BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第14話〜『覚悟』

 駅前に広がる大通り。そのやや北の外れは、住宅街との境に位置し、若干歪な風景を形成している。そんなエリアのひとつ、E=3エリアの雑居ビルの間の小さな路地に九戸真之(男子4番)はいた。
 雑居ビルのゴミが入っているであろうポリバケツを壁にして、隠れるように座り込んでいる。その手には黒く輝く回転式拳銃がある。
「どうすれば、どうすれば……」
 先程から、真之は似たような言葉ばかり繰り返していた。右手に強く握られた銃――スタームルガー・ブラックホークも、なかなか心の支えにはなりそうにない。
 夜闇のせいで、路地の向こうも今ひとつ良く見えないように感じる。そのことが、真之の恐怖を駆りたてる。
「死にたくない……嫌だ……」
 徐々にではあるが、真之の精神は恐怖に支配され始めていた。

 自分たちのクラスがプログラムの対象クラスになった。そのことを知った瞬間から、真之の心はゆっくりと確実に蝕まれ始めた。
――殺し合い? 俺たちが……殺し合う?
 思わず真之は、周囲を見る。真之の周りにいる友人たち。
天羽峻(男子1番)志賀崎康(男子7番)蜷川悠斗(男子13番)本谷健太(男子17番)の姿が目に入る。プログラムということは、彼らとも殺し合いをしなければならないということ。ということは、自分が襲われる可能性もあるのだ。
――こいつらが、俺を殺そうと……?
 そんなはずはないと、必死でその考えを打ち消そうとする。しかし一度湧き上がった疑念は決して消えることなく心の中に残る。
 やがて真之の心中が疑念で満たされようとしていたそんな時、康のメモが真之に回ってきた。

――『地図の南西、ショッピングモール』。

 康のメモには、そう書かれていた。それを読んだ時、真之の心は少し揺らいだ。
 真之の知る志賀崎康は、頭の良い、それでいて決断力に富む男だ。到底自分は敵いそうもない、そんな大きな奴だ。その康が、真之にはよく分からないが、何かを考えている。それは、おそらくあの古嶋たちを倒すための策なのだろう。
 そういうことを真っ先に考えようとするのが、康という男なのだ。

――そう。康なら、きっと何かをやってくれる。

 真之もまた、康を信頼していた。
 だがいざ出発して、真っ暗な街の中に一人取り残されてみると、恐怖が一気に首をもたげてきた。
 何も頼るものがない。どこに誰がいるのか分からない。その不気味さは、真之の精神をじわりじわりと蝕んでいく。そんな状態では、到底康に指定された場所――ショッピングモールへと移動することはできず、こうして一人、路地に隠れている。
「死にたくない……死にたくない……」
 既に真之の精神は、恐怖に飲み込まれていた。

――やるしか、ない。この恐怖から逃れるためには、生き残るしかないんだ。

 真之の精神のベクトルは、完全に「ゲームに乗る」という方針に固まっていた。無論、これまで同じクラスでやってきたクラスメイトたちを殺すというのは、気持ちの良いものではない。だが、そうしなければ自分はずっとこの恐怖と闘わなければならない。それは、真之にとって耐えられないものだった。
「……よし」
 そう一言呟いて、真之は立ち上がる。その手の中にあるブラックホークを、より強く握りしめた。
 となると、とにかく移動をしたほうが良い。ここでじっとし続けていても、状況は変化したりしない。むしろ、真之にとって悪化するだけでしかないだろう。
 まず、行動を起こす必要がある。自分が生き残るためにも、そして、今の覚悟を二度と揺るがぬものとするためにも。人を一人でも殺せば、きっともう元の道に戻ろうとは思わないはずだから。

