BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第88話
――銃撃戦、か……。
西大寺陣は、美星優の10メートルほど後方の木の陰にそっと身を潜めて前方にいる優の様子を伺っていた。先程から優がショットガンを撃っているらしく、銃声が周囲に響き渡っている。
陣がその相手が誰なのかを考え始めた瞬間、今度は連続した銃声が響いて優が身を隠す。
その場面を見て、陣は確信した。優が戦っている相手は鯉山美久。それは間違いないだろう。あの時、陣の左肩に傷を与えた美久だ。 あの時の美久の動きから考えて、彼女は強敵の部類に入る存在だ。そして彼女は確実にやる気。それも結構な数を殺している。陣はあの戦いでそう悟った。そして対する優もやる気なのは間違いない。それもあの判断力や動き。彼女もまた、強敵の部類に十分値するだろう。
そうなってくると、ここで陣はどういう行動をとるべきか? 見たところ、優はショットガン所持で、美久もマシンガンを持っている。さらに美久は陣の左肩に傷を与えた拳銃も持っているはずだから、最低でも銃器が二つ。単純に考えれば、美久が有利といえる。
だがしかし、二人ともここまで死線を乗り越えてきているはずだ。ということは、あっさりと決着がつくとは到底思えない。片方が死んだとしても、残った一方も結構な手傷を負う可能性がある。
ならば、ここは様子見をするのが良いだろう。どちらが死んだとしても、陣としてはそう変わりはない。残った方を陣が仕留めれば良いだけの話。両方生き残ったとしても、この戦いで銃器の弾は相当数使うだろうから、ある程度危険性は下がる。そうなれば陣としてもやりやすい。
全ての思考を終えて、陣は再び二人の戦いの行方を注視し始めた。
優は木の陰に隠れつつ、マッドマックスの引き金を美久目掛けて引くという作業を何度も何度も繰り返していた。だが、相手の美久にはなかなか隙がない。
向こうがこちら目掛けてマシンガンを撃ってきた直後を狙って引き金を引いても、美久はすぐに優の攻撃から退避行動をとっていて銃弾を当てることができない。おまけに銃弾をばらまくマシンガンに対して、優のマッドマックスは一発ずつしか撃てない。弾込めしているうちに主導権を握られてしまうのだ。
――まずい、このままじゃ……!
状況は優に不利になっている。このままだと、ジリ貧になるのは目に見えている。ショットガンとマシンガンでは、手数の多い美久の方が有利だった。事実、優が盾にしている木の幹が徐々に削れてきている。
――一旦、退いた方がいいかもしれない。
優は一時撤退も真剣に考え始めていた。正直な話、それが一番良いのではないかと思っていた。ただ……良くない可能性が一つ存在する。それは、この近辺にあの『仮面』がいる可能性だ。
少し前に、優はあの『仮面』に出会っていた。その時、優は心の底から恐怖を感じた。夢も目標も、優にとっての全てをあの『仮面』は打ち砕く。そんな思いがした。できれば、出くわしたくない。
――……どうすれば……。
しばらくの思案の末に、優はようやく決意を固めた。そして同時にマッドマックスを地面に向けて構えると、思いきり引き金を絞った。放たれた銃弾が、雪の積もった地面に当たる。そして雪の結晶たちを宙に舞わせ、幻想的で美しい光景を演出した。もっとも、宙に舞う雪の美しさなど優に考えている暇はない。激しく舞った雪は、優の思惑通り煙幕の役割を果たしていた。あとは、これに乗じてこの場を離れて態勢を整えれば良い。
――私は、死にたくないから……。これ以上あなたに付き合っていられないのよ。鯉山さん。
急ごしらえの煙幕の効果は大きかった。美久は完全に優を見失ったのか、まったく仕掛ける気配がない。ひょっとしたら、優に対する警戒を強めている可能性もある。しかしそれならば優にとってより好都合といえた。
今はとにかく、すぐにこの場を離れることが重要だった。
すぐに優は踵を返して走り出す。雪の煙幕の効果がなくなる前に、美久から離れなければならない。事は急を要するのだ。
――絶対に生き残る。生き残ってみせる――!
