BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第86話
庄周平(男子10番)は、ただじっと黙っていた。
目の前には周平の親友――多津美重宏(男子13番)が想いを寄せていたであろう相手……上斎原雪(女子3番)がいる。その雪は先程から黙して何も語らない。しかし、周平を拒絶している様子はなさそうだ。
雪の表情を伺いつつ、周平はこれまでのことを思い返していた。
貴子の去る姿を見届け、その直後の赤磐利明の襲撃からどうにか逃れた周平は、それからずっと雪を探して歩き回っていた。
雪を探す理由。それはもう、重宏が想いを寄せていた相手が雪だと周平が確信していたからに他ならない。最後に重宏は言ったのだ、「あの子を守ってやれるのはお前だけだ」と。
あれから少し考えて、周平は思った。今生き残っている中で、果たして何人が雪の味方になってやれるのだろうか、と。たった一人で粟倉貴子(女子1番)を探し続けている彼女を、誰が助けてやれるのか、と。
答えは簡単だった。もう、その役目を担えるのは周平しかいなかった。政田龍彦たちが脱出に専念している今、雪の側についていてやれるのはもう周平しかいない。そう思って移動を続けていた。そしてその時に聞いたのだ。銃声と、それからしばらく後の轟音を。
――まさか、上斎原がやられたんじゃ……。
そう思うと同時に音のした方向へ周平は駆け出していた。しかし音のした場所――D−7エリアに着いた頃には全ては終わっていて……そこには頭部を破壊された灘崎陽一の亡骸と、静かに眠るように死んでいる龍彦の亡骸だけが残されていた。
――そんな……。
一瞬、周平は絶望した。脱出への望みだった龍彦たちが死んでいる。それはすなわち、脱出作戦の失敗を意味しているも同然だからだ。
――脱出は、できない。
その思いにとらわれて、全ておしまいだと思った。自分には龍彦のような行動は出来ないと思えて、何もかもを諦めてしまおうと思った。そんな時に、重宏の顔が脳裏を過った。
重宏が周平に何かを言っている姿が見える。重宏の口が動いている。周平に声は聞こえないが、何を言っているのかは分かった。
――あきらめるなよ、周平。まだ終わったわけじゃないだろう――?
重宏はそう言っている。そう思った時、すぐに周平は行動を始めた。脱出は出来ないかもしれない。しかし、雪を守ることくらいは出来るかもしれない。
雪を、守る。そう決めて走った。そして耳に届いた銃声。音のした方向へと走っていた。その先に雪がいるとは限らない。だが、走った。そしてその先には、雪がいた。その先にはショットガンを構えた美星優(女子12番)。
もはや状況を考えている余裕はなかった。すぐに周平はベレッタを構え、優に向けて撃った。放たれた銃弾が優の右脇腹を捉え、痛みに耐えかねて優が蹲る。すぐに周平は雪を呼んだ。そしてやってきた雪の手を取って、走り出した。走りながら周平は、古い映画みたいなことしてるな、などと思っていた。
「……庄、君?」
雪の声に気がついて、周平は雪に眼をやる。知らず知らずのうちに考え事をしすぎていたようだ。雪が周平の顔を覗き込んでいる。
「ああ、悪い。ちょっと考え事をしてたんだ」
今、周平と雪はC−3エリアにいた。初級ゲレンデを通るリフトの真下、そこに建っている柱にその身をもたれさせている。すぐ近くには、雪たちがいたあの山荘もあるはずだ。周平が山荘のある方角に目をやると、雪も少し遅れてその方向に目をやる。その表情は寂しげで、遠くに行ってしまった何かを思い返している目だった。
山荘で死んでいった友人たちのことを考えているのだろうかと、周平は思った。そして少し心が痛かった。
「なあ、上斎原。これから……どうするんだ? 俺、政田から聞いたんだ。上斎原が粟倉を探してるってこと」