 とりあえずは、どこに移動するべきか、だ。
 ここで、南というのは真之にとって最も良くない選択肢だった。南には、康が集合場所に指定した、ショッピングモールがある。おそらく峻や永市、悠斗に健太もあそこへ向かっているはず。となると、南に向かえば彼らと鉢合わせる可能性は高い。そうなったら、せっかく固めた決意がまた揺らいでしまうかもしれない。それに、まだ友人を殺すことはできそうもなかった。
 よって、南は論外。西には、スタート地点の駅舎くらいしかない。行ったところで、もう皆あそこからは離れてしまっているだろう。 それに駅舎のあるエリアは、古嶋が言っていた禁止エリアというやつに早々に指定される。真之にとってのメリットは極めて薄いだろう。
 となると後は北か、東。真之は悩んだが、結局東を選択することにした。
 地図によれば、東にはホテルなどがある海浜公園が広がっているらしい。この辺りならば食料の確保も十分可能だし、拠点の確保もできる。ホテルのどこかに拠点を作って、人を見かけ次第上手く近づいて、ブラックホークで撃つ。稚拙な面は拭えないが、現状の自分の頭では、このレベルの行動計画が限界だった。
 それに、この大通りは東に続いている。道中でも色々と必要なものは確保できそうだ。メリットは十分にあるといえる。
 真之は、目的地を東――海浜公園に定めて動き出すことにした。もちろん、誰かクラスメイトと出会えば……殺す。そうやって生き残る。そう決めた。

――俺には、殺す手段があるんだ。大丈夫。

 もう一度、ブラックホークのグリップを強く握った。そして大通りを、東へと歩き出す。普段なら、こんな夜中でも人がいたりしそうな場所だが、さすがに人の気配というものは感じられない。その無機質な雰囲気がどうにも嫌でならない。
――こんなに気味の悪い場所なんだな……人がいないと。
 それなりに洒落た外装の店舗もちらほらと見られる。少し前までは飲食店のほうが多かったが、徐々に服飾店などが目立ち始める。そこで真之は、一度自分が歩いてきた道を振り返ってみる。
 真之がさっきまで隠れていた場所は、もう夜闇に紛れてはっきりとは見えなくなった。そのことを確認してから、地図を確認してみる。
 懐中電灯の灯に照らされた地図を見る限りでは、どうやらE=3エリアからE=4エリアへと入ってきたらしい。
――結構歩いた気がしてたけど、大したことなかったみたいだな。
 そんなことを思った時、だった。微かに、路地のほうから物音がした。
――誰か、いるのか?
 すぐに、右手のブラックホークの銃口が物音のした路地へと向く。しかし、誰かが出てくる気配もない。気のせいだったのだろうか? そう思って、真之は一瞬緊張を解いた。
 その時、まるで真之が気を緩めるのを待っていたかのように、路地から何者かの影が飛び出してきた。
「――くそっ!」
 真之は即座に後ろへと退がって、ブラックホークの銃口を相手にポイントする。そして距離をとりつつ、相手の正体を確認した。
 色素が薄めの無造作ヘアーに、まるで感情の読めないその表情。それを見て、真之は自分に向かってきたのが
岡元哲弥(男子3番)だということを知った。その手には、台所などにあるごくごく普通の文化包丁が握られている。

 真之には、岡元哲弥に関する情報がほとんどない。このゲームに乗るタイプかどうか、と誰かに聞かれたとしても、十中八九分からないと答えるだろう。そしてそれは、真之だけでなくクラスのほとんどの生徒がそう答えるだろうと確信していた。
 岡元哲弥は、誰にも心を開いていない生徒だった。学校にはほぼ毎日来るのだが、授業中以外にその姿を見ることはまずない。いつも休み時間にはどこかに行ってしまうのだ。日直や掃除当番くらいはきちんとこなしているが、話はほとんどしない。日直を一緒にやっている
方村梨恵子(女子3番)に話しかけられて、事務的な返答をしているのを見ただけだ。成績は優秀らしいが、詳しくは分からない。 運動神経も……よく分からない。
 哲弥と同じ小学校出身の生徒ならば何か知っているのかもしれないが、生憎真之の交友関係の中に哲弥と同じ小学校出身の生徒はいなかった。

 そんなこともあって、真之は哲弥に関して全くといって良いほどに知らなかった。出席番号が前後していて、進級したときには席も前後していたのに、だ。

 だがしかし、今の真之にも一つだけ分かることがある。今目の前にいる男は、自分にとって極めて危険な存在だということだ。何としても、ここでこの男を追い払わなくてはいけない。いや……こちらもこのゲームに乗っているのだ。殺してしまっても良い。

――そう、殺せ――!

