BATTLE ROYALE
仮面演舞


フィニッシュ
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第89話

 夜闇の中に、微かな明るさが混じり始めている。粟倉貴子(女子1番)はA−7エリアで、その光景をじっと見つめていた。そして今度は、下へと俯く。足元の雪が、白く輝いているように見える。
 だが、今の貴子にとってそんなことはどうでも良いと言えた。昨晩、
庄周平(男子10番)と会った時に自分が言ったことを思い出す。

――何だか私、『仮面』が誰なのか分かった気がするの。

 あの時、貴子は周平にそう言った。それ以来周平とは会っていないが……それでいい。なまじ周平と一緒にいたりしたら、彼も貴子の行動に巻き込んでしまう。それは避けられるべきだった。
 周平と会う前に、
津高優美子(女子9番)と話した(そういえば、優美子はその後の放送で名前を呼ばれていた。彼女はやはり、望み通りに『消えた』のだろうか)。あの時優美子と話してから、貴子はじっくりと考えてみた。
 自分は今、死を求めている。何の救いもない死を。どこまでも深遠な底への転落を味わった末の死。
 それはおそらく『仮面』も同じなのではないか。
 貴子に強い恨みを持つが故に、貴子に深く苦しい絶望を与えようとしている。そのために『仮面』は、山荘で
幸島早苗(女子5番)吉井萌(女子17番)を殺し、貴子へ疑いがかかるようにしたのだ。至道由(女子6番)の死も、その伏線だった可能性がある。

――『仮面』の正体……。それは一体……。

 そこまで考えた時に、貴子はあることを思い出した。全ての発端だった、渡場智花と
西大寺陣(男子8番)が二人で帰路につく光景。
 貴子は、その時点で全てに気付かなかった自分にほとほと呆れた。そもそも智花と陣が一緒に帰るということは、二人の間に何らかの接点があったということではないのか。そして智花の死後、陣が貴子に告白してきたことからも、恋人という可能性は薄いといえる。
 ならば――二人は幼馴染のような関係だったのではないか? そう考えればあの光景にも合点が行く。そこから導き出される結論がある。

――陣こそが、『仮面』の正体だった――。

 この可能性に気付いた時、貴子は愕然とした。しかし同時に、それで納得する部分もあった。
 山荘にいた時、萌が見張り中に陣と会ったという。しかし陣は、貴子が山荘にいると知っても合流しようとはしなかった。それはすなわち、『仮面』として動きづらくなるからだったのではないか……。
 そのことを、決して貴子は悲しいとは思わなかった。全ては自分の嫉妬心が招いた罪だと、そう思うことで全てを納得させた。
「今さらかもしれないけど……、ごめんね、チカ……。私、醜かったね。私も、もうすぐ死ぬと思う」

――でも、安心して……? 私は、あなたのいる天国へは行かないから。

 一言、空に呟く。
「全て失って、煉獄行き。それがきっと相応しいから」
――しかし。
 貴子には、今自分がいるこの場所が全ての決着の場に相応しいとは思えなかった。自分の罪の象徴といえる場所。そここそ自分の死に場所だと思った。
 ならば、その場所は一つしかない。
「山荘……」
 C−1エリアにある、あの山荘。自分の醜さが原因で『仮面』を生み出し、そして友人である早苗と萌を失った場所。あの山荘こそ、自分の罪の象徴。そう思えてならなかった。
 すぐに貴子は、移動の準備を始めた。放送が始まるまで、まだ多少間がある。それまでに準備を済ませてしまったほうが良い。

――待っててね、陣……。


「――貴子……」
 西大寺陣は、仮面を外して木陰に一人佇んでいた。場所は、F−6エリア。最初、元
シバタチワカ(転校生)だった女性――智花の姉、薫と出会った場所も、すぐ近くのはずだ。そして彼女は今この場所からも視認することのできる――E−5エリアにあるロッジにいるのだろう。
 何だか、薫と会った時のことを随分昔に感じる。それどころか、全てが夢幻なのではないかとさえ思えてくる。
 そして本当は、智花は元気に生きていて――そんなことを思ってしまう。一度意識を失うと、本当にそんな光景が目に浮かぶ(事実、吉井萌と別れた後で意識を失った時もそんな夢を見た気がする。もっとも、はっきりした記憶はないのだが)。
 だから、陣はもう眠らないことに決めていた。眠ってしまえば、目の前に智花が現れてしまう。ここまでの決意が全て崩れ去ってしまいそうな気がする。それでは、駄目なのだ。
 やっと……やっと消え去れるというのに、感傷に浸ってしまうことはできない。いや、許されないのだ。もう、陣には感傷に浸る権利など、ない。
 今まで陣が殺してきた全てのクラスメイト……全て復讐として殺してきた。だが、それは独善でしかない。そんなことは最初から分かりきったことだったのだ。

