BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第10話〜『合流』
階段を登った志賀崎康(男子7番)は、その眼前に広がる光景をじっと見つめた。地下街の上には、比較的綺麗に掃除された駅構内があった。
ややモダンな雰囲気を漂わせていて年季が入っていることを窺わせるが、これだけよく掃除されていれば『古い』という言い方はまずされないのではないだろうか。
そんなことを考えたが、同時にいくら何でもこのような状況でそれほど呑気にしてはいられない、とも康は思った。
――ひとまず、永市だけでも待たないとな。
康は、自分とさほど出発順が離れていない清川永市(男子9番)のことを考える。出発順を考えると、康と永市の間には園崎恭子(女子7番)、篠居幸靖(男子8番)、玉山真琴(女子8番)の3人がいる。だが、3人くらいであればやり過ごすことも可能だ。
しかしそうなると、やや離れ過ぎている蜷川悠斗(男子13番)や本谷健太(男子17番)、出発順が最後の方になる天羽峻(男子1番)、九戸真之(男子4番)とはスタート地点での合流がかなり難しくなる。
男子学級委員長を務めている康も、クラス全員の人間性を把握しているわけではない。康や永市と、悠斗たちとの間に出発する生徒がこの状況下で何をしでかすか、ほとんど想像ができない。
だからこそ、康は合流場所を書いたメモを永市に渡したのだ。
古嶋の描いた地図の南西にショッピングモールがあることに、あの時康はふと気付いた。そしてとっさに、学ランの中に持っていたシャーペン(シャーペンを持っていたというのは、改めて考えても運が良かったと思う。何しろ私物のスポーツバッグは出発まで古嶋たちに管理されていたので)で、そのあたりに落ちていた紙切れででメモを書いた。
『地図の南西、ショッピングモール』と。
これを永市に渡したうえで、悠斗たちにも渡すよう頼む。その後、古嶋の所へ向かっている間に永市が悠斗にメモを渡す姿が見えた。後は悠斗が残りの仲間にメモを渡せば良い。
――とりあえず、一旦身を隠した方が良いな。
そう思って、康は隠れ場所を探す。周囲によく目を配ると、最適の隠れ場所が康の眼に飛び込んできた。駅舎内のトイレの入り口が、そこにはあった。男女別の入り口があるが、ドアが奥に設置されているのか、僅かに死角がある。
――ここにいることにしよう。
康はトイレへと走る。ここならば永市が出てくるまでの間隠れているのにはちょうど良い。それにこの駅舎は全員出発から20分後に禁止エリアとなる。ならばこのエリアにわざわざ長く留まろうとする者もいないはずだ。
素早く外からの死角になる壁に背中を貼り付けるようにして隠れる。そしてそっと、わずかに顔を出してみる。
ちょうど、園崎恭子が階段を登って出てくるところだった。恭子はクラス内でも一際目立つ金髪のロングヘアーをなびかせながら、出口へと向かって歩いていく。その佇まいは何とも度胸が据わっていて、康も思わず感心してしまうほどだ。
恭子が出口から外へと出ていくのを見届けてから、康はそっとデイパックのチャックを開ける。古嶋の言っていた武器。ひとまずそれが何なのかは確認しておく必要があった。
デイパックの中には、確かに古嶋の言った通りのものが入っていた。ペットボトルの水が2本、どうにも安っぽいコッペパンが3つ。会場となっている町の地図に、手頃なサイズの懐中電灯。あとは武器なのだが……。
――奥の方にあるんだろうか。
康はさらに手をデイパックの奥へやる。すると、何かにその手が触れた。そっと手で探ると、何か長い棒のようなものがデイパックの中に横たわっているのが分かる。康はそれをゆっくりと取り出してみる。
その長い棒は、白木の鞘に包まれた日本刀だった。鞘から抜いてみると、鮮やかな白刃が康の顔を写しとっている。
これは、おそらく『アタリ』の部類に入るだろう。もちろん、他のクラスメイトには銃などが支給されている可能性がある。そうなるとさすがにこの日本刀で対処はできそうにない。
とりあえず、康は日本刀を鞘に納めてからもう一度、階段の方に少しだけ視線をやる。
それとほぼ同じタイミングで、篠居幸靖が階段を登って姿を見せた。がっちりした体躯に、丸刈りの頭。そして髪の毛は少しオレンジ色に染められている。そんな目立つ姿形をしている幸靖は、これといって臆した様子もなく出口へと向かっていく。
地元でも名の通った不良である浦島隆彦(男子2番)の手下的な立場にある幸靖だが、案外クラス内での受けは悪くない(女子受けは悪いみたいだが、そのあたりはまあ仕方がない)。腕っ節が強く、見た目から粗暴そうな印象を受けるが、話してみると比較的気の良いタイプである。その反面、あまり頭は良くないらしく、テストの時はいつもしょげかえっている。
