BATTLE ROYALE
仮面演舞


第96話

 貴子が、言っている。上斎原雪(女子3番)を殺す前、貴子と雪に言った言葉。全く同じ言葉を、陣に向かって。

――だから……ここで終わるのが正しい選択なんだよ。

 そう、そのためにここまできた。そのことは陣も十分に理解している。だから、さっきも貴子にその意志を語ったのだ。しかし……何故か今、この右腕が言うことを聞かないでいる。その手に握られた日本刀。これをほんの少し振るうだけ。それだけで良いはずなのに、動かない。
――この期に及んで……何を恐れてるんだ、俺は――。
 右腕に力を込める。しかし、動かせない。まるで金縛りにあったかのように、動かない。貴子が、陣の顔を見る。
「……どうか、した?」
「いや……何でも、ない」
 貴子にそう答えて、陣は必死で右腕に力を込める。振るうだけなのに、それだけなのに――。

――陣君――!

 その時、陣の耳に何かの声が聞こえた気がした。聞き慣れた――しかしもう随分聞くこともなかったはずの、声。
――智花……?
 それは確かに、智花の声だった。
――俺に、やめろとでも言うのか……? なら、遅いよ。遅すぎた。もう何もかも止まれないところまで来てしまった。俺も、貴子も……先に行って待っている上斎原も……揃って煉獄行き。もう、そう定められてるんだよ。
 陣は、心でそう呟く。すると、もう智花の声はしなくなった。どうやら、自分の心の微かな迷いの産物だったようだ。そして、声が聞こえなくなると同時に右腕も動くようになった。
――よし……。
 ようやく、陣はその右腕を動かし、日本刀の切っ先を貴子に向ける。貴子はその切っ先をじっと見つめ、やがて陣に向かって言った。
「やっと――やっと、なのね」
「ああ」
 日本刀を両手でしっかりと握り、陣はその切っ先を貴子の胸元に突きつける。貴子はその一連の動作を真顔で見つめていた。そして陣は、貴子に声をかける。
「次に会うときは煉獄で会おう、貴子」
「ええ――」
 貴子が答えたのとほぼ同時に、陣は日本刀の刃を貴子の胸に突き立てた。貴子の表情は一瞬痛みで強張りを見せたが、すぐにその強張りは消えた。傷口からはじわじわと血液が滲み出してくる。
「先に、待ってるから……」
 貴子が、弱々しくなった声で言う。陣も、その言葉に答える。
「ああ。上斎原にも、よろしくな」
「分かって、る――」
 そう答えたところで、貴子の身体は動かなくなった。陣によって突き立てられた日本刀によって、その身を起こしたまま。間違いなく、貴子はその生命を終えていた。そのことを確認すると、陣はゆっくりと貴子の胸から日本刀を引き抜いた。同時に鮮血が噴き出し、陣の顔を、身体を――真っ赤に染め上げていく。しかし、陣はそれを拭おうとはしなかった。

――もう少しだけ、一緒にいようか。貴子。

 重力に従って、貴子の身体が雪の上へと倒れこもうとする。それを陣は、そっと抱き抱えて止めた。まだその身体には、若干の温もりが残っていた。その温もりを感じながら、陣は貴子の身体を丁寧に雪の上に寝かせた。その時、辺りにサイレン音が鳴り響いた。陣は音に反応して、ゆっくりと緋色に染まった顔を上げる。
『おめでとうございます。優勝者は男子8番、西大寺陣君。君に決定しました。速やかにスタート地点のロッジまで戻ってきてください』
 福浜の声が、周囲に響いた。初対面の時よりもどことなく、怒気がこもっているようにも聞こえる。定時放送に使用しているスピーカーから流しているのだろう。
 とうとう、このスキー場にいる生徒は陣だけとなった。そのことを陣は自覚した。すなわち、自分が優勝したということだ。しかし、陣にとってそんなことはどうでも良いことだった。

――一刻も早く、終わらせないといけない。

 陣の心にはその思いしかない。優勝など、プログラムなど、福浜の指示など……どうでも良い。もともと、薫には優勝したら殺してほしいと言っていた。生への渇望など既に無くしていた。
 もう、わざわざ戻るのも面倒に感じていた。そんな面倒事をこなす暇があったら、さっさと死んでしまった方が良い。
 陣はゆったりとした手つきで、肩にかけていたデイパックを下ろす。そしてジッパーを開けてその中を見る。陣の眼に最初に飛び込んできたのは、ルガーP08。陣はルガーを手に取った。

