BATTLE ROYALE
仮面演舞


第94話

「じ……ん」
 貴子が、そう呟いたのが聞こえた。目の前にいる陣は、貴子と雪をじっと冷たい瞳で見据えたまま動かない。襲い掛かってくる素振りも見せない。ただじっと、こちらを見ている。
「西大寺君が、『仮面』。それで、良いんだよね?」
 雪は、途切れ途切れに声をかける。一番の問題は、それだった。陣は今確かに、仮面を外して捨てた。もはや、彼に正体を隠す気などないのだろう。
 しばらくの沈黙の後、陣が言った。
「ああ。俺が……『仮面』だ。俺が、シバタチワカから仮面を受け継いだ」
 初めての、告白だった。これまで雪は、二度陣に会っている。しかし、その時の陣からは殺意も何も感じ取ることはできなかった。雪が何も言わないでいると、陣がぽつぽつと話し始めた。
「俺は、贖罪をしなければいけない。俺は、智花のことを分かってやれなかったから……。ずっと傍にいたはずなのに、ひどく遠い場所に俺はいた……」
「……西大寺君と、智花は……」
「幼馴染だった。ずっと近くにいたから、何でも分かってるつもりになってたんだよ。俺は……」
 雪の言葉を遮って、陣は雪の想像通りの言葉を呟く。そしてまた、言葉を紡ぐ。
「俺は必ず、全てをやり遂げる。そして全てを終わらせる。あの日の俺の罪を贖うために」
 陣が、日本刀を強く握り締める。だがその刃は動かない。あくまでも、決意の表れということのようだ。
「なあ、貴子。上斎原」
 陣が雪たちに話しかけてくる。その言葉に、ここまで無言だった貴子が反応した。まるで愛する人を探すように、そして罪の着地点を求めて彷徨う罪人のように。
「陣……。分かってるわ。分かってる……」
「俺たちは、醜い存在だとは思わないか? ちょっとの嫉妬とかで人を陥れて、近い人の心には気付けない。そして自らの罪に関係のない者も巻き込んで地獄へ堕ちていく……。これ以上に醜い存在なんて、俺はないと思うんだよ」
 陣は、それまでとは違う一際大きな声で言う。それは何かを主張するような雰囲気だった。持論を展開するテレビの評論家、それともバラエティー番組で何かを主張する子供のように。
「だから……ここで終わるのがきっと正しい選択なんだよ。醜すぎて、自分で自分に反吐が出そうになるよ。もう……嫌だな。こんな俺」
 そう言って、陣が虚空を見上げた。その眼からは、一筋の涙が伝う。雪はその時、はっきりと確信した。陣は、もう壊れているのだと。そして貴子は、それを理解している。だから貴子は、陣と共に壊れようとしている。陣に背負わせないで、自分も共に。その結果が、崩壊だとしても。
「陣……! 私も、嫌。こんな自分が、嫌。だから、私を送って? 深い深い業の闇へ。……ね?」
 貴子が、陣にそう言った。とても力強く、そして哀れに。その眼に、涙が浮かんでいる。
 その光景を見て、雪は思う。もはや、二人は遠い遠い場所にいる。決して戻ってくることは叶わない。そんな世界にいるのだと、確信した。
「西大寺、君」
 雪は、そっと陣に声をかけた。陣が、声に反応してこちらを向く。
「……二人だけは、駄目。私も行く。貴子の大親友の私もいないと……いくら西大寺君がいても寂しくなるわ。きっと」
 はっきりと力強く、雪は言った。もう揺らぐことのない決意を、たった今固めた。
――私も罪人だから。貴子と西大寺君だけには背負わせない。
 どれだけ勝手なことを言っているのか、それは十分理解しているはずだ。だが、ここで自分だけ置いていかれてもどうしようもない。 何より、陣の目的達成のためには自分の生命が必要なはずだった。
「雪……」
 貴子が、雪の方を見る。その顔に微かな不安が浮かんでいる。
「大丈夫だから。私は、絶対何処にも行かない。貴子の傍で、ずっと……。祥子たちには、悪いかもしれないけど、ね」
 そう言って、雪は貴子に微笑みかけた。その顔を見て、貴子は無言で頷いた。
「……上斎原。それで良いのか?」
「どちらにしろ、私は西大寺君に殺される。なら、ただ復讐のために殺されるよりは良いじゃない」
「なるほど、な」
 そう言って、陣が日本刀を構える。貴子も雪から離れた。それに応じて、雪はそっと眼を閉じた。
「ねえ、最後に教えて?」
「ん?」
「貴子のこと、好きだったの? それとも、何か目的があったの?」
 雪の問いかけに、陣はしばらくの沈黙を挟んで言った。
「……好きだ。絶対に嘘じゃない。俺は、貴子を愛してる」
「そう……ありがとう」
 そう呟いて、雪は何も言わなかった。

――ごめんね、庄君。私……庄君とは同じ場所には行けない。貴子の傍にいてあげないといけないから……本当に、ごめんなさい。

 雪を踏みしめる音が耳に届く。

――先に、待ってるから。貴子……。

 身体から、熱いものが噴き出すのを感じた。それが自分の血液だということはすぐに理解できた。身体がゆっくりと揺らぎ、雪の上に倒れるのが分かる。ひんやりとした感触が身体に残る。意識が薄らいでいく……。そうして、上斎原雪の生命は地上から消失した。


「……俺たち、二人だけか」
 陣が、雪の胸から日本刀を抜いてその血を拭い始める。貴子は、その光景をじっと見ていた。
 白い地面を赤く染め上げている中心で、雪の仰向けになった亡骸が横たわっている。その眼は閉じられ、穏やかな表情を浮かべていた。雪は最期まで、雪らしかった。貴子のことを思って、逝った。
「――雪……」
「貴子、最後に少し話でも、しないか?」
 貴子に、陣がそう声をかけてきた。
 
 <AM7:21> 女子3番 上斎原雪 ゲーム退場 
                                                            

                           <残り2人>


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