエリア――E−8エリアまで走った。
しかし優は決してあきらめたりはせずに雪をしつこく追ってくる。そして徐々にその狙いが正確になっていく。ついには銃弾の一部が雪のウェアの脇部分を掠めた。
――このままじゃ、確実に殺される――!
優はきっと、次の一発で雪を仕留める。あまりにも危険だった。もう終わりだと、思った。しかしその直後、一発の銃声――優のマッドマックスとは違うものだ――が辺りに響いた。何事かと思って雪が振り返ると、そこにはマッドマックスを取り落とし、何者かを睨んでいる優がいた。優は右の脇腹を押さえている。どうやらそこを撃たれたらしい。
「うっ……」
優が呻きながら膝をつく。突然のことに状況がのみこめずにいた雪の耳に、声が聞こえた。
「上斎原、こっちだ!」
その声の主は、先程まで優が睨みつけていた方向から雪を手招きする人物――庄周平(男子10番)だった。その右手には硝煙が銃口から昇っているベレッタがある。きっと今の銃声は周平のものなのだろう。
「しょ、庄君……」
雪はまだ状況が理解できないでいた。呆然としている雪に、周平が叫んだ。
「早く。美星が立ち直る前に、早く!」
「う……うん」
とにかく、この場を早く離れる必要はありそうだった。雪はすぐに周平の元へと駆け出す。そして周平はやってきた雪の右手を取った。そして言う。
「とにかく早くここを離れよう」
そして周平は走り出した。雪も手を取られたままそれについていく。
周平との再会。雪にはそれがひどく浮世離れしたことのように思えてならなかった。これは夢ではないのだろうかとさえ思った。しかし、どうやら夢ではなさそうだ。
――庄君と、会えた。次は……貴子。
――貴子、待っててね。私……絶対に貴子の所に辿り着くから。
雪はそんなことを思いながら、周平に手を取られて走り続けた。
<残り7人>