BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第12話〜情念の章・1『初恋』

 駅前のバス停があるE?2エリアの外れにある、雑居ビル群。そのうちのひとつに、中山久信(男子12番)はいた。
 久信がいるのは、ビルの1階。窓の外の駅前通りへの視界も良く開けていて、周囲の警戒がしやすい。外から気付かれる可能性はあるが、路地に向けた裏口もあり脱出は容易だ。これだけの場所を確保できたのは、久信にとっても幸運だった。
 しかし、今の久信は正直なところ精神的に落ち着いているとは言い難い。脱出しやすいように裏口の鍵は開けておいたが、心は全く落ち着かない。デイパックの中に必死で荷物を詰めているが、その効率は恐ろしく悪い。
 久信のデイパックには、多くのものが詰め込まれていく。支給の食料に、弾丸。それらは全て、
比良木智美(女子13番)に支給されたデイパックに入っていたものだ。

――殺した。智美を、俺は殺したんだ。

 そのことを思い出すだけで、手が震えてくる。自身に支給された武器のロープ。それを使って、智美を殺した。幼馴染の、彼女を。
「ちくしょう……」
 新たに手に握ったFNファイブセブンも、久信の心を鎮めてはくれない。むしろ智美を殺した事実を改めて認識させられて、心が沈む。これ以上囚われないように智美を殺した時の凶器であるロープは、このビルのゴミ箱に捨てた。しかしそうしても駄目だった。
――駄目だ駄目だ駄目だ! 俺はもう止まれないんだ。やらないといけないんだ。
 自分にそう言い聞かせながら、久信は強くファイブセブンを握りしめた。折れそうになる心。耐えるために、彼はその手の武器に頼った。自分を頼りにしながら、その手で生命を奪った幼馴染の形見を。
 ひたすらに、心の中で反復した。自分の戦う意味を。何故この殺し合いに参加するのか、を。


 久信は、他の同年代の子供たちよりもやや早く思春期を迎えた。ある時から周囲の、特に女子の目が気になるようになっていた。
 その頃から、久信は学校の女子に積極的に声をかけるようになっていった。もともと容姿は良いほうだったこともあって、久信は存外簡単に気に入った女子生徒と仲良くなることができた。それと同時にクラス内での評判は急降下していったが、全く気に留めなかった。
 お互いにものをよく知らないこともあってか、久信は簡単に女子たちとの関係を深めていった。気になる異性には頻繁に声をかけ、関係を持つ。そんな状態だった。
 そのうちにそんな久信の異性関係は生徒間でも話題となり、女子からの評判はガタ落ちとなった。どんな言葉をかけても、もう大概の女子は振り向きもしなくなった。しかし、久信は特に気にしなかった。
――学校で駄目なら、外でいいじゃないか。
 そんな単純な思考から、久信は繁華街へと行き場を求めた。繁華街に馴染みやすいように、髪を伸ばし濃い茶色に染めた。おかげで不良に絡まれやすくなったが、目的のためにはそんなことは気にしないことにした。
 繁華街に繰り出しているうちに、
浦島隆彦(男子2番)たちと知り合った。
 隆彦はその頃から有名な不良だったので、久信も多少は彼のことを知っていた。しかし、自分とは違う種類の人間だとばかり思っていた。だが、話してみると妙に気が合っていた。ただ腕っ節の強いだけのやつではなく、人を引っ張る力とそれなりに切れる頭を隆彦は持っていた。
 彼らと話をしているうちに、いつの間にか隆彦たちの仲間と見られるようになっていた。だが久信としてはそれで問題はなかったし、そのほうが繁華街で絡まれることも減って楽だった。
 だが一度だけ、派手に絡まれたことがあった。


