BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第90話
F−5エリア。雪道の中、陣はゆっくりとその歩を進める。陣は正直な話、焦っている。本来ならば、決着が近い今それほど焦る必要はないのだろう。だが、陣にとっては事情が違っている。
本来ならば、優勝を狙う者はここから積極的に動く必要はあまりないだろう。他のやる気になっている者にある程度任せるつもりでかかれば良い。特に、陣のように装備が充実していれば尚更だ。しかし、陣は――粟倉貴子だけは必ず自分自身で殺さなければならないのだ。
そうなってくると、ここから消極的になるのは良くない。ただでさえ、今この会場には陣以外のやる気の人物――鯉山美久(女子18番)がいる。しかも彼女は間違いなく、強い。美久は必ず、陣の目的の前に立ちはだかる最後の障害となる。だからこそ、美久は必ず仕留めておかなくてはならない。
まず今は、貴子より先に美久を発見したほうが良い。美久が貴子と遭遇する前に、美久を見つけ出し始末する(ここで陣は、自分が既に二度美久を取り逃がしていることを思い出し、悔やんだ)。
だが今のところ、探知機に他の生徒の反応は見られない。
――どう、するか――。
その時、陣の視界にあるものが入ってきた。それは――血痕。まだ新しい血痕が、雪の上に点々と緋色の花を咲かせている。
ここで陣は考える。今現在生き残っている生徒は、全員陣と会っている(貴子には一方的にしか会っていないが)。そしてただ一人を除いて全員、最後に陣と会った時点では無傷だった。
そのただ一人……陣がその手で傷を負わせた人物――鯉山、美久。
もちろん、他の三人が陣と会って以降に怪我をしている可能性はある。だが、今の状況ならば美久に行き着く可能性は4分の1。決して悪い確率ではない。
――行ってみるしか、ないな。
陣はそっと仮面を着けると、探知機を片手に血痕を辿り始めた。
「残り、5人……か」
初級ゲレンデの脇の林の中――E−2エリアで、上斎原雪(女子3番)は傍らの庄周平(男子10番)の呟きを聞いていた。
――もう、残りは5人となってしまった。
雪は林の先にあるゲレンデを眺めながら、その事実を心の中で再確認する。脱出を計画していたメンバーのうち、灘崎陽一(男子14番)と政田龍彦(男子17番)が死んでいたことは既に周平から聞いていた。だが、唯一その死を周平が確認していなかった早島光恵(女子11番)も、放送でその名を呼ばれてしまった。 さらに、以前遭遇した(といっても、その姿を少し目撃しただけだが)美星優(女子12番)も、放送でその名を呼ばれた。
残ったのは――雪と周平、今現在雪と周平が探している粟倉貴子、まだ一度も会ってはいないが、やる気になっている可能性の高い鯉山美久。そして……おそらくは『仮面』の正体だと思われる、西大寺陣。
……陣が『仮面』であるというのは、ほぼ間違いのないことだと思う。だが、それでも雪はまだ気になって仕方のない部分がある。ゲームが始まってすぐの時、大元茂(男子3番)に襲われていた雪を陣は助けてくれた。あの時既に、陣は『仮面』だったのだろうか? だとすると、あの時雪を助けた陣の姿は偽りだったのだろうか?
そして、陣が『仮面』ならば、陣が一番憎んでいるのは貴子。そういうことになる。だとすれば、いつも貴子のことを気遣う優しい陣の姿も、偽りだったというのか?
――しかし、雪にはそうは思えなかった。いや、思いたくなかった。
雪の知る陣の姿こそが、彼の本質なのだと信じていたい。自分の大親友の愛する人の感情が、偽りに塗れていたなどと、思いたくなかった。
きっとその思いは、周平も同じなのだろう。周平は、陣が『仮面』だという考えを雪と話して以降、陣のことを話題にしようとしない。その意味を、雪は何となく悟っていた。
おそらくは、彼も信じたくない思いでいるのだ。雪の目から見ても、きっと周平の目から見ても、陣の貴子への思いは偽りになど見えなかった。陣が『仮面』。つまり、陣の思いは偽り。それを信じたくないのだ。雪は貴子の大親友として、周平は、陣の親友として。
二人とも、何ら言葉を発しない。あまりに長い沈黙が流れている。これまでに話し、考えてきたことの重さが、二人の口を重くさせる。雪も、目の前に今までずっと想っていた周平がいても何も話ができない。そんな気分になど、なれない。
「……そろそろ、移動しよう」
周平が、言った。
「粟倉を、探さなくちゃな。会って……聞きたいこともあるし。できれば、陣とも」
そう言って、周平が雪の方を向いた。何か寂しげな眼をしながらも、必死で笑顔を浮かべていた。それが雪には、酷く痛々しく見えた。でも、きっと自分もそういう表情をしているのだろうと思って、そのことは心の隅に押し止めた。
「うん、そうだよね……」
雪はそう返す。とにかく、今は目的を果たすことが重要だ。貴子に会う。そして、貴子の考えを聞く。その先のことは何も考えていない。龍彦たちが死んでしまった今、脱出というのは難しくなってしまった。だがしかし、貴子とは話をしておきたい。そしてできれば、陣とも……。
全てが知りたかった。陣は『仮面』なのか。貴子は全てを知っているのか。何も知らないまま……死ぬわけにはいかない。そう思った。
「じゃあ、行こうか」
「うん……」
そうして二人が移動の準備を始めた時だった。周平が突然、声を上げた。
「上斎原、離れろ!」
「え――」
突然のことに雪は戸惑ってしまい、周平の言葉を理解できなかった。それに気付いたのか、周平がいきなり雪を突き飛ばした。そして――連続した、銃声。
周平の身体の表面で、鮮血の花弁が舞う。それと同時に、力を失った周平の身体が重力に従って雪原に崩れ落ちた。
雪には、目の前の出来事が理解できなかった。先程まで元気だったはずの周平が、銃声と共に崩れ落ちて……。雪は何かを追うように、銃声のした方向を見た。そこには、手に見覚えのあるマシンガン――益野孝世(女子14番)が持っていたプロジェクトP90だ――を持って立っている鯉山美久の姿があった。
そしてプロジェクトの銃口からは、まだ硝煙が上っていた。
<残り5人>