彼は、隆彦との合流を目指すのだろうか。それとも……。
幸靖が出て行ってからきっかり2分後、玉山真琴が姿を見せた。ボーイッシュなショートカットに小顔、そしてクラスの女子で一番背が高いということもあってか、とてもスタイルが良い。
確かバトミントン部に所属していると聞いたことがある。普段は阪田雪乃(女子5番)たちとよく一緒にいる姿を見ていたが、この状況で、彼女は雪乃たちと行動することを選ぶのだろうか。
真琴は周囲をきょろきょろと見回している。それを見て、康は少し焦る。もし真琴に気付かれたら、少々面倒なことになりそうだ。しかし幸いにも、康の視線に気付くことなく出口へと向かっていった。どうも単なる不安から視線が泳いでいただけのようだ。
これで、あとは永市を待つだけだ。しかし康は、トイレから完全に姿を出そうとはしなかった。
万が一これまでに出発したうちの誰かが戻ってきて、そこで見つかってしまったら。そうなるのは避けたい。完全に信用することのできない相手に、永市との合流の際に一緒にいられたくはない。そうなると、その相手とも行動を共にする必要が出てくる。人数が増えれば、それだけ動きづらくなる。
慎重に慎重を重ねて、康は永市が姿を現すのを待つ。じっと待っているのは正直辛いが、待つしかない。
やがて、永市が階段から姿を現した。やや不安そうな表情ではあるが、元来の肝の太さのせいかその振る舞いはかなり落ち着いている。
――よし。
康は、トイレから出て永市の前に出た。
「永市」
呼びかけると、永市はすぐに康に気付いて近づいてくる。
「康、わざわざ待っててくれたのか」
「まあ、永市なら出発順も近かったしな」
「そりゃ、そうだな」
永市はそう言って、笑みを見せる。ここに連れて来られてから、初めて永市のこんな表情を見たような気がする。康は、永市を連れて最初いたトイレへと入った。
「じゃあ、とりあえず移動しよう。早いとこショッピングモールで他の皆を待っておきたいしな」
康がそう言うと、永市が少し意外そうな表情をして訊ねてきた。
「え? 俺はてっきり、峻や真之や健太は無理にしても悠斗くらいは待つもんだと思ってたんだけど……」
まあ、永市の気持ちは分からないでもない。しかし……。
「永市の気持ちは分かる。でもそれじゃあ、あのメモの意味がなくなっちまう。それに、俺はどうにも他のクラスメイトを信用しきれない。これ以上ここに留まっていたら、悠斗より前に出発する奴にも見つかる。そうしたら、そいつもショッピングモールまで連れて行かなきゃならなくなるだろう。もしそうなって、そいつが実はこのゲームに乗っていたら? そんなことを考える必要があると、俺は思う」
そして一呼吸置いて、やや強めの口調で言う。
「まずは、疑っておく必要があると思うんだ」
「……分かったよ。そのあたりは、康に任せる」
そう言って、永市はこちらを見る。その眼に康に対する信頼を見たような、そんな気がした。
「よし、じゃあ移動しよう。ただ、そろそろ津倉が出発する頃だから、津倉が出て行ってから動こう」
康はそう言うと、トイレの壁から再び様子を窺い始めた。そこで、ふとあることに思い至り、永市に訊ねた。
「そういや永市、お前の武器は何なんだ?」
「えっ? ああ、そういや確認してなかったっけ……」
そう言うと、永市はデイパックを開けて右手で中を探り始める。しばらくそうやって武器を探していたかと思うと、やがて何か小さな箱のようなものを取り出した。
「あった。多分これだ」
「何だ、これ。何かの機械みたいだけど……」
「待て待て、今説明書を読むから」
永市はデイパックの中から紙束を取り出して読み始める。どうやら、中にはこういった説明書のついた武器もあるようだ。しばらく説明書に目を通していた永市だったが、やがて顔を上げた。
「どうもこれは、探知機みたいなもんらしいな。俺たちが着けられてるこの首輪のある場所、つまり俺たちの居場所を探知機の周辺だけだが表示する仕組みらしい」
永市が、自分の首に着いた銀色の首輪を憎々しげに指しながら言った。
「まだ完全に性能を把握したわけじゃないが、かなり便利なものなのは間違いないだろうな」
「俺の武器がこれだし、最低限の装備は出来てると考えて良いだろ」
康は、そう言って永市に手に持っていた日本刀を見せる。白鞘に納めたままのこの刃が、振るわれないことを祈りたいところだ。
そうこうしているうちに、階段から津倉奈美江(女子9番)が姿を現した。奈美江はどことなくおどおどした感じで周囲を忙しなく見回しているが、康たちに気付く気配はない。そのまま、奈美江は出口へと走り去って行ってしまった。
「――よし、そろそろ行こうか」
「ああ」
奈美江の姿が見えなくなるのに少し遅れて、康と永市は出口へと向かって走り出した。
<残り35人>