BATTLE
ROYALE
〜 仮面演舞 〜
第93話
J−6エリア。その一角にある民家……の焼け跡。そこで二人組の男女が、息をついていた。
「しかし、酷い状態だな……」
作東京平二尉が、瓦礫の山に腰を下ろして、呟く。その姿を、浅口薫三曹は黙って見つめていた。少し前に、早島光恵(女子11番)が引き起こした爆発。それは光恵がいた民家を完全に破壊し、その原形を留めないほどの威力だった。もしこれが本部攻撃に使われていたら――。そう思うと身震いがする。
そして爆発による火災を鎮火するため、京平と薫が幾人かの下士官を連れてJ−6エリアまでやってきていた。消火はだいぶ時間がかかったが、放送が終わる頃には終わった。だが、二人は消火活動が終わっても、本部には帰らなかった。下士官たちを先に本部に戻らせた。
結局、早島光恵の遺体は見つからなかった。あれだけの爆発の中心にいたのだ。肉体が発見されないのも納得はできる。
そして瓦礫の中に、誰かが抜け出した跡があった。先ほどから入ってくる本部からの連絡から察するに、西大寺陣(男子8番)は死なずにここから生き延びたと考えて良さそうだ。
少し、疲れた気がしていた。身体でなく、心が。
――だいぶ、堪えてる。
薫は、そう感じた。京平はこのプログラムの結末を見届けることを恐れている。それは、薫も同じ。だからこそ、京平の思いが理解できた。
もともと、京平はこのプログラムに乗り気なほうではなかった。だが、智花を失った悲しみや怒りは薫たちと同じだった。だから、薫や父、犬島たちが説得して協力までこぎつけたのだ。しかし……京平はやはり、心の底ではこのプログラムに反対していたのかもしれない。最初の放送の後で、彼が言った言葉が蘇える。
――俺は正直、辛いよ。
京平は、心根の優しい男だ。人を傷つける行為が嫌いな、穏やかな男。そこに薫は惹かれた。そして今、京平はその優しい心を痛めている。復讐を行うことによって、彼の心が痛んでゆく。下手をすれば、壊れてしまうかもしれない。
――やはり、京平さんを参加させるべきじゃなかった。
薫は思った。京平のためには、彼を巻き込むべきではなかった。彼の引き裂かれそうな心は、彼が好んで飲んでいるミルクティーに表れていた。悩んでいる時、苦しい時。彼はいつもミルクティーを飲む。それは本部の中では薫だけが知る事実。
「……京平さん」
「ん?」
「――帰りましょう?」
薫は言った。もう、京平をこれ以上この会場に留めるわけにはいかなかった。もう、京平の心は限界に近い。表に出そうとはしないが、薫にはそのことがはっきりと分かった。これ以上、彼をこの場所に置いておきたくはない。
「……まだ、帰れない。これは任務だからな」
京平がそう呟く。その手は微かに震えが見える。
――この人を、救ってあげたい。
薫は、そう思った。その時だ。
消火も終わり、あとはそのまま放置しておくはずだった瓦礫の山が、僅かに動いたような気がした。気のせいかと、最初は思った。だが、もう一度瓦礫が動くのを見て薫は確信した。
――やはり、瓦礫が動いた!
すぐに薫は、京平を呼んだ。京平は、憔悴しきった表情を薫に向けた。
必死に走って、走って、走り続けた。彼女はそうするしかなかった。
上斎原雪(女子3番)に残されたものは、一つしかなかった。
大親友――粟倉貴子(女子1番)の存在……ただ、それだけ。
――全てを知る必要があった。貴子と会い、貴子が知っているであろう真実を知らなければならない。その手伝いをしてくれると言ってくれた庄周平(男子10番)も、この世にはもういない。それができるのは、雪しか残されていない。
右手の中には、周平のものだったベレッタがある。雪はそれを両手で力強く握りしめた。
――庄君……。
今は亡き、周平を思う。ずっと好きだった男の子。思い出すだけでまた、その双眸に涙がこみ上げてくる。だが……その思いに浸っていられるほど、時間はない。
雪が走り去った後、周平が生命を散らしたあの場所から連続した銃声が響いた。鯉山美久(女子18番)のものとは違う、おそらくは、『仮面』――西大寺陣の放った銃声。
十中八九、美久は既にこの世にはいないだろう。美久が放った銃声のような音はそのあと一切聞こえてはこなかった。それはつまり、陣が美久を殺した――ということに他ならない。もはや、この会場にいる者は雪と貴子……そして陣の三人だけになったのだ。