「うん……」
「これからも、上斎原は粟倉を探すのか?」
周平は尋ねた。雪はまだ、貴子を探し続けるのか、を。
「――うん。探す。どんなことがあったって……私は探すよ、貴子を」
雪はそう返した。その表情には強い決意が込められていて、誰にも何も言わせない思いを秘めていた。もちろん、周平は彼女の決意について何か言うつもりはなかったけれども。
「そう、か。じゃあ……手伝うよ。俺も」
「え?」
「俺も粟倉を一緒に探すよ。別にいいだろう?」
「もちろん、良いけど……」
周平の言葉にやや戸惑っている様子の雪に、周平は言う。
「実は俺……一度粟倉と会ったんだ」
「えっ……」
周平は、雪に貴子と会った時の話をすることにした。雪にとって重要な話であると分かっていたからでもあったが、何よりその時の貴子の言葉がずっと心に引っかかっていたからだ。
「放送の前……10時過ぎくらいにこのすぐ南あたりで会ったんだ。すぐに別れたし、その後に赤磐が攻撃してきたからどこに行ったかは分からないけどな」
「何か話、したの?」
「粟倉は、言ってたよ。今、自分は死ぬために生きてるんだ。全てを壊して消えるんだって。『仮面』の手で消えるのを、粟倉は望んでいる」
貴子の言葉を、周平は雪にそっくりそのまま伝えた。貴子の言葉を聞かされた雪はしばらく呆然としていたが、やがてその顔にやや遅れて驚愕の表情を浮かべた。
「な、んで――、何で貴子はそんなことを……」
「それは、俺にも分からない。でも、粟倉はこうも言っていたよ。『仮面』が誰なのか分かった、って。俺を悲しませたくないから、一緒に行動したりはしないってな」
その言葉を聞いた瞬間、雪が固まった。そして呟く。
「どういう、意味なの?」
「『仮面』の正体が分かって、それで俺が悲しむってことだろう、な」
「それは分かるけど……それじゃ貴子が言う『仮面』の正体って」
雪の言葉をそこで周平は遮った。雪が言おうとしていることは分かっている。でもその言葉は、周平自身がその口で言いたかった。
「『仮面』は、陣だ――ってことだろうな」
「そう、か……。貴子も――」
その言葉が、周平は引っかかった。貴子『も』。雪も、陣が――西大寺陣(男子8番)が『仮面』だと思っていたのだろうか?
雪はどうやら周平の表情から周平の考えを悟ったらしく、語り始めた。
「『仮面』はきっと、私たちがチカを追い込んだのを知っているわ。そして私たちがチカを無視し始めたきっかけは、彼女と西大寺君が一緒に帰るところを貴子が見たから、なの」
「じゃあ、陣は……?」
雪が一呼吸おいて、言う。
「チカと親しい関係だったのかもしれない。そしてひょっとしたら、貴子と付き合い始めたのも何かの目的があったのかも……しれない」
「そんな、馬鹿なことが……」
雪の話に、周平は衝撃を受けていた。確かに、貴子の言葉も合わせて考えれば陣が『仮面』の可能性はある。周平だって、貴子の言葉を聞いてからそんなことを考えたのだ。でも、陣が『仮面』などと、信じられるはずがなかった。
「だって、陣は本当に粟倉のことが好きだったんだ。拉致される前にバスの中で粟倉を見てた陣の眼は、憎しみなんてなかった!」
「でも、もうこの状況じゃ……」
雪が哀しげな顔をして、呟く。その語尾は聞き取ることが出来ない。
「う――」
周平にはもう、何も言えなかった。もう残り人数の少ないこの状況下。まだ『仮面』が生きていると考えれば、今生き残っている生徒の中に『仮面』がいることになってしまう。そしてその候補から陣を外すことは、現時点では不可能だ。
ふと、周平は頭上を見上げる。空はどんよりと曇っていて、混迷する周平の心のように思えた。
――陣――、お前が『仮面』だなんて……嘘、だよな?
周平には、今ここにいない陣に向かってそう問いかける以外にできることはなかった。
<残り6人>