BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第91話
それは雪にとって理解しがたい、いや、事実だと認識したくはない出来事だった。
全身から鮮血が舞い、崩れ落ちる周平。その周平に向かって孝世が持っていたマシンガンを向けている美久。そして今、雪の目の前には全身から血液が流出してゆく周平と、未だマシンガンを構える美久がいる。
周平が、撃たれたのだ。それも、さっきまで雪がいた場所で。それはすなわち……周平が雪を庇ったことを意味していた。
――そん、な――、そんな……。
雪がずっと想いを寄せてきた相手。その相手――周平が、今まさにこうして雪を庇い、死の淵にいる。これが何かのドラマや映画のワンシーンであったならば、きっと今までの雪は感動の涙を流していたに違いない。
しかしそのワンシーンの当事者となってみると、そんな感情など到底持てない。何故自分を庇ったのか。何故そんなことが平気で出来るのか。全てが理解不能だった。
「上斎、原」
その時、周平が息も絶え絶えになりながら呟く。雪は周平の言葉を聞こうとするが、美久がこちらへと近づいている。雪は必死になって周平の身体を起こすと、彼の腕を自分の肩にかけて運び出す。
そのスピードは決して速くなく、むしろ遅いくらいだった。しかし美久と多少距離があったせいか撃たれてしまうことはなく、どうにか木の陰に身を隠すことができた。そこでようやく雪は、周平の言葉に耳を傾けることができた。
「庄君……、何?」
雪は問いかける。声が震えてしまう。いつかあり得ることだと分かっていたはずなのに。周平が死んでしまうことだって、あり得たはずなのに。なのに……受け入れられないでいる。
周平が、雪の言葉に応える。
「……粟倉を、探すんだ」
周平は言った。そして続ける。
「会って、聞かなきゃいけない、ことが……あるんだろ? なら、行かなきゃ、な」
「で、でも……」
周平はそう言っている。しかし、雪には周平の言うことを素直に聞く気にはなれないでいた。ここまで一緒にやってきた。『仮面』――陣と会いたいという思いを周平も持っている。この先、陣は必ず貴子の前に姿を現すだろう。その時、周平も雪と一緒にその場にいる必要がある。全てを知ることを望んでいるのだから。
だからこそ、ここで周平を置いていくことなどできはしなかった。
「私には、庄君を置いてなんて行けない! 庄君も一緒に貴子と……西大寺君と会わなきゃいけない! だから……」
「これは、重宏が……望んでること、だから」
その時、周平が唐突に多津美重宏(男子13番)の名を出した。既にその名を呼ばれ、この世からその生命が消え去った重宏の名前が何故、今出てくるのか。雪には理解できなかった。
「あいつは、言ったんだ。俺しか……上斎原を守って、やれない、って。だから俺は、あいつの代わりに上斎原を、守る。それがあいつの遺志、だから」
雪は、周平の言葉を黙って聞いていた。重宏が、周平に雪を守るように言った? 何故? その意味を雪はすぐに理解できた。しかし、決して口にはしなかった。
「でも、俺にはもう、上斎原は守れない。ここからは一人にさせちまう……。ごめん、な」
周平はそこまで言うと、一呼吸置いて続けた。
「だから、俺の分も陣に、会っておいて、くれないか? 頼む……」
徐々に周平の言葉が弱くなっている。呼吸にも力がなくなってゆく。雪は、庄周平の生命が失われようとしていることをはっきりと感じた。その時、周平がゆっくりと右手を持ちあげた。手の中にあるのは、周平のベレッタ。
「これを、持って行って、くれ。俺にはもう、いらないから……」
「庄君――」
雪の眼から、涙が零れ落ちる。必死で堪えていたものが、堰をきったように溢れる。雪の意志に反して、涙腺は涙を出し続ける。雪は、そっとベレッタを手に取った。
「さあ、行ってくれ。粟倉に、会うんだ……。陣にも、よろしく、な」
雪は、そっと立ち上がった。そしてゆっくりと、林の中へと歩き出す。一度周平の方を振り返ったが、すぐに踵を返して走り出す。
――さようなら……庄君……。
その眼を涙で滲ませながら、雪は走った。全てを知るために。
――重宏。俺もここまでみたいだ。そっちに行くことになりそうだよ。
周平は、力を失った身体を重力に任せて仰向けに横たえ、空を見上げながら今は亡き重宏に問いかける。重宏からの返事は、当然ない。あるはずがない。重宏は死んでしまったのだから。それでも周平は、重宏に報告しておきたかった。
――重宏。俺は俺なりに精一杯、上斎原を守ってみた。でも、もうそれも無理そうだ。悪い。そっちに行ったら、殴ってくれても構わないから。本当に……ごめん。
眼前に広がる空が、徐々に狭まる。どうやら視野狭窄が起こっているようだ。そういう細かい知識は持っていなかったが、周平は自分の生命の終わりを感じ取った。
――陣。お前はやっぱり『仮面』だったのか? 最後にそれが確かめられなかったのが、ちょっと心残りだったな。でも、お前の本質は、何も変わっちゃいないよな? 信じて……いいんだよな? もし変わってたら、こっち来てから一発殴ってやるからな。
――粟倉……やっぱり、全てを知っていたのか? だとしたら、俺は結局そこまで辿り着けなかったってことなのかな? けど……どうか上斎原には、全部を教えてやってほしいな。
――ああ。俺が終わる……。全部が……。
その思考を最後に、庄周平の魂はその身体を離れてどこか別の場所へと旅立っていった。
美久は足元に横たわる庄周平の亡骸をじっと見据えていた。どうやら一緒にいた上斎原雪には逃げられてしまったようだった。これで、残りは美久を含めて4人。美久にとっての楽しい時間も、もうすぐ終わりを告げようとしている。
――しかし。
そこで美久は痛みを感じて、左脇腹を押さえる。以前『仮面』に撃たれた傷は一応の止血はしておいたのだが、どうやらもう開いてしまっていたようだ。やはり素人の手では碌な止血はできないということなのだろうか。
早めに終わらせたほうがよさそうな気がしてきていた。この傷が大事に至る前に、決着をつける必要があるのは間違いない。だが、まだ殺し甲斐のある者とは出会えていない。そのままこのゲームが終わってしまうのは、嫌だった。
――いや、一人だけいた。美久に唯一手傷を負わせた、あの『仮面』。『仮面』ならば、壊し甲斐のある手強い敵となってくれるだろう。
美久はそんな期待を胸に抱いていた。その時、美久は僅かながら初めて休息時以外で気を緩めた。その瞬間だった。自分の持つプロジェクトとは違う、聞き覚えのある連続した銃声。そしてそれと同時に、美久の全身は鉛弾によって貫かれていた。
強烈な痛みが全身を襲う。周平のように重力に従って倒れそうになるが、どうにか堪えた。そしてゆっくりと、銃声のした方向を見た。
そこには、これで三度目となる『仮面』の姿があった。その手に、マシンガンを携えて。
<AM6:44> 男子10番 庄周平 ゲーム退場
<残り4人>