BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第13話〜『不安』
プログラムの会場となった町の中心部からやや東、エリア区画でいうとF−7エリア。ここにはこの町で一番大きなホテルが建っている。外観からして洗練されたデザインで、物の価値の分からない人間でも、さぞかし高級なホテルなのだろうと想像はつく。
そんな感想を、浦島隆彦(男子2番)は目の前に見えるホテルに抱いていた。
――ま、いくら高級でもこんな殺し合いに使われちゃ二度と客は来ないだろうけどな。
隆彦はそんなことをふと思ったが、さすがにこのホテルの持ち主に悪い気がした。もちろんその誰かも知らない持ち主に謝ることなどできはしないのだが。
――もう、全員揃ってるか?
隆彦は、このゲームに乗るつもりなど毛頭なかった。そして同時に、古嶋たち政府への強い憤りを覚えた。奴らはいとも簡単に、御手洗均(男子16番)を殺した。そしてなお生きている自分たちに、殺し合いを強要しようとしている。
気に食わなかった。あの時の均の行動は軽率だったとというべきだし、何より隆彦は均をあまり好きではなかった。だが、好きではないからといって死んでも良いということではない。そして何よりも、あんな奴らに簡単に従うようなら不良などやっていない。
あの瞬間、隆彦は古嶋たちへの反逆を決意していた。そして、近くにいた仲間――篠居幸靖(男子8番)、中山久信(男子12番)、横野了祐(男子18番)に、古嶋の描いた地図のある地点を指して、そこに集まるように言った。それが、F−7エリアだった。
メンバーの中で最後に出発したのが、隆彦だった。言いだしっぺが一番最後に着くというのも何となく嫌なものがあったのだが、こればかりは仕方ないと我慢することにした。
まず出発してすぐに、大通りに出て適当な建物に入って支給品の確認をすることにした。建物を探す途中では度会奈保(女子18番)の姿を見たが、声はかけなかった。奈保が自分のことを警戒しない保証など無いのだから。
そうして入った古びた喫茶店の店舗の中で、隆彦は支給されたデイパックを開けた。水と食料、地図とコンパス、懐中電灯の確認をした後で武器を探したが、なかなかそれらしいものは見つけられなかった。
――まさか、奴らが嘘をついたわけじゃないだろうな?
そんなことを一瞬考えたが、その時隆彦の手にひんやりした感触が感じられた。そのひんやりしたものを外に出してみると、それは給食などで使われている金属製のスプーンだった。
「これが武器かよっ」
隆彦は思わずそう呟いて、スプーンを床に叩きつけた。金属音が周囲に響き渡ってから、隆彦はまずいことをしたと思った。もしこのあたりに、ゲームに乗った奴がいたら……。そう考えて一旦息を殺した。しかし、他の誰かの気配は結局なかった。
「ふう……」
一息ついて、一旦考え込む。ゲームに乗る気はない。これはとっくに決めていることだ。しかし、だから武器はいらないということにはならない。
中には、このゲームに乗ってしまう者もいるだろう。あるいは殺し合いの恐怖に耐えきれずに精神が限界を迎えてしまった者もいるかもしれない。そういうクラスメイトと出くわした場合、武器なしというのは無謀にも程がある。
しかし、先程のスプーンなどではどうしようもない。もし銃が支給されていたら……それどころか刃物相手でも無理だ。
――何か、他に武器になるものが必要そうだな。
そう考えながら、隆彦は店内を見回す。その眼に、厨房が飛び込んできた。
――あれだ。
隆彦は厨房から有用な武器を探すべく、厨房へと歩いていった。
そして今、隆彦の手には喫茶店の厨房で拝借した果物ナイフがある(結局スプーンはデイパックの奥底に眠っている。捨ててしまおうかとも思ったが、何となく残しておいた)。武器としては心許ないが、当座はこれで何とかするしかないだろう。幸い、体力にはそれなりに自信があるし、ある程度はカバーできるかもしれない。不良として今までやってきたが、煙草の類は吸ったことがないのが良かったと今では思う。
