BATTLE ROYALE
仮面演舞


エピローグ・1〜そして、何もかも――〜

 1997年、12月。東京・渋谷。町はすっかり冬を意識した色どりに染まり、あちこちの店でクリスマスの装いが始まっている。そんな街並みの中を、浅口薫(元・専守防衛軍三等陸曹)は歩いていた。賑やかな街の様子を見て、薫はふっと息をつく。吐いた息が白くなって、冬空に溶け込んでいった。
――もう、二年か……。
 薫は、二年前のプログラムのことを記憶の中から紡ぎ出した。


 
西大寺陣(1995年度岡山県岡山市立央谷東中学校3年C組男子8番)の死を確認した後のことは、よく覚えていない。気がつけば、ロッジの一室でベッドの上に横たわっていた。薫はすぐに状況を確認しようと立ち上がったが、傍らにいた作東京平に止められてしまった。
 どうやら薫は、陣の死のショックからか気を失ってしまっていたらしい。京平の手で、どうにかここまで連れて来られたという。
――お前を運ぶの、結構きつかったぞ? やっぱり軍で鍛えてるからか?
 京平はそう言って、両腕をだらりと下げて揺らす仕草をして見せた。

 眼を覚ました頃には既に、本部を撤収し帰還する準備が始まっていた。薫の傍にいた京平を除いて、全員がその準備に追われていた。 薫はその機会に父・福浜に話しかけようとしたが「忙しいから」と断られてしまった。仕方なく、帰還の準備が終わってからもう一度声をかけた。

――お父さん……。

――どうした?

 父は、普段と全く変わらない様子で言った。その様子が、薫には少し不可解だった。
 しかし薫は、質問してみることにした。

――お父さんは、優勝者を殺すつもりだった――?

 その言葉に父は一瞬顔を強張らせたが、少しして口を開いた。

――ああ。そのつもりだった。私にとっては智花の仇みたいなものだったからな。

 予想通りの言葉だった。やはり、父は最初からそのつもりでいたのだ。もし陣が自殺などしなくても――、彼は父の手でこの場所で殺されていたのだ。結果は、変わらなかったのだ。それが分かると、薫は落胆の色を隠せなかった。
――だが……。
 しかし、父はさらに言葉を続ける。

――陣君が死んで――、何かが私の中で崩れていくような気がしたよ。私のやってきたことが何だったのか……それを目の前に突きつけられている――そんな気分がした。
――まるで、陣君に何かを諭されたような……、そんな気がするよ。

――まあ、もう遅すぎたのだがな。

 どこか遠くを見るような眼つきでそう呟いた後で、父は犬島に促されて帰還用の軍用ジープに乗り込み、行ってしまった。
――薫、俺たちも帰ろう。
 いつの間にかいたらしい京平が、そう言って背後から薫の肩を叩いた。

 そして帰還後まもなく、薫は専守防衛軍を退職した――。


 軍を辞めることを京平に伝えた時、彼は言っていた。
――今回のプログラムのことが原因なのか? でも薫がそこまで――。
 だが薫は、言いかけた京平の言葉を止めてこう言った。

――私にも責任があるの。彼を巻き込んでしまった責任が。これは、私のけじめだから。

 薫の言葉を聞いた京平も、決意は固いと悟ったのかそれ以上は止めるような言葉をかけることはなかった。しかし、彼はその後でこうも言った。

――でもな、自分から不幸へ向かっていったりはするなよ? そんなことに……意味なんてないんだから。

 そんな彼の言葉が、薫には嬉しかった。


 街の中心部、スクランブル交差点に出た。まだ昼間だというのに、あちこちに人がいる。中には学生にしか見えない少女の姿も見えるが、良いのだろうか? しかし今はそんなことを気にしていても仕方がない。
 とにかく、今は目的の場所へ行かなくてはいけない。会わなければならない人物が、薫にはいた(そのことを京平に伝えて岡山を発つ時、京平は一言「よろしく言っておいてくれ」とだけ言っていた)。
 京平との婚約は、未だ果たされてはいない。というより、薫が一方的にもう少し時間が欲しいと懇願した。彼も薫の心情は理解していたのか、あっさりと承諾してくれた。

 二年前のプログラムにおいての薫たちの行為――プログラム運営側が、プログラムを私怨を晴らす場に使ったこと――については、父が責任を取って担当教官の職から退くことで決着がついた。そのことについて父は、何も言わなかった。しかし……それからの父は、どこかすっきりとした顔をしていた。
 父は今、岡山で一念発起して農業を始めた。何せ何の知識も持っていなかっただけに、一年経っても苦労を続けている。しかし家の中には、久方ぶりの平穏がやってきている。


 そこまで考えたところで、薫はふと思い出して腕時計を見た。少し古びた腕時計の文字盤が、午後1時54分を指していた。
――……もうそろそろ、約束の時間ね。急がないと。
 薫は急ぎ足気味に、目的の場所へと向かうことにした。


 しばらくして、薫はようやく目的の場所についた。落ち着いた雰囲気を醸し出す、渋谷の中心から少し外れた場所にある喫茶店。内装の一部に煉瓦を使った点が、どことなく薫の趣味に合っている。今は、全く客がいない。ちょうど良い時間帯だったようだと、薫は思った。
 ここで会う予定の人物は、約束を交わした際にこの店を指定してきた。理由を聞いてみると「ここで、バイトしてるんです」と微笑みながら答えたのを、薫はよく覚えている。
 もう一度、腕時計を見る。時刻は、午後2時2分。約束の時間は2時だったのだが、ほんのちょっとだけ遅れてしまったようだ。しかし、相手はまだ現われていない。

――何か、あったのかな……?

 薫はそう思いながら、店の奥、窓際の席に座って相手を待つことにした(もちろん、注文も忘れなかった。カウンターにいた店長らしき中年男性にカフェ・オレを頼んだ)。それからまもなく、店の扉が開く音が聞こえた。カウンター席の方で声が聞こえる。
「店長。言ってた人、もう来てますか?」
「ああ、来ているみたいだね」
 店長がそう答えると、会話の相手は、薫のいる席に向かってやってくる。そして、薫に声をかけてきた。
「すみません、浅口さん。遅れちゃって……」
 そこには、紺色のブレザーを着た女子高生が立っていた。前髪を真ん中分けにしたセミロングヘアが特徴的で、広めの額が目立っている。やや切れ長な眼が、彼女の魅力を強めているように薫は思った。
「大丈夫よ。私もほんの少し前に来たばかりだから」
「本当にすみません……」
 そう言うと、その相手は薫に深々と頭を下げる。薫はそれを制し、座るように促す。
「まあ、話は座ってからしましょう。和泉さん」


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