BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
断片編
第1話〜瞬間の章・1『呪縛』
おそらく、あの日あの時まで少女はごくごく平凡な少女だったはずだ。そう、あの瞬間までは。
少女は、何不自由なく育った。少々恰幅の良い父に似て少し丸い体系となった以外には、何も問題はなかったといえる。母も少し過保護気味なところを除けばごく普通の母親で、少女はその生活に満足していた。
金銭的な面での苦労もなく、むしろ恵まれていたのかもしれないが、その認識自体は些細なことだった。
あの日、少女は小学校からの帰路についていた。そしてその道すがら、少女はある光景を目撃した。
古びた廃墟、その中に一人の少年が入っていく姿を見たのだ。
その少年のことを、少女はよく知っていた。同じ小学校の同じクラスにいる、ちょっと他よりも目立った少年。明るく頼り甲斐のある、少女の憧れの存在だった。これが、少女の初恋だったのかもしれない。
――何をしているんだろう?
少女は、彼のことが気になった。それはきっと、初恋の相手のことをもっと知りたい。そんな思いだったのだろう。
とにかく彼女は、少年の後を追って、廃墟に入ることにした。道草を食ったことが母に知られて大目玉を食らうかもしれないとか、そういったことは何一つ考えず。
廃墟の中は汚くて、埃っぽくて……何より時折異臭がする。こう言った場所のことを全くと言っていいほど知らなかった少女は、その異質さに驚きと嫌悪感を覚えながらも奥へと進んでいった。思ったよりも中が広かったせいで、気をつけていないと迷ってしまいそうで少女は恐れを感じた。先に入っていった少年の姿は全く見えない。それが彼女の不安をさらに煽る。
やがてどんどん周囲が暗くなっていく。その状況に恐怖を覚えながらも、なおも少女は進む。そしてようやく、窓から光の差し込む場所に出た。
何気なく少女は、窓の外を見た。恐怖から来る不安が、そうさせたのかもしれない。しかしその時、彼女は見た。窓の外へと、少年が出ていく姿を。その後から、一人の少女が続く。彼女は……自分と同じくらいだろうか? 少女にはそのくらいしか分からない。はっきりと、その表情までは見ることが出来なかったからだ。
そして少女は、彼らが出て行った部屋を注視する。彼らは何かから逃げるような、そんな雰囲気で窓から出て行った。だとしたら、一体……?
少女は、意を決してその部屋に入ってみることにした。もっとも、そのことをすぐに後悔することになったのだが……。
その部屋には、金属製のドアが設置されていた。少女がノブを回してみると、ドアは容易に開く様子を見せる。少女はドアをそっと押しながら、中へと入っていく。
ドアの奥に広がっていた光景、そこには彼女が全く知らなかった世界が広がっていた。
思わず吐き気を催すほどの凄惨でおぞましい光景。ここで一体何が起こったのか、彼女には全く想像もつかなかった。まだ世間を知らない少女には、目の前に広がるものが何なのかさえ分からない。しかし、その光景が『見てはいけないもの』だということは辛うじて分かった。
部屋中に異臭が漂っている。それはここに来る途中に嗅いだ臭いとは全く質の異なる、形容しがたい悪臭。少女は弾かれるように、部屋を飛び出した。
そして思わず、腹の底から叫んでいた。
「嫌……嫌ァァァァァ!」
――その後のことは、よく覚えていない。ひたすらに何かから逃げるように廃墟を飛び出し、全速力で家に帰ると、母が心配顔をして待っていたことは覚えている。帰りの遅い少女を、ずっと心配していたのだろう。そんな母の顔を見ると、彼女は思わず大声を上げて泣き始めた。誰かに、縋らずにはいられなかった。
母は何があったのか聞いてきたが、少女はその問いに満足に答えることができないでいた。あまりに衝撃的なものを見たせいか、ほとんどのことを忘れ去っていたのだ。覚えていたのは、あの廃墟に入っていったことだけ。あの時廃墟に入っていった初恋の少年も、誰だったかを思い出すことは遂にできなかった。
あの時、あの場所で何を見たのか。
それを彼女が思い出すことはなかったし、思い出す必要性もなかった。むしろその記憶を忘れたことで、彼女は今まで通りの平凡ながら幸せな生活へと戻っていくことができたといえる。
だが少女の知らないところで、あの時の記憶は彼女自身に影響を与えていた。そのことに気付いたのは、数年後のことだった。
通学途中の道で、少女はある光景を見た。道路に飛び出した野良猫が走ってきたトラックに轢かれる、その瞬間を。
道に散った猫の鮮血とその轢死体が目に入った直後、彼女の意識は途絶えた――。
少女はいつの間にか、血に過剰な反応を示すようになっていたのである。
それは、少女が中学三年生になった時のことであった。