BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第2話〜迷走の章・1『変化』

 今思えば、自分は少しませていたのかもしれない。そう少年は感じていた――。


 少年がその少女と出会ったのは、小学六年の頃だったと思う。入学した頃から同じ学年に彼女がいることは知っていたが、一度も同じクラスになることはなく、彼女がどんな人物なのかも知らなかった。だがその話したこともない少女に、彼はいつの間にか心惹かれていた。
 しかしこの時、初めて少年は少女と同じクラスとなったのだ。
 早速、彼は少女に声をかけてみた。少女は、少年の言葉にとてもにこやかに反応してくれた。その事実だけで、少年は嬉しかった。

 少女はいつも溌剌としていて、明るさが取り柄なのだと自分でもよく言っていた。そんな彼女を、少年は太陽のように思っていた。その明るさと暖かさで、周りを温める太陽。彼にとって少女は、まさしくそんな存在だった。
 そして少年は、ますます彼女に惹かれていった――。

 小学校を卒業し、中学校へと進学した少年は再び少女と同じクラスとなった。彼女は相変わらず太陽のような明るさで、少年も照らしてくれていた。少年は、そんな彼女のなるべく近くにいたいとさえ思うようになっていた。
 少女が女子バスケットボール部に入ることを知った少年は、後を追うように男子バスケ部に入部することを決めた。部活は違うが、こうすればきっと彼女の近くにいられる。そう信じていたのである。
 動機は不純だったが、実際彼はよく部活を頑張った。もともと運動神経は良かったし、部内に友人だって作ることができた。何より部活の終了時間が女子バスケ部とほとんど同じだったことが大きかった。
 少女と同じ時間に帰ることができる……。彼はこの機会に彼女に何度も話しかけ、時には途中まで一緒に帰った。他愛もない話をしながら、陽の沈んだ町を共に歩く。それは少年にとって何よりもの幸福だった。

 少年と少女の関係が近づいていくのに、さほど時間はかからなかった――。

 中学二年へと進級して間もなくの頃だっただろうか。二年生になっても少年と少女は同じクラスだった。そしていつものように部活を終え、いつものように家路につこうとしていた。
 何故かその日はお互いに全く会話が弾まず、少年はひどく気まずい思いをしていた。
 その時、突然少女が口を開いた。

――ねえ。

 突然の声に、少年は若干慌てた。しかしそれをどうにか取り繕う。

――な、何?

――……君は、バスケ好き?

 いきなりの質問に、少年はどう答えたら良いものか迷った。しかし同時に、何故少女がそんな質問をしてきたのかが気にもなっていた。
――何でまた、そんなことを聞いてくるの?

 少年がそう問い返すと、少女はじっと少年の顔を見据えて言う。

――……君、好きでバスケやってるように見えないの。どこかいつもぼうっとしてる感じがして……。私、好きでバスケやってるから――好きじゃないんだ。そういうの、あまり。

 彼は驚いた。何もかも見透かされているような、そんな思いがしてきた。彼女は、少年が自分目当てにバスケをしていることすら知っているのではないか。そんな風に思えてきた。
――全て、白状してしまった方が良いのかもしれない。
 少年はそんな思いにとらわれた。そして一つの言葉が、口をついて出た。

――俺は、……に憧れてたから、バスケを始めた。それじゃ、駄目か?

 何を言っているのだろうか。そんな思いで少年の脳内は支配される。自分の言葉がとてつもなく間抜けで、彼女の言葉への回答になっていないことにすぐに気付いた。そんな彼の思考とは関係なく、口が勝手に言葉を紡ぐ。

――そんな奴が好きじゃないって言うなら……俺もバスケを好きになる。絶対に好きになる。

 言葉を紡ぐたびに、少年の思考回路は混迷を極める。様々な思いが脳内を巡り、何もかもわけが分からなくなっていく。そんな彼の表情を見て、突然少女が噴き出した。

――……君、面白いね。

 そう言われて、少年はようやく彼女の言葉の真の意味を悟った。彼女にからかわれていた――。それが分かると、少年は無性に恥ずかしくなった。耳まで真っ赤に顔を染め、思わず俯いてしまう。
――顔、上げて?
 少女が、そう呟く。限りなく優しい口調で。
――私は、……君のこと嫌いじゃないよ? いや、むしろ――好き、かも。……君の、そういうところ。
 そんな彼女の言葉が、少年にとってはまるで福音のように思えた。


 この日を境に、少年と彼女の関係は大きく変化した。一緒に帰るだけのクラスメイトから、恋人へ。
 少年にとって、彼女との日々はとても楽しいものだった。街へのデート、帰り道での些細な会話、学校の屋上で、空を見ながら友達のことや先生のことを話す……少年の日々は、満ち足りていた。

 しかし、それが突如として変化したのだ。三年生になってまもなく、彼女が一緒に帰ることを拒み始めた。
 当初はやんわりと断られていたので、少年も特に気には留めなかった。しかし日を改めて話しかけても彼女の反応は薄く、徐々に彼女は少年を拒むかのような反応を見せるようになっていった。
 何が起こったのか、全く分からなかった。友人たちに相談してみても、全く解決策は見いだせない。そのうちにお互いに話をすることもなくなり……二人の関係は自然消滅した。

――だが、少年は未だに納得がいっていない。何故こんなことになったのか、その理由が掴めないのが嫌だった。自分に何か落ち度があったのかもしれないとも思った。しかし、彼女は決して少年と話をしようとはしなかった。
 そして少年は宙ぶらりんになったままの少女への想いを抱いたまま日々を過ごしていく。気付けば、修学旅行の日が間近に迫っていた。


   次のページ  前のページ  名簿一覧    表紙