深雪に埋もれた坂道を、雪は気力を振り絞って登っていく。とにかく、貴子を探さなければならない。今貴子が何処にいるのかは分からない。だが、意地でも探しだすしかなかった。
そう思いながら坂を登り切ると、目の前に一件の建物が見えた。雪はその建物に見覚えがあった。
「これは……、あの山荘――」
そこに建っていたのは、かつて惨劇の舞台となったあの山荘。雪はそこで初めて、自分がC−1エリアまで来ていたことを知った。
あの時、この山荘の中で雪は友人の幸島早苗(女子5番)と吉井萌(女子17番)を喪った。きっと中にはまだ、二人の亡骸があるのだろう。そしてあの時生き残った友人たちも死んでいき……今は、雪と貴子しか残っていない。
「また、ここに戻ってきたんだ……」
雪がそう呟く。あまりにも忌まわしい、記憶。目の前で友人が殺されていく映像が蘇る。そしてその犯人である『仮面』――その中の顔が、映像として見えるような気がする。冷たい眼をした西大寺陣が、萌と早苗を殺していく……。
「やっと、戻ってきた……」
そんな声が、雪の耳に届いた。すぐに雪は、声のした方向に向かって駆け出した。聞き覚えのある声、だった。
雪が駆け出したその先には、一人の少女が立っていた。間違いなく、粟倉貴子だった。彼女は、ただただ山荘をじっと見据えながら雪の上に立っている。その手には大きな自動拳銃――以前早苗に支給されていたブローニングハイパワーだ――がある。
「貴子……」
雪は貴子に声をかける。だが貴子は雪に気付いていないかのように、一人言葉をぼそぼそと紡いでいる。
「これが私の、罪の象徴……。ここが私に相応しい最期の場所――」
「ねえ、貴子! 私よ、雪! ねえ!」
必死で声をかける。何とか、何とか貴子に声を届けたかったから。しかし、雪の声は貴子に届かない。貴子はずっと、うわ言のように呟き続けている。
「全てを失って……煉獄へ……。早く、私をそこへ送って? 陣……」
その瞬間、雪は全てを悟った。今の貴子には、自分など見えていないのだということを。今の貴子が考えていることは、『仮面』である恋人――西大寺陣に殺される。ただ、それだけなのだと。
しかし同時に、分かったこともある。やはり貴子は、全てを理解していたのだ。『仮面』は陣であると。そして、智花の復讐のために殺し続けていると。
――真実が、雪の目の前に開けた。
だが、雪は全てを知ってなお貴子に声をかけ続けた。
「貴子! ねえ、返事してよ! 貴子ぉっ……」
せめて、気付いてほしかった。今目の前に、自分がいることに。共に罪を共有する者が、今ここに、傍にいることを知ってほしかった。しかし、貴子はそれに応えない。
「陣……? 陣……?」
「お願いだから――、返事してよっ……貴子……」
眼から涙が溢れて止まらない。目の前の貴子すら見えなくなり始める。それでも、雪は貴子に声をかけ続ける。
やがて、貴子が呟きを止めた。
「たか、こ……?」
貴子の変化に、雪は戸惑いながらも声をかけた。すると、貴子はゆっくりと雪の方に顔を向けた。何も見つめていないかのような、真っ暗な瞳で。雪を。見つめた。
「ゆ、き……?」
貴子は小首を傾げるような反応を見せて、雪に言った。まるで、今雪がいることに気付いたかのような、そんな反応。
「どうしたの、雪……」
「貴子っ!」
次の瞬間、雪は貴子に抱きついていた。ようやく、ようやく振り向いてもらえた。そのことが嬉しかった。嬉しくて仕方がなかった。
「良かった……貴子っ……」
「……? ねえ、どうしたのよ、雪……」
貴子には、まだ状況が飲み込めていない様子だった。雪は、涙を浮かべた双眸で貴子を見据えて言った。
「貴子だけが、貴子だけが背負わなくて良いから! 私だって、同じ罪を背負ってるんだから……だから……」
その先の言葉が、出て来ない。嗚咽ばかり出てきて先に進まない。それでも何とか雪が先の言葉を紡ぎだそうとした、その時だった。
雪を踏みしめる、足音がした。
それに気付いて、雪はそっと足音のした方を見る。貴子も、それにつられてか、貴子も同じ方向に顔を向けた。
そこには、『仮面』がいた。右手に日本刀、そして腰にマシンガンを差して立っていた。そして『仮面』は、ゆっくりと左手で仮面を外し、雪の上に捨てた。
西大寺陣が、日常では一度も見せたことのないような冷たい瞳でじっと二人を見据えていた。その表情は、まるで能面のように固まったままだった。
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