 <AM7:51> 女子1番 粟倉貴子 ゲーム退場

            <残り1人/ゲーム終了・以上岡山県岡山市立央谷東中学校3年C組プログラム実施本部管理モニタより>


 浅口薫は、雪道をひたすらに走っていた。背後からは、だいぶ戸惑った様子で作東京平がついてきている。
『アクシデント』はあったものの、どうにか
早島光恵(女子11番)が引き起こしたJ?6エリアの火災の後処理を終えて本部に戻ろうとした薫の耳に、福浜の声が入ってきた。西大寺陣の優勝を知らせる、放送が。
 その声には、怒りが混じっているように感じられた。そう感じた直後、薫の背筋に悪寒が走る。

――急いで、ロッジに戻って父を止めなければ。

 薫は走り出した。背後から京平の呼び止める声がしたが、今は立ち止まっている暇などない。福浜を止めなければいけない。それだけを考えていた。
 先程の放送。その福浜の声から感じた怒り。それが本物ならば――福浜は戻ってきた陣を即座に殺すつもりだ。
 もともと、福浜には優勝者を出すつもりなど毛頭なかったのだ。愛する娘を失った恨みを、このクラスの生徒全員にぶつけるつもりでいたに違いない。優勝者が出たら、プログラム中の傷が原因で途中で死亡した扱いにでもする気なのだろう(それが政府に通用するかどうかは別だが)。それは智花の幼馴染である陣も同様だ。智花の悩みに気付けなかった、愚かな幼馴染として福浜は陣を認識していたのだ。
 だが、薫はそれだけは認められなかった。こうして父や京平、犬島と共にやってきたが、途中で父の考えは想像できた。それだけに、陣と接触した時に陣の言った一言が衝撃だった。

――もし俺が優勝したら、俺を殺して下さい。

 あの時の陣の眼は、本気の眼だった。しかし、薫には到底承服しかねるものだった。本人に面と向かってそれは言えなかったが、そのようなことは認められない。そう思った。もちろん、他の生徒が優勝したとしても、だ。
 しかし父は、このクラスの者たちを本気で恨んでいる。いや、正確には恨みをぶつけてしまおうとしている。そんな父の前に陣が一人現れたならば……父は確実に陣を嬲り殺しにしてしまうだろう。それだけは、どうしても避けたかった。だからこそ、一刻も早く本部に戻り陣を保護しなければならない。そう思って薫が走っていた時だった。
 遠くから、一発の銃声が聞こえた。

――何故、優勝者が決まったこの段階で銃声が……?

 薫には最初、その意味が理解できなかった。しかし銃声の余韻が終わった頃に一つの結論に達した。
……最悪の、事態が起こってしまったことを確信した。

「おい薫、いきなりどうしたんだよ……」
 追いついてきた京平の声が背中越しに聞こえる。しかし薫は再び京平の声を無視して、銃声のした方角に走り出した。
「あっ、おい……!」
 京平もまた、それについてくる。

 薫は銃声のした方角のエリアをあちこち走り回る。しかし、そのどこにも陣の姿は見えない。林の中にも、ゲレンデにも。その時、薫の眼に一件の建物が見えた。C?1エリア内に存在する、山荘。記録によれば、陣が粟倉貴子の友人たちを殺していった、あの山荘。

――ひょっとして――!

 薫は即座に駆け出す。山荘までの雪の坂道を気にもせずに走る。そうしてようやく、山荘の前に出てきた。そこには、薫の予想通りの光景が広がっていた。
 周囲を真っ赤に染め上げた雪の上に仰向けに横たわる、上斎原雪の亡骸。そこから少し離れた位置には、同じように横たわる貴子の亡骸。そのどちらも、手を組ませて眼を閉じさせてある。おそらくは、陣がやったのだろう。
 そして山荘の玄関前に、陣はいた。右手に拳銃――ルガーP08を握り、仰向けに倒れている。薫は陣に駆け寄ってその様子を調べた。陣はぴくりとも動かない。
 やがて薫は、陣の頭部を中心に血溜りが広がっていることに気がついた。すぐに薫は、陣の身体を起こす。そして、愕然とした。陣の後頭部は、きれいに吹き飛んでしまっていた。おそらくは口の中に銃を入れ、頭を撃ち抜いたのだ。
 やはり、先ほどの銃声は陣が自殺した音だったのだ。
 瞬間、薫は全身の力が抜けていくのを感じた。雪の上に膝をつき、動けなくなった。

 しばらくして追いついた京平は、西大寺陣の亡骸の前で膝をついた薫を見つけた。すぐに京平は薫を起こそうとしたが、薫はぴくりとも動かず、呆けた表情で何処ともつかない空間を虚ろな眼で見ているだけだった。

 <AM8:02> 男子8番 西大寺陣 死亡


<残り0人――優勝者:ゲーム終了後自殺/以上岡山県岡山市立央谷東中学校3年C組プログラム実施本部管理モニタより>


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