BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第11話〜『愛情』

 A組の生徒たちが出発した駅舎から少しばかり離れた場所――E−2エリアあたりに位置する、バス乗り場。この駅で電車を降りた乗客たちが利用するのだろう、数多くのバス乗り場が設置されている。乗り場ごとにベンチが置かれ、キチンと休憩できるようになっている。
 空には雲の切れ間から覗く微かな三日月。その下で、
比良木智美(女子13番)は息を潜めていた。
 智美が隠れているのは、バス乗り場の近くにある地下街へと向かう階段だ。階段自体は閉鎖されているらしく(階段の奥に
御手洗均(男子16番)を殺したのと同じ兵士らしき姿が見えた)中には入れないが、階段を覆う煉瓦の壁にもたれかかることによってどうにか身を隠すことができている。
 まだこの殺し合いゲームは始まったばかりだというのに、智美自慢の良く手入れされた栗色の髪は少し痛んでいる。精神的なものも影響しているのだろうか。
 ふと、煙草を吸いたくなる。喫煙者である智美がいつも愛用しているメンソールなら、制服の右ポケットに100円ライターと共に入っている。しかし、今それを吸うわけにはいかない。もしライターの火で誰かに発見され、それがやる気の人間だったら。そう考えると、智美は必死でニコチン中毒を抑えざるを得なかった。
――案外、禁煙には良かったりしてね。
 冗談を心の中で考えるが、ちっとも面白くない。いや、こんな状況では面白かったとしても笑えないだろう。
 智美は、その右手に握られたものを見つめる。黒い色がこの状況だとひどく妖しく感じられる。
 FNファイブセブン。説明書によれば非常に殺傷能力が高い銃だという。そんな恐ろしい銃が、智美に支給された武器だった。弾丸は既に装填しているが、できれば使用は避けたかった。死にたくはないが、そうそう簡単に人――しかもクラスメイトを殺すことなど、できそうにない。
 智美には、このゲームに乗るつもりなどは毛頭なかった。おそらく他のクラスメイトは、智美のことをいわゆる『不良』と見なしているだろう。そして智美自身、それを否定してこなかった。
 しかし智美は、不良といわれるようなことはしてこなかった。栗色の髪はただの地毛だし、煙草は単なる背伸びのつもりで始めただけ。今ではやめられなくなってしまったが、特に不良らしき行為をした覚えはない。
 以前、智美が援助交際をしているという噂が校内で流れたことがあった。もちろん智美はそんなことはしたことがない。それもこれも、自身の容姿のせいだろうと智美は感じていた。
 もともと智美は、大人びた容姿をしていた。周囲からはたまに高校生、時に大学生に間違えられた。さらに服装も常に気を使って、大人っぽく見せようとしていた。そのせいか、繁華街を歩くことがあればスケベそうな中年から声をかけられることがある。おそらくは、それを見た人間が誤解したのだろう。
 おそらく他のクラスメイトは、智美のことを容易には信用しないだろう。こういう時、不良という印象がどう作用するかくらいは分かる。

 しかし、さすがに誰かに襲われたりしたらその身を守らなければならないだろう。いくら自分がどう思われているかをある程度理解していても、殺されることまで受容することはできない。
 そうなったら、きっとこの銃を……。

――そんなこと、考えたくない。

 それが今の、智美の偽らざる心境だった。
 できれば、友人たちと合流したい。しかし智美の友人のうち、
園崎恭子(女子7番)は出発順がかなり早かったし、津倉奈美江(女子9番)は、智美の友人というよりは恭子の友人と言ったほうが良い。そして片村梨恵子(女子3番)は、出発順がまだまだ後だ。事実、恭子と奈美江は智美を待ってはいなかった。しかし、別にそれを恨んだりはしない。だが、孤独というものは辛いものだと思った。
 そんな智美の脳裏に、ふとある人物の顔が過る。幼馴染ではあるが、最近はあまり話す機会もなかったクラスメイト。そして――。

「そこに、誰かいるのか?」

 突然、誰かに声をかけられた。智美は驚いて、声のした方向に思わずファイブセブンの銃口を向けた。
「ちょ、ちょっと待て、撃つなって! ……あれ? ひょっとして、智美か?」
 声の主が、そう言ってくる。その声に、智美は聞き覚えがあった。すぐに、相手に向かって懐中電灯の光を当てる。
 そこには、濃い茶色に染められた長めの髪を夜闇に靡かせた男子生徒――
中山久信(男子12番)が立っていた。
「久信……」
「びっくりしたぜ。人らしき影が見えたから、一瞬身がまえちまったよ。まあ、俺の武器じゃ何もできなさそうなんだけどな」
 そう言いながら、久信は智美に向かってその手に持った一本の長いロープを見せ、笑った。そんな久信を見て、智美もまた、笑った。