 瞬間、真之は右手の人差し指を動かしていた。動かされた人差し指はブラックホークの引き金を引いていた。銃声と共に放たれた銃弾は、哲弥の足もとのアスファルトにぶつかる。それを見て、哲弥がわずかながらに眉をしかめたように見えた。
――手元がぶれた。もっとよく狙え。あいつの身体を撃ち抜くんだ。そして殺す。そうすれば、俺はもうぶれなくて済むんだ。
 再度、ブラックホークを構え直す。そして哲弥に、よく狙いをつける。しかしそれと同時に、不利を悟ったのか哲弥が駆けだした。慌てて真之が後を追うと、哲弥は最初に彼が出てきた路地へと入っていった。すぐに後を追って路地に入り、哲弥の後ろ姿に狙いをつけたが、あっという間に哲弥の姿は見えなくなってしまった。どうやら曲がり角に入ったらしい。微かに足音が遠ざかる音が聞こえ、やがて何の音もしなくなった。
 念には念を入れて、また哲弥が襲ってくるのを警戒してみたが、その気配は感じられなかった。
「……もう、大丈夫みたいだな」
 何度も確認したうえで、真之は哲弥が既にこちらを狙ってはいないと判断することにした。そしてまた、東へと歩を進めることにした。

――しかし、急に来たから驚いたな……。

 そんなことを、真之は思った。正直なところ、まだ肝は冷えている。それだけ、さっきの哲弥の襲撃は真之にとって恐ろしいものだった。
 しかし同時に、覚悟も完全に固まった。もう自分は、後戻りはできない。殺せなかったとはいえ、自分は哲弥に対して殺意を持ってブラックホークの引き金を引いたのだ。もう、今までの友人たちを頼ることは許されない。むしろ、いずれは彼らを殺すことも考えなくてはいけない。
――やってやろうじゃないか。俺は、殺人者になる。
 そう考えていると、少し開けた交差点に出た。こういうところこそ、注意が必要だと真之は思った。あまりにも目につきすぎる。
 よく周囲を確認し、真之がさらに東へ進もうとした時――背中に、痛みを感じた。

――何、だ?

 そっと真之が振りかえってみると……そこには、既にここを立ち去ったはずの岡元哲弥がいた。そしてその手にある文化包丁の刃は、真之の背中に深々と突き立てられていた。
「な……」
 わけが分からなかった。何故、自分の背後に哲弥がいるのか。そして何故、自分の背中に刃が食い込んでいるのか。
 口の中に、鉄っぽい味が広がる。そこで真之は、はっきりと認識した。哲弥が突き立てた刃による傷が、深いということを。
 肉が裂ける音とともに、背中の異物感が消える。見ると、哲弥が文化包丁を真之の背から抜いて、第二撃を繰り出そうとしていた。
――させねぇ、ぞ。こんなところで、やられてたまるか――!
 真之は、痛みを必死に堪えながら哲弥に向き直る。そして右手を持ち上げる。その手の中にあるブラックホークなら、確実に哲弥の生命を奪えるだろう。しかもこの近距離だ、外すわけがない。
――ぶっ殺してやる!
 だが、真之の右手は、上がらなかった。どうやっても、上がらなかった。その間に、哲弥は血濡れの包丁を構えて向かってくる。

――なん、で? 何で動かない! 何で……!

 肉を切る音が、真之の耳に聞こえる。同時に自分の胸元に、血液の抜ける感覚を覚えた。
 徐々に身体の感覚がなくなってゆくのが分かる。真之は今、確かに『死』を間近に実感した。

――嫌だ……死にたくない。俺はまだ死にたくないんだ! 何で、何でだよ……。何で俺、こんなところで一人で死んでいくんだよ――。

 最期の思考は、混乱したまま終わった。
 結局真之は、哲弥が文化包丁を構えて向かってきた際に、持ち上げられようとしていた右手を左手で押さえつけて抵抗できなくしていたことに気づけないまま、その生命の鼓動を終えた。

 <AM1:35>男子4番 九戸真之 ゲーム退場

<残り33人>


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