やがて、目的地であるホテルがだいぶ近くなってきた。隆彦は周囲を気にしつつ、ホテルの庭へと入る。近づいてみると、思っていたよりも大きな建物で少し驚かされた。
「あらためて見ると、でかいな。おい」
素直な感想が口をつく。その時だった。
「隆彦さん!」
聞き慣れた声が、隆彦の耳に入ってくる。既に変声期を終えたらしい低めの声。声のした方向を見ると、ホテルの扉の前で大柄なオレンジ色の丸刈り頭が手を振っている。幸靖に、間違いなかった。その隣には了祐の姿もある。隆彦はすぐに二人のほうへと走っていく。
「幸靖、了祐。大丈夫だったか」
隆彦が尋ねると、幸靖がにやりと口を歪めて笑みを見せる。
「そんなさっさと死んだりなんかしませんって。了祐の奴は俺を見つけるまでは相当ビビってたみたいですけど」
「び、ビビってなんかないっての!」
幸靖の言葉に、了祐が反応する。単なるからかいの言葉にも馬鹿正直なまでに反応する、了祐らしい反応といえる。ともかく普段通りの二人を見ると、どことなくほっとした気持ちになった。思わず顔に笑みが浮かぶ。
「……お前らは、いつも通りみたいだな」
「当たり前っすよ。あの古嶋と島居とかいうクソコンビをぶっ飛ばしてやらないと気が済まないんですから」
語気を強めた口調で、幸靖が言い放つ。了祐もそれに反応して頷く。
「そう言うってことは、二人は俺が考えてること、分かってると思って良いんだな?」
「……クソ政府をぶっ飛ばす。そうでしょう? 隆彦さん」
了祐が言う。その表情には義憤と決意が見えたような気がした。
「ああ。でも――どうやって奴らに思い知らせてやれば良いのか、アイデアが浮かばなくてな。まあ、これだけ面子がいればちっとは良いアイデアが浮かぶだろうさ」
隆彦はそう呟く。こんな時、まじめに勉強をしておけばよかったかと後悔するものだ。いつもは少し脳裏にそんな考えがちらつくだけだったが、今回ばかりは本気で後悔していた。
そこでふと、隆彦はあることに気がついた。
「そういえば、久信はどうした?」
そう、まだ久信の姿を見ていない。彼は一体、どうしたのだろうか。隆彦の呟きに答えるように、幸靖が言う。
「実は、久信はまだ来てないんですよ。了祐より先に出たはずなのに……」
言われて、そこで隆彦は一つの可能性を想像した。しかしそれはできれば信じたくない可能性だ。
――……まさか、な。
久信が、このゲームに乗った可能性。
だがしかし、それ以外の理由も考えられる。ただここまでの道に迷ってしまっただけかもしれないし、恐怖が先に立って来れなくなっている可能性もある。それどころか、既にやる気になった奴に襲われてしまった可能性もありうる。
――ひとまずは、様子見といくべきか。
「とりあえず、もう少しここで久信を待ってみる。それで来ないようなら、久信のことはもう諦めて俺たち三人で行動することにしよう」
隆彦は、そう言った。久信が一体どうしたのかは気になるが、現状では何も分からない。ここはまず、猶予を残しつつ先へ進むべきだと思った。
「そういえば、お前らの武器は、何だった?」
ふと口をついて出た質問だったが、もっと早く聞いておくべきだったと思った。
「俺は……これでした。多分、アタリですね。ジェリコ941F、とかいうらしいんですけど。俺は銃とかよく分からないんで、凄いのかどうかピンとこないんですよね」
幸靖はそう言って苦笑いしながら、右手に持っていた黒光りしているオートマチック式拳銃を見せる。
「俺は、これでした」
続いて了祐が、右手に持ったハンマーらしきものを見せる。鎚の部分とは逆側に、バールの先のような形をしたものが付いている。いわゆる、ネイルハンマーというやつのようだ。
「隆彦さんは、何でした?」
「俺は、給食のスプーンだったよ」
幸靖の問いに、隆彦も苦笑しながら返す。実物を見せてやろうかとも思ったが、やめた。実用に堪えないものをわざわざ出す意味がない。
「なるほど、それがあいつらの言ってたハズレってやつなわけですか。ハハハ……」
やりとりを聞いていた了祐が声をあげて笑いだす。その場には、ほんの少しだけ和やかな時が流れていた。
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