BATTLE ROYALE
仮面演舞


第87話

「う……ん」
 
早島光恵(女子11番)によって引き起こされた爆発。それはものの見事に民家を一つ跡形もなく破壊した。その爆発は、民家に近づいていた西大寺陣(男子8番)も巻き込んでいた。
 瓦礫の山の中から這い出す陣。その衣服はあちこち多少は破けているものの、特別に大きな怪我は負っていなさそうだ。
 そのことを不思議に思って陣は自分の這い出した場所を見る。そこには、瓦礫によってドーム状の空洞が生まれていた。この偶然が陣の命を守ったのだろう。まさしく奇跡といえる。

――やっぱり俺には、神がついてるのかもしれないな。

 そんなことを思う。この思いは『仮面』として殺人を重ね始めてからずっと抱いていた。次々と陣の手元にはこのゲームに有利なアイテムがやってくる。そして危機もこんな形で乗り越えている。
 それはきっと死神という名の神。やがて死神は陣の命を奪っていくだろう。しかし陣はそれでも構わなかった。いずれ
粟倉貴子(女子1番)を殺せば、全ては達せられるのだから。その後ならば、どんな罰でも受ける。

 ふと顔に手をやった。そこで陣はあることに気付いた。あの仮面がなかった。陣が常に自らの思いを隠すのに使ってきた仮面が。
――さっきの瓦礫の下か?
 もう一度陣は瓦礫の下に潜る。瓦礫のドームの中は夜明け前だからかまだ暗く、よく見えなかった。しかし、その中に一際目立つ白と赤のコントラスト。
 間違い、なかった。
 陣はそれを拾い上げると外に出て、自らの顔に再び仮面を着けた。こうすることで、西大寺陣という人間から『仮面』という殺人者に変わることができる。
 仮面を着け終えると、すぐに身支度を整える。もう残り人数も少ない。ここまで来たからには、早めに全てにけりをつけておきたかった。
――もう一度、北の方へ行ってみるか。
 そう思って、陣は北へ向かって移動を始めた。

 雪の上を慎重に陣は歩く。万が一大きな音でも立てて、近くに生き残った誰かが潜んでいたりしたらまずいことになる。こういう状況では、こちらが先に相手の存在を察知するのが重要だ。
 そんなことを考えながら、陣は集落の道路を北へ向けて歩く。やがて集落を抜け、林の中に出る。すぐに地図を出して自らの居場所を確認する。地図によるとどうやら、H−7エリアまで出てきたようだ。
 その時、陣の視界に一つの人影が入った。それを見て陣は素早く木の陰に身を隠して相手の様子を窺う。
 その人物は陣に背中を向けて立っている。木と木の間に隠れつつ慎重に移動してはいるが、背後への警戒が疎かになっている。右手にショットガンを握ったその人物は、時折左手で右脇腹を押さえている。
 
美星優(女子12番)に、間違いなかった。以前に三度も出会った、あの女子生徒。
 最初に、そして三度目に出会った時、仮面を着けた陣を見てすぐに逃走を図ったところから考えると状況判断は上手いようだ。となると、こちらの存在に気付かれると取り逃がしてしま可能性が高い。
――ここは、少し後をつけてみるか……。
 陣は即座に、距離をとりつつ優の尾行を開始した。


――脇腹が、痛い。
 美星優の脳裏に浮かぶ感情の半分は、その感情で支配されていたといっても過言ではなかった。
 
庄周平(男子10番)によって与えられた、右脇腹の銃創。傷は格別に深いものではなく、行動に支障は出ていない。しかしその痛みは優から時折理性を奪っているような気もする。
 それが周平に対する怒りを励起させる。そして同時に早くこのゲームを終わらせてしまいたい気持ちになる。このゲームが終われば、元の生活に帰れるのだ。そう思えば少しは気が楽になった。

――でも、一生ドラマや映画で水着シーンとかはできないかもしれない。

 そんな気にもなって少し落ち込みもする。しかしもはやそんなことは言っていられなかった。ここまできたら、あとは最後の一人になるまで生き残るだけ。もうゴールは近いのだ。
 絶対に最後に笑う者になってみせる。その思いが優を突き動かすのだ。
 とにかく、今は少しでも体力を温存すること。そして、できれば一人でも多く人数を減らして早めにこのゲームを終わらせることだ。 そう考えて、優は移動を始めることにした。
――どこか、民家あたりで休めないかな……?
 この近くにある集落の中では、西側には禁止エリアが少なかったことを優は記憶していた。それを考えると、西に動いた方がよさそうに思えた。
 優はそっと、西の方角へと歩を進め始めた。念のために周りから姿が見えないよう木々の間を素早く移動しながら進んでいく。右脇腹の痛みを堪えつつ、少しずつ林の中を進む。
 やがて、すぐ隣のエリアであるH−6エリアにやってきただろうかというところだった。優はふと、何者かの気配を感じた。

――誰か、近くにいる……!

 周囲をぐるりと見回してみるが、目の届く範囲に人影は見えない。となると、周辺に何者かが隠れているということだろうか? だとしたら誰が?
 そんなことを考えていると、一瞬視線の先の木の陰に銃口が見えたような気がした。
――まさか――!
 即座に優は、近くにあった木の陰に身を隠した。それよりほんの僅かに遅れて、連続した銃声が響きわたる。同時に放たれた銃弾たちが優の潜む木の幹を削った。

――一体、誰が……。

 優はほんの少し木の陰から顔を出す。と同時に、一発の銃声と共に木の幹が揺れる。もう間違いなかった。さっき優が見た気がした銃口。あれは本物だった。今生き残っているうちの誰かが優を襲ってきているのだ。
 相手の銃撃の餌食にならないよう注意しつつ、優は相手が誰なのかを確認する。先程銃口が覗いていた木の陰……そこから微かに見えるのは、風になびく金髪。その瞬間、優は襲撃者が
鯉山美久(女子18番)だと確信した。
 優は美久についての自分が持つ情報を脳内から探し出す。普通に考えれば、このゲームに乗っている可能性は極めて高いタイプの人間――そういう印象だ。
 そしてやはり、彼女はこのゲームに乗っているのだろう。

――こうなったら、意地でも鯉山さんに勝つしかなさそうね。

 そう思いながら、優はマッドマックスを構えた。

                           <残り6人>


   次のページ   前のページ  名簿一覧  生徒資料  表紙