――誰が、復讐を望んだ? 智花? ……それは、絶対に違う。

 陣は分かっていた。智花は、決して復讐を望むような心根は持っていなかった。この復讐は、贖罪なのだ。彼女を救えなかった自分自身への贖罪。しかしその贖罪は死を遥かに凌駕するほどの苦しみを陣に与える。だが、それで良い。
――俺も、貴子も……精一杯の贖罪をして、目一杯の報いを受ける。そして煉獄行き。それが……俺の望む道。
「……もうすぐだからな。待ってろよ、貴子」
 ここにはいない貴子に、一言そう呟く。
 まもなく、定時の放送が始まる。きっとこれが、最後の放送となるだろう。その前に、陣は持っている武器の確認をすることにした。 武器の状態を知っておくことが重要だと思った。

――まず、陣の支給武器だったトンファー。これは存外に役に立った。『仮面』としてでなく、西大寺陣として活動する時には他の武器を使うわけにはいかなかった。『見せる』武器としての効果はかなりあったはずだ。
――薫から譲り受けた、シバタチワカの支給武器、日本刀。銃を手に入れて以降も頻繁に使っている。切れ味も極端に鈍くなることもなく、最後の戦いでも十分に使えるだろう。
――
成羽秀美(女子10番)が持っていた、探知機。これがあるおかげで、より行動は取りやすくなった。この最後の戦いでも、十分に有効活用できるはずだ。
――
大元茂(男子3番)が着ていたのを奪った、防弾チョッキ。これがあるとないとでは、戦う時の積極性がだいぶ違う。その性能も申し分ないし、重要なものだ。
――
水島貴(男子18番)のものだった、ルガーP08。あまり頻繁に使った記憶はないのだが、それでも銃が多くあるというのは戦いにおいて有利になる。きちんと持っておくべき武器だ。
――
旭東亮二(男子5番)が使っていた、コルトガバメント。拳銃の中では比較的使っている銃だろう。反動は強めだが、使い勝手は悪くない。
――
赤磐利明(男子1番)が持っていた、アストラM3000とVz61スコーピオン。どちらが利明の支給武器かは分からないが、とにかくスコーピオンは役に立っている。マシンガンがあるというのは、やはりかなり大きい(もっとも、鯉山美久(女子18番)もマシンガンを持っていたが)。アストラはまだ一度も使っていないが、スペアとして取っておく必要はあるだろう。

 全ての武器の確認を終えると、陣はもう一度武器をしまい直して、放送に備えて準備をする。陣が準備を終えたその時、タイミングよく放送が始まった。
『皆さん、おはようございます。担任の福浜です』
 いつも通りに、福浜の声が会場中に響き渡る。
『午前6時になりました。もう残りもだいぶ少なくなっているはずです。あと一歩なので、皆さん頑張りましょう。それではまず、これまでに死んだクラスメイトの名前を呼びます。
男子14番灘崎陽一くん。男子17番政田龍彦くん。女子11番早島光恵さん。女子12番美星優さん。以上4名です』
 陣は地図の横についている名簿にある、名前を呼ばれた四人の名前を消していく(まあ、誰が死んだかは大体分かっているわけだが)。そして、改めて残りが自分を含めて五人だと確認する。
『次に、禁止エリアです。7時より、C−6。9時より、D−9。11時より、I−4。以上です。残りはもう5人です。西大寺陣くん、庄周平くん、粟倉貴子さん、上斎原雪さん、鯉山美久さん。決着はもうすぐですので、頑張ってくださいね。それでは、次は本部で残った1人と会えるのを楽しみにしていますよ』
 最後にそう言って、福浜の放送は終わった。禁止エリアのチェックを終えると、すぐに陣は移動の準備をする。

 福浜の言うとおり、決着の時は近い。その決着のため、陣は歩き出す。全てを終わらせるために。

                           <残り5人>


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