 半年前、久信はいつも通り夜の繁華街でナンパに勤しんでいた。その時は、女子高生を相手にナンパをしていた。その時の久信は、同年代から年上へとシフトしていきたがっていた。
 しかしどうにも成果はあがらない。
――今日はハズレか。
 そう一人ごちて、帰ろうとしたときだった。ガラの悪そうな三人組に呼び止められたのは。
――お前、浦島隆彦の手下か?
 三人組のリーダー格と思われる、どうにも知性の足りなさそうな顔をした金髪頭がガンをつけながら言う。どうやら隆彦に以前やられたクチらしいが、そのことよりも気に入らないことがあった。
――手下じゃなくて、俺はあいつの――。
 そう言いかけたところで、左頬に衝撃が走る。同時に、久信の身体はアスファルトの地面に思いきり叩きつけられた。視界に、金髪頭の左に立っていた坊主頭が右手を強く握っているのが見える。そこで久信は、自分が坊主頭に殴られたことを認識した。
――お前の話を聞くつもりはねえんだよ。浦島隆彦は今どこだ?
 金髪頭が、語気を強めて言った。

――なるほど。

 久信はその一言で全てを理解した。この三人組はやはり隆彦に以前やられた連中で、報復をしようとしたが隆彦の居場所がつかめず、そこで久信を見つけて吐かせようと考えたのだろう。とことん短絡的だ。
――知らね、って言ったらどうすんだよ。
――吐くまで殴るに決まってんだろうが。オラこっち来い!
 坊主頭がそう答えると、もう一人の取り巻きらしきツンツン頭を促して、久信の両腕をとった。そして強引に路地裏へと引きずっていく。久信も抵抗を試みたが、もともとそれほど腕っ節があるほうではないのでどうにもできない。
 ここで隆彦のことを言ってしまえば楽になれた。今でもそう思う。だが、それはできなかった。
 友人というには少し遠い、そんな関係。しかしここで彼を売ってしまえば、自分はその遠い関係さえ失ってしまう気がしたのだ。
――おっかしいな……。俺ってこんな奴だったっけ――?
 結局、久信は三人組が諦めるその時まで、殴られ続けた。ナンパをやりやすくしている整った顔はずいぶんと殴られ(しかし目立たないようボディを殴るとかの配慮もできないのだろうか、あの手の奴らは)、ボロ雑巾のように路地裏に転がる羽目になった。

――ダッセェなあ、俺。こりゃ当分ナンパはできそうにねーや。

 笑いたくなったが、正直笑おうと顔の筋肉を動かすと痛みが走る。立ち上がろうにも、痛みが先走ってしまって動くのが躊躇われる。
――どうすっかな……。
 その時だった。

――大丈夫?

 誰かの声が聞こえた。誰に話しているのだろうかと思って視線を動かすと。声の主らしき少女が久信の顔をじっと見ていた。どうやら、自分に声をかけているらしい。
 殴られて晴れた瞼を僅かに開けて、少女の顔を見る。その顔は、どことなく見覚えのあるものだった。日本的な顔立ちの、人形にも形容できそうなほどの整った容姿。そして艶のある長い黒髪。
――光、海……?
 久信は少女の名字を口にした。
光海冬子(女子16番)。2年になってから同じクラスの、クラスメイトの女子。良家の子女だが、それを鼻にかけたような振る舞いなどもなく、男子人気のある少女だ。正直なところ、久信も彼女に声をかけようかと思ったことがある。 だがさすがお嬢様というべきか、彼女のガードはかなり堅く、それが原因で断念したのだ。
――酷い傷じゃない。何があったの? すぐに病院に……。
――うるさいな。一人で何とかなるっての。
 そう呟く。クラスメイトの女子にこうして声をかけられる自分がやけに惨めに思えた。だが、冬子はそんな久信を制した。
――駄目よ、その怪我じゃ一人で歩くのは無理よ。じっとしてて。私が病院に連れていくから。
 その声には意志がこもっていて、瞬時に久信は、彼女の考えを覆すことはできないと感じ取っていた。久信は、彼女の申し出を受ける以外になかった。