優がその思いを再確認した、その瞬間だった。優の耳に、連続した銃声が響いてきた。それはプログラム開始から比較的すぐの時にも、そしてほんの少し前にも聞き覚えのある音。そしてその音の主はまず間違いなく……。
そして、優の左半身に強烈な痛みが走った。肉体を貫く、鉛の弾の感触を何となくではあったが感じとった。
痛みに耐えかねて、身体が揺らぐ。左肩にかけていたデイパックが雪の上に落ちる。優は自身を突然に襲った痛みに喘ぎながら、音のした方向を見る。
そこには、優が予想した通りの人物――政田龍彦(男子17番)を殺した後に現れた、恐怖の対象。優が、自分の全てを打ち砕くのではと恐れた――『仮面』がいた。その手にマシンガンを持ち、銃口をなおも優に向けて。
「あ……あああ……」
声が、出なかった。恐怖で、声帯すら萎縮してしまったのだろうか? 優はふとそんなことを思う。そして直後に、優のこれまでの人生で最大最悪の恐怖が圧し掛かってきた。
やはり、間違いはなかった。今ここにいる『仮面』は、優の何もかもを――存在意義すらも――打ち砕こうとしている。優はそのことを確信した。
何もかもを否定されそうな気がした。ここまで戦ってきた理由も、夢も、目標も――いや、これまでの人生さえも。優はそのことが恐ろしかった。死に物狂いでここまでやってきたというのに、積みかさねてきたもの全てが一瞬で崩れ去ってしまう。
――嫌……。死にたくない……。消えたくない……。女優になりたいのに。スターになりたいのに。連ドラだって待ってるのに! 嫌……嫌嫌嫌嫌嫌嫌!
「あァあアぁぁア――っ!」
もはや何を言おうとしているのか、優自身も分からない。それほどまでに優の精神は破綻を来し始めていた。
まともに動かすことのできる右腕で、マッドマックスを構える。恐怖に精神を押し潰されかけても、『死にたくない』という思いがマッドマックスを優に構えさせた。しかし、それまででしかなかった。
優の緩慢な動きの間に、『仮面』は素早く優との距離を詰めていた。『仮面』が、日本刀を抜く。そして白刃が、優の左胸を貫いた。
――嫌……死にたく、ないよ……。
それが、優が最期に感じた正常な知覚だった。
――あと、4人。
陣は、うつ伏せに倒れた優の亡骸をじっと見つめていた。
正直な話、陣はまさか優が最期にあそこまで壊れるとは予想していなかった。これまでに優とは、『仮面』としても、西大寺陣としても幾度か会っている。しかし、まさか最後の最後でここまで脆く崩れていくタイプだとは想像していなかった。到底、そんな人間には見えなかったのだ。
まあ、もはやそんなことはどうでもよいことだった。優はもうこの世にいないのだから。とにかく今は、目的を達することのみ考えるべきだ。そう思った。
その時、何者かの気配を感じて気配のした方向を見る。そこには、ほんの少し前まで優と戦っていた――鯉山美久がいた。美久はいきなり、陣に声をかけてきた。
「……また、殺したのね」
「ああ」
一言だけ、美久の質問に答えた。彼女の良く分からない会話に付き合っている必要性など、陣には全く感じられなかった。しかし、美久は話を続ける。
「あなたと会うのは、これで二度目……でよかったかしら」
「……」
陣は無言で返す。しかし、美久はそもそも返事など求めていなかったかのように続ける。
「たった二度しか会ってないけど……少しだけ、あなたに感じるものがあるの」
「……」
「私は、私のためにここまで戦ってきた。他の理由なんかない。そんな私は異質な存在なんだと何となく感じてた。あなたも同じ……異質の匂いがするような気がするわ」
そして美久が、その右手にあるマシンガン――プロジェクトを陣に向けて構える。それを見て即座に陣は駆け出していた。同時に、背後で連続した銃声が響く。幸いにも、被弾は避けられたようだった。
防弾チョッキの存在を美久が知らないというのは、陣にとって大きなアドバンテージといえる。しかし、至近距離からマシンガンで撃たれてはさすがに防ぎきれない。ここは退くしかないといえた。
優のマッドマックスは残してきてしまった。おそらく美久が回収するだろうが、構いはしなかった。こちらの装備も、だいぶ充実している。
――もう少しで、終わる。俺が殺すまで、待ってろよ、貴子――。
<AM4:43> 女子12番 美星優 ゲーム退場
終盤戦終了――――――――
<残り5人>