 中山久信。この見た目も中身も軟派な男が、智美の幼馴染だった。家がお互い同じ町内にあり、幼稚園・小学校と、常に一緒に通うほどの仲だった。だがさすがに小学校の高学年ともなると、お互いにそういうことはしなくなり、あまり話す機会もなくなっていった。
 そして中学に入ったあたりから、久信の評判は徐々に下がり始めていた。頻繁に他クラスの女子生徒に声をかけ、時には繁華街に繰り出している。そういう話が飛び交い始めていた。智美自身その頃から周囲に不良と見られるようになっていたから、少し久信と自分が重なって見えた気がした。
 同じ頃から、久信はあの
浦島隆彦(男子2番)との交流を深めていった。喧嘩など似合いそうもない久信が隆彦たちと付き合い始めたのは意外だったが、隆彦はクラス内では特に問題を起こさなかったし、ある程度は安心して見ていられた。だが、同時に久信と自分の距離がひどく遠ざかっていくように感じた。
 そう、思えばその頃から、智美は久信を意識し始めていたのかもしれない。
 最初は、距離の離れた幼馴染のことを気にしているだけだと思っていた。だが最近になって、そうではないと気付いた。

――私は、久信のことが好き。たぶん、まだほんの少しだけど。

 それはほんの小さな感情にすぎないと思う。しかし、間違いなく智美は久信に対して少しながらの好意を抱いていた。その理由を智美は論理的に説明できない。自分としても不可解なものだが、恋愛感情というものはえてしてそういうものなのかもしれない。

 思わず、智美は久信に尋ねていた。
「ねぇ……久信は、大丈夫だよね?」
「え?」
 唐突な質問に、久信は首を傾げる仕草をする。
「久信は、こんなゲームに乗ったりはしないよね?」
 智美は、改めて久信に問う。これは、重要な質問だと思う。そして同時に、自分自身の願望が強く出た質問でもあった。
「……ああ。俺だって、人殺しはしたくない」
 そんな智美の質問に、久信は答えてみせた。
「そう、だよね。私も、人は殺したくない。恭子や、奈美江を殺すなんてこと――したくない」
 純粋な思いが、智美の口をついて出た。吐き出すように、久信に向かって言っていた。そんな智美を見て、久信は少し呆気にとられたような表情をした後、笑みを見せた。
「久信」
「ん?」
「一緒に、いても良い? 一人は、さすがに嫌」
 すると久信は、また笑みを見せながらからかうような口調で言う。
「別に良いけどよ……お前、そんなキャラだったっけ?」
「……こういうキャラなのよ」
 そう言って、智美も笑みを見せる。精一杯の虚勢を張っていた。久信の前で、これ以上みっともない姿を晒したくはなかった。
「ねぇ、そろそろ移動しない? これからどうするかは、それから考えることに――」
 言いながら、智美は久信に背を向けた。その瞬間――智美の首に何かが、巻きついていた。
 首に巻きついたその何かが、強烈に智美の首を絞めつける。一気に、呼吸ができなくなった。智美は、思わず右手のファイブセブンを取り落とす。
「う、ぐ……」
 両手で、自分の首筋を絞めつけている何かを必死で探る。
――何とか、これを外さ、ないと……。
 左手が、首筋を絞めつけるものに触れる。やや粗めの感触。その肌触りは、ついさっき智美がその目で見たものによく似ている。そう、確かそれを持っていたのは――。
 智美は力を振り絞って、今なお絞められ続けている首を後ろへと向ける。そこには、久信の顔があった。ついさっきまで笑みを見せながら話をしていた久信が、冷酷な視線をこちらに向けている。その両の手には、彼に支給された武器の粗い肌触りのロープがあった。彼が、智美の首を絞めているのだ。

――なん、で? 分からない。わから、ないよ――。

 それ以上の思考は、智美には不可能だった。目の前の久信の顔が、赤く染まって見える。何故久信が、自分の首を絞めつけているのか。その理由を、智美はとうとう知ることがないままにその意識を失った。

<AM0:36>女子13番 比良木智美 ゲーム退場

<残り34人>


   次のページ  前のページ  名簿一覧    表紙