 結局冬子は久信に肩を貸して、ややふらつきながらも久信を近くの病院へと運んで行った。怪我の具合は酷かったが幸い入院するまでのものではなく、手当てだけ受けて家に戻ることができた(無論、両親からはこっぴどく叱られたのだが)。
 後日そのことを知った隆彦は、すぐにその三人組を見つけ出して
篠居幸靖(男子8番)と共に報復に行ったという。結果はよく知らないが、その後その三人組の話は二度と話題に上がることはなかった。
 それから1カ月ほどで、久信は完治して久々に繁華街に繰り出した。もちろんナンパが目的だったが、他にも目的があった。
 あの時自分を助けてくれた冬子と会って、礼を言いたかった。最初は学校で言えば良いと思っていたのだが、もともと接点のなかった相手だけに、近づきづらかった。それに何より、それまでの久信の悪評が足を引っ張ってしまいそうで怖かったのだ。
 しかし、気になることもある。
 彼女は、何故あの時繁華街などにいたのだろうか? 昼間や夕方なら友人と遊びに行くことぐらいはあるだろう。しかし夜中の繁華街に女子中学生が一人でいるというのは、かなり妙に思える。
 特に冬子は、お嬢様として通っている。そんな家庭環境にある彼女なら、門限ぐらいついていてもおかしくないはずだ。それが何故あんなところにいたのだろうか?

 だが、考えているうちにそんな疑問は大したことではないと思うようになっていた。冬子の親が寛容なのだと考えれば説明はつく話だし、彼女も彼女で真面目なだけではないということなのだろう。大事なのは、彼女が自分を助けてくれたということだ。
 しかし、それから一度も久信は繁華街で冬子に会うことができなかった。学校ではなかなか機会を掴めず、そのままずるずると今まできてしまっていた。いつの間にか、冬子への思いは好意へと変化していた。もっとも、それを彼女に言う機会は一生ないだろうと諦めていた。


――そんな時に、このゲームに参加させられたんだったっけな。
 久信は、ようやく思考を現実へと戻した。いつの間にかひどく汗をかいていたらしい、ファイブセブンを握った右手の掌が汗でぬるぬるしてやけに滑る。

――そうだ。俺はだからこのゲームに乗ったんだ。光海に、俺が初めて本気で好きになったあいつに、死んでほしくなかったから。

 だが、久信も最初からゲームに乗るつもりではなかった。スタート前には隆彦から集合場所を告げられた。それだけで、彼がこのゲームに乗る気がないのは理解できた。久信も当初は、隆彦の誘いに応じて彼の指定した集合場所に向かうつもりだった。しかしそこで、智美に出会った。
 智美は幼馴染ではあったが、ここ最近はほとんど交流がなかった。しかし、彼女がこのゲームに乗るような人間でないことは把握していた。そして案の定、彼女はゲームに乗るつもりがないことを告白してきた。
 この時、久信は智美を隆彦たちとの集合場所に連れていくことを考えた。彼女ならば自分が説得すれば、隆彦たちを信用してくれる。そう思った。
 しかしふと、智美の持っていた銃――ファイブセブンが目に止まった。
 その瞬間、久信の脳裏に黒い思惑が浮かんだのだ。

――智美を殺して、銃を手に入れる――という考えが。

 無論久信は必死でその考えを振り払おうとした。しかし同時に思い起こされたのは――あの時繁華街で自分を助けてくれた時の、光海冬子の顔だった。
――光海を、助ける……。
 一瞬にして久信は、囚われてしまったのだ。智美や隆彦たちを含めたクラスメイトを殺し、光海冬子を優勝させるという発想に。そして次の瞬間には、久信は背を向けた智美の首をロープで絞めていた――。

「……智美」
 殺した幼馴染の名を、久信は呟く。いくら詫びても、足りはしない。だが現実に自分は幼馴染や仲間より、さほど親密でもない好意を寄せるクラスメイトを選んでしまったのだ。そしてその事実からは逃れられないし、もう戻れない。
――やるしか、ない。
 久信は、意を決して立ち上がった。
 こうなったらやるしかない。隆彦たちも殺して、殺して殺して殺して、光海冬子を優勝させる。それしかもう選択肢はないのだ。

――俺のことを笑いたきゃ笑え。俺は仲間より想いを選ぶ。それしかもう、許されない。絶対に、戻ろうなんて思わない。

 久信はデイパックを肩に背負い、裏口から出て行った。もう振り返るつもりはなかった。後ろも、過去も。

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