BATTLE ROYALE
仮面演舞


第95話

「最後に少し話でも、しないか?」
 陣が、貴子に向けて言う。その言葉を聞いた時、貴子は一ヶ月前のことを思い返していた。


――粟倉さん。
 一ヶ月前の、ある日。下校するために下駄箱の前でスニーカーを履こうとしていた貴子に、陣が声をかけてきた。あまりに突然のことに貴子はびっくりして、そして少し心臓が高鳴った。ずっと憧れていた陣が、こうして貴子に声をかけてきた。それはとても嬉しいものだった。
 しかし同時に、そんな自分への嫌悪感も感じていた。もう渡場智花が死んでから一ヶ月――。しかし貴子に、安息の日はなかったと言ってよかった。

 智花を、自殺へ追い込んでしまったという思い。それはとても重くて、大きいもの。それを貴子は必死で覆い隠してきた。引き摺ってはならない。悔やんでも悔やんでも、どうともできないことなのだから――と。
 それでも今、貴子は毎日夕暮れ近くまで家に帰ろうとはしない。部活――吹奏楽部だって、既に引退している。両親は未だに帰りの遅い貴子を気にし始めている。だが、すぐに家に帰ろうという気にはなれなかった。
 そして貴子は毎日皆が帰った後で、教室で一人、智花の席を見つめていた。卒業の時まで置かれることが決定した、卒業できない彼女の席を――ただ、見つめるだけ。それだけ、だった。

 暗澹たる気持ちを抱きながら、貴子は目の前の陣を見る。
 外はもう、夕暮れ時。周囲に人の姿はない。こんな時間まで、陣は学校に残っていたのだろうか? 陣だって、剣道部はもう引退しているはずなのに?

――まさか……見られたの?

 貴子は急速に不安になった。陣に、自分が智花の席を見つめているところを見られたのではないか。そう思った。
 もしかしたら、陣はそこから智花の自殺と自分を繋げて考えたかもしれない――。そんな杞憂に等しい思いが駆け巡る。そしてどんどん気持ちは落ち込んでいく。そうやって表情に陰りを見せる貴子を、陣は不思議そうに見ていた。
――……粟倉さん?
 陣の声に、貴子は我に帰った。そして、言った。
――え、えっと……な、何? 西大寺君。
 酷くぎこちない返答。下手をすれば、ますます疑問に思われる。そう思った。だが陣は、特にそのことには触れずに言った。
――ちょっと、話があるんだ――。

 唐突な、言葉だった。いきなりの呼び出し。いったい何事かと、気になって仕方がなかった。動揺を隠しながら、貴子は陣の話を聞くことにした。
――話なら聞くけど――何?
 そう答えると、陣は少しだけまごつきながら言う。
――いや、できれば……人のいないところで話したいんだ。
――もう、残ってる人なんていないわ。ここで大丈夫だと思うけど?
 貴子がそう答える。すると陣は、
――それも、そうだね。
 そう言って、貴子の顔を見据えた。そして……言ったのだ。

――粟倉さん、俺……粟倉さんのことが好きだ。だからその……もし良ければ、俺と……付き合ってくれない?

 その瞬間、貴子の時間は確かに止まった。あまりにも唐突で、予想外な言葉だったから。貴子は、この言葉にどう返すべきなのか分からなかった。だが、ひとつだけ分かっていたことがある。
――自分には、彼に愛してもらうことは許されないのではないか――? 
 そう、貴子の脳自体はこの告白を受け入れることを認めてはいなかったのだ。だが――。

――わ、私で良かったら……喜んで。

 言葉は思いとは裏腹に、彼の告白を受ける意思を表明していた。貴子の深層心理にある陣への好意が、その言葉を言わせたのかもしれない。今になって思えば、そんな推測もできる。だが、この時貴子が陣の告白を受けた――、それは事実として残っているのだ。

――……良かった……。断られたらどうしようかと思って、少し不安だったんだけど――ありがとう! じゃあ、俺はこれで……。

 陣はそう言うと、外へと走って行ってしまった。あまりにも慌てた様子で、よほど嬉しかったらしいのが分かる。しかし、貴子の心はどうしても晴れないでいた。

――私……何してるんだろう――。私は、そんな資格なんてないのに――。

 憂鬱な気分を抱えたまま、貴子は家路につくことになった。


 結局、貴子は陣との交際をスタートさせた。だが、心の中で常に自分に言い聞かせてきた。これは智花のことを引き摺らずにこれからを生きていくために必要な選択だったのだと。
 しかし、貴子は逃れることが出来なかった。どう足掻いても、足掻いても――常に脳裏をちらつくのは智花のこと。それでも、必死に振り切ろうとして生きてきたのだ。だが、プログラムに巻き込まれた。そして『仮面』が智花の復讐をしていると気付いた時に、全てを悟った。もう、自分は智花の死という鎖に永遠に縛られたままなのだ、と。
 やがて『仮面』の正体が陣だと知った時、貴子は思った。

――これは罰。嫉妬で親友を裏切った自分に対しての罰。自分が一番好きな男の子に殺されるという、罰。
――それで、良いじゃない。私みたいな女に相応しい死に方じゃない……。


 そして今、目の前にその陣がいる。今から私を殺すために。
「……貴子。俺はずっと思っていたことがあるんだ」
 陣はそう呟いて、雪の上に座る。それを見て、貴子もそれに合わせて隣に座った。
「何を?」
 貴子が尋ねると、陣は正面を向いたまま答えた。
「この復讐は、俺の贖罪なんだって。智花を救ってやれなかった俺にとっての贖罪なんだ」
「陣の、贖罪……」
「智花を救えなかった罪で、俺は復讐に駆り立てられ……罪に塗れていく。一生拭うことのできない、罪に。それこそが、俺の罰なんだよ」
 滔々と話す陣を見つめながら、貴子は思う。陣も、自分と同じだったのだと。自らの行いに罪を感じ、それを贖うために自分なりの形で罰を受けようとしている。自分は陣に殺される形で。そして陣はクラスメイトを殺す罪を犯すことで。
 そこまでしなければいけないのかどうか、それは分からない。だが、貴子は思う。

――こうしなければ、自分は壊れてしまう。

 それはきっと単なるエゴなのかもしれない。だが、構いはしない。これが自分たちの贖罪なのだと思うのならば、それで構わないのではないか。そんな風に考える。

「なら……私を殺さなきゃね。陣にとってそれが贖罪なら、私にとってもそれが贖罪だから」
「貴子……」

 そして、貴子はこう続ける。
「だから……ここで終わるのが正しい選択なんだよ」

                           <残り2人>


   次のページ   前のページ  名簿一覧  生